第26話 それって、長所?
お昼ご飯食べ終わり、みんなが思い思いに楽しんでいる昼休み。緋色も里花と菜々とおしゃべりしている最中だった。
「里花ちゃん。黒木君ってどこにいるの?」
緋色がふと思い出したように尋ねた。
「どうしたの?」
「日直だから、先生にプリント取りに来るように言われてたの」
里花は黒板に書いてある名前を確認して、教室を見回した。
「ほらっ。ベランダ側の一番前に座っている、眼鏡の男子だよ」
見ると、男子三人が集まりおしゃべりをしている。
「とりあえず、あそこに行って、黒木君と名前を呼べば、本人が返事をするから」
里花にそういわれて安心したのか、三人に近づいていく。しばらくすると、黒木が席を立ち、一緒に教室を出て行った。
それを見ていた菜々が、今まで座っていた緋色の席に座り、里花を正面から見た。
「ねぇ。一言いってもいいかな?」
「どうぞ」
「緋色ってバカ?」
真顔で聞いた菜々に里花はぷっと吹き出した。
「なんで?」
「だって、入学して一か月以上は経つのに、クラスメートの顔と名前覚えられないんだもん」
毎日出席をとられるし、菜々にしてもほとんど覚えてしまっている。それなのに、女子はともかく、男子の顔と名前を全然知らない。
記憶力ないの? 大丈夫? と心配してしまう。
「ああ、それねぇ。便利でしょう?」
「どこが?」
「緋色ってね、人の顔とか、名前とか覚えるの苦手なのよね。だからこちらが言ってあげないと、全然覚えないの」
「苦手……それって、苦手っていうの?」
「うーん、そうねえ。その気がないというか、あんまり、人に興味ないんだよね」
別段、問題なさそうにあっさりと言った里花に、菜々は頭を捻る。
「でも、わたしたちと一緒にいるじゃない?」
「そうなんだけど。根本のところがね。説明するのって難しいんだけど」
(よくわからないなあ)
「あの子とは小一からつきあっているけど、最初からあんな感じだったから。わたしの名前覚えさせるの苦労したんだから、一週間もかかったんだからね。でもね、それ以外は全然なのよ。だから言ったのよね。女子だけでも覚えなさいって」
「なんで女子だけ?」
素朴な疑問。
「だって、女子は覚えとかないと、いろいろ面倒でしょ。緋色かわいいから、敵作りやすいのよ」
確かにかわいい。
さっきの黒木だって仲間からブーイングを受けながらも、うれしそうに両方ピースしながら、連れ立って行ったし。バドミントン部でもクラスでもアイドルになっていた。
「それはわかるけど」
「だから、あのバカっぷりが役に立っているのよ」
(親友に対して容赦ないなあ)
「あの子、精神年齢、幼児だからね」
「そうなの?」
「人間関係に疎いのよ。殊に男女関係はね。まるでわかってないから。想像してみて。緋色が、男子にちょっと微笑むじゃない? 本人は何とも思っていなくても……」
菜々は言われた通り男子の前で、にっこり微笑む姿を想像してみた。
「すごい! 勘違いするかも」
「でしょう? だから、あれが便利なのよ」
「?」
菜々はまだ、イマイチ、ぴんとこない。
「だ・か・ら」
里花は声をひそめる。菜々は声がよく聞こえるように顔を近づけた。
「女子の場合はね、バカってなるのよ。菜々もそう思ったでしょ」
「……」
奈々は何も言えない。確かにそう思った。
緋色はお人形さんみたいなきれいで可愛らしい子で、一目見て気に入って友達になりたいと思った。『里花ちゃん』と呼んでくれる、澄んだ甘めに聞こえる声も好みだった。緋色って純真無垢で疑うことも知らず、物事をそのまま受け取る素直な女の子だったから。
小一の時、わたしの名前以外憶えることをしない緋色に、このままでは人間関係に支障をきたすって、そのせいで仲間はずれになったり、いじめられたりしたらどうしようって危機感を抱いたわたしが、緋色に提案したことだった。
男子はいらない。鬱陶しいだけだから。必要なのは女子とのコミュニケーションだけ。あれ以来、見事なくらいそれを実践してくれている優秀な生徒。
(藤と佐々は特別だけどね)
里花は心の中で呟いた。




