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あの日の夏はまだ終わらない  作者: きさらぎ
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第3話 入学式

 私立紫杏(しあん)学園高等学校 


 さまざまな樹木や花に囲まれた緑豊かな広大な敷地の中に、三棟の校舎と二棟の体育館、グラウンド、特別教室や図書館等がある別館とホール、カフェテラスを備えた学生食堂、寮などが配置されている。

 そのいずれもが自然素材や杉や松、ヒノキなど国産材をふんだんに使った建物は身体や目にもやさしく安らぎをもたらす設計がなされていた。


 今日は入学式で、新しい生徒を迎え校内はいつもより空気がピンと張りつめていた。それでいて期待と不安と喜びと新入生たちのさまざまな思いが、いつもより新鮮な雰囲気を漂わせている。


 正門をくぐると、目の前には庭園のような広場。

 その一角にクラス分けの掲示板が立てられていて、新入生と思われる生徒達でごった返していた。

 掲示板まで来ると、二人に気づいた生徒達が前を譲る。ポカンと口を開けた少々間抜けな生徒達の姿に、里花は口を押えてクスッと笑いをもらす。


(順番待ちかなと思っていたら、ラッキー。緋色効果ね)


「ありがとう」


 それが当たり前と言わんばかりの澄ました顔で、里花は譲ってくれた生徒達にお礼を言った。中へ進みながら、緋色はすまなさそうな顔でちょっと微笑んで頭を下げると、その仕草に男子生徒達がボゥと赤くなる。


 里花と緋色は掲示板の一番前まで来ると、進学科の欄へ移動して名前を探す。


 紫杏高校は特別進学科、進学科、普通科、国際情報科、体育科などがある。一般入試の場合は第二希望まで選ぶことが出来、成績順に希望に合わせて決められる。必ずしも第一希望に決定するとは限らない。


「あった。よかったわね。同じクラスよ」


(今日はよく見られる日ね。仕方ないか、初めてだからね)


 こちらを注目する視線は痛いほど伝わる。それでも里花は素知らぬふりで通り過ぎていく。緋色はそんな視線自体全然気が付かない。

 受付担当の男子生徒が緋色に見惚れすぎて、しばらく使えなかったというハプニングはあったが、どうにか受付をすませ、新入生に贈られた生花のコサージュを付け合っていると、


「おはよう」


 後ろから声がした。

 聞きなれた声に振り向くと、二人の少年が立っていた。中学時代の同級生。

 短髪でやんちゃっぽくて明朗な性格が窺える顔をした藤井賢哉(ふじいけんや)と幾分か長い髪と真面目そうな優等生然とした顔をしている佐々田拓弥(ささだたくみ)。彼らは体育科でスポーツ特待生。


「おはよう。藤くん、佐々くん」


 緋色は見知った顔に安堵の表情を見せた。

 新しい学校、新しい環境、新しい生徒達。今までとは違う日常が始まることが、不安でもあったから、里花だけではなく藤と佐々の顔を見て、不安な心が随分と和らいだ。その親しげな緋色の態度に周りの男子達が、誰だと言わんばかりにざわついた。彼らは周りの様子に気づいていたが、そんなことは想定内。気にする素振りも見せずに話し始めた。


「それにしても」


 藤が言いながら、少し離れて緋色の全身をじっと見つめる。

 初めて見る高校の制服姿。中学の時は学ランにセーラー服だったから、ブレザー姿が新鮮に映る。

 男子の制服はモスグリーンのブレザーに淡いクリーム色のシャツとグレイのスラックスに足元の折り返し部分がスクールカラーのシアン色と杏色と紫色を使ったアーガイル柄。女子の制服も同じ色のブレザーで、スカートはグレイを基調としたスクールカラーのアーガイル柄が入っている。濃紺色のハイソックスに靴は黒のローファー。


 男子はネクタイ、女子はリボンにスクールカラーが使われていて、学年色にもなっている。現在は一年生が杏色、二年生がシアン色、三年生が紫色で、一年生時の色が学年色となるため三年間その色を使う。


「どこか変かな?」


 里花と藤と佐々、三人から同時に見つめられた緋色は、自分の制服姿を前や後ろをとキョロキョロと眺め回す。そんな仕草が可愛らしくて、つい里花たちの笑みを誘ってしまう。


「そうじゃなくて、似合ってるって、いいたかったんだよ」


 藤がてらいもなく言った。


「そうそう。緋色、一回転してみて?」


「えっ!」


 佐々の言葉に驚いた表情をしたものの、言われるままにくるりと回る。ふんわりとスカートが翻り、髪がふわりと舞い上がる。まるで映画のワンシーンのようだった。他の生徒達の目も緋色の姿に釘づけになる。

 一回転して元の位置に戻ると、照れたような恥ずかしいようなほんのり赤く頬を染めた緋色がいた。


「その制服、似合うよ」


 佐々がまぶしそうな表情をして言った。

 

「そうかな?」


「うん、似合う。まるで緋色のために作られたみたいに」


「え……っと、藤くん、それは言い過ぎだよ?」


「そうかなぁ? まっ、それだけ似合うってことだよ」


「……」


 両手で顔を隠すようにして、ますます照れたように俯く緋色。そんな彼女をかわいいとばかりに見つめる藤と佐々。


 甘い、甘い、甘すぎる。こいつら。

 そばで見ていた里花は、砂糖でも吐きたくなるような気分になって、ちょっと……いや、かなりいらついた。

 わかる。彼らの気持ちもわかりすぎるほどわかる。もちろん、緋色はかわいい。その制服だって似合っているし、ずっと見ていたい気持ちもわかるけど。ほんとにこいつらって、初見に弱い。


(そろそろ現実に戻りましょうか?)

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