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あの日の夏はまだ終わらない  作者: きさらぎ
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第38話 深紅のウエア

「緋色は大丈夫?」


 里花の顔を見るなり、佐々が聞いた。

 晃希と翔を呼んできてもらった後、彼らも保健室に来た。その時には緋色も目を覚ましていて、一言、二言、言葉も交わしたのだが、元気もなく顔色も悪かった。


 直ぐに訪れた晃希と翔に伴われて帰っていった。


 慣れない環境での過度の緊張と疲れが出て貧血を起こしたのだろうと、今の時期は体調をくずしやすいとも保健医は言っていた。その後の事はわからない。それに昨日の件も引っかかる。

 ゆっくり話をするのは昼休みしかない。里花は学食のカフェスペースへと呼び出したのだ。

 まだ食事中の生徒や休憩をとっている生徒で室内は賑わっている。


 その一角に空いたテーブルを見つけた。丸いテーブルを挟んで座ったとたん、第一声が佐々のそれだった。ここにいるのは里花と藤と佐々の三人だ。


「大丈夫だと思うわ。晃希さんと翔がついているし。亮さんのことを思い出してかなり興奮して泣いたらしいけど……今は落ち着いているみたい」


 晃希から聞いた内容をありのまま話す。緋色に関しての事ならどんなことも隠さない。今まで五人で緋色を守ってきたのだ。


「そうか」


 落ち着いているらしいと聞いて、彼らはほっと胸をなでおろす。


「それでいったい何が原因なんだ?」


 帰るときかなり沈んでいたから、昨日の裕幸とのことだろうとは思ってみても、はっきりとした原因が分からない。しかも体調をくずすほど衝撃を受けることとはなんだったのか。


「それなのよね。わたしもよくわからないのよ。ユッキーが言ったのは真紅のウェアの事だけ。なぜ着てこないのか? って、そんな感じの事を言っただけで。でも緋色はひどく怒った様子で、触れてほしくなかったことだったみたい。緋色のあんな表情初めて見たわ」


 悲しむ姿は見ていても、怒っているところなどこれまで見たことはなかった。だから尋常ではないことを思わせる。


「……」


 藤と佐々は黙って聞いている。


「亮さんに関係があったのよ。そうじゃなきゃ、あんなことにはならないでしょう?」


「真紅のウェアって?」


「わたしは見たことないのよ。だからどんなものかも知らない。晃希さんも心あたりなさそうだったし。翔もどうかしら? なにがどうであれ、緋色の傷にふれたことには変わりはないけどね」


 そろそろ学校にも慣れてこれからという時に、厄介なことを引き起こしてくれたものだ。平穏無事にいくとは思わなかったけれど、自分たちにとってもつらい事なのに、一番身近にいて慕っていた緋色にとっては亮の死はまだ辛いことなのだ。まだ認めたくないことかもしれない。


 今どれほどの痛みを抱えている事か。それを思うと心が切なくなってくる。沈みそうになった雰囲気の中で、里花は時間が惜しいとばかりに、別の話を切り出した。 


「で? ユッキーのほうはどうだったの? 派手にやったみたいじゃないの?」


 女子部の館内にいた里花は知らなかったのだが、菜々がその場面に居合わせたらしく、興奮気味に教えてくれたのだ。


「派手って、当たり前のことをしただけだったのに。なあ、拓弥?」


「そう、そう」


 悪びれない二人の態度に里花はこめかみを抑えた。


「まあね。いいわよ、あんたたちの気持ちもわかるし。でもね、そのせいで緋色に迷惑がかかることだけはやめてほしいわ」


 眉を顰める里花に藤と佐々がしゅんとした顔になる。里花の言うとおりだった。男子部員達の注目を集めたのは確かだった。


 裕幸に対する不満は日に日に溜まっていて、あの時一気に爆発してしまったのだ。だが、肝心の裕幸が煮え切らず、不発に終わった感は否めない。


「ごめん。これから気を付ける」


 二人は頭を下げて謝った。


「分かってくれればいいのよ」


 藤の言葉にあの時の裕幸の困惑した顔が思い浮かぶ。里花でさえもすぐには理解できなかった。会話自体は裕幸にとっては何の含みもない社交辞令的な言葉。はたで聞いていてもそう思った。


 普通ならばさらっとかわせるはずの。でも、緋色にはできなかった。


 真紅のウェアは亮に繋がる大事なものだったからに違いない。そうとしか思えなかった。自分たちに心当たりがないものを裕幸が知っているのもおかしな話だが……


「ちょっと様子を見た方がいいかしらね」


 慎重な声で里花がいう。


「そうだな。こちらからあまり刺激しない方がいいだろうし。大袈裟に心配するのも緋色にとってはよくないだろうし」


 佐々も言葉を返す。


「それに第三者との間で起きたことだから。ユッキーのことも含めて、緋色がどうするかってことも考えないと」


 藤の言葉だ。

 部内で起こった今回の件、自分たちの役目は何なのか。緋色にとって一番いいことを考える。


「そうね。こんなことって初めてよね」


 中学の頃は自分たちに必要以上に近づく人間はいなかったから、安心していられたが。

 何が引き金になるかわからない。

 誰かがこんな風に緋色に関わってくるなど思いもしなかった。高校生になると一筋縄ではいかないらしい。



 

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