第25話 亮の面影
第二体育館まで行くまでの途中の廊下には、自動販売機が設置されている場所があった。ちょっとした休憩もできるように一角にはベンチも備えてある。監督との話を終えた香織と優太がコーヒーを飲んでいた。
「変わらないわよね、ここも」
「そうだな」
高校生の頃、香織と優太、亮と三人、ここで話をしながらジュースを飲んでいた。懐かしい思い出の場所だった。
「ねえ。緋色ちゃんって、ここに来てよかったのかしらね?」
缶コーヒーを握りしめて香織が口にした。
「さあ? どうだろう。本人に聞いてみないと」
問われたところで本人ではないのだから、優太は答えられない。だからと言って、本人に直接聞けるものでもないが。それ以上は何も言えず、黙り込んで手元に視線を落とした。
「それはそうなんだけどね。ここって亮がいるのよね。まだ残っている。色んな所に」
教室に、体育館に、廊下に、グラウンドに……『優太』『香織』と自分達を呼ぶ声。一緒に笑う姿。練習中の真剣な顔。色鮮やかな残像のように思い出が蘇る。時間を置き去りに、高校生の亮がここにいる。
「……うん」
「特に男子部にはね。優太を見た時の三年生の顔。見た? ウルウルしてたよね。あれ、亮のこと思い出してたんだよね。絶対、そう」
確信めいた香織の言葉に優太は苦笑いする。亮の親友兼パートナーでいつも一緒にいた。そのせいか、別行動をすると男子部員達からよく言われたものだ。二人がペアでいないとヘンだと、一緒にいないと見ているこちらが落ち着かないと。
月日は経ち、少しずついないことに慣れていく。
それでも、時々隣に亮を探す。もう二度と会えないのだとわかってはいても、亮の姿を、声を探す。
今でも。
「今、ここに幽霊でもなんでも亮が現れたら殴ってやるわ。どうして逝っちゃったのよ。早すぎるわよって、みんなを残して悲しませて、一人で先に逝くんじゃないわよって」
香織はぬるくなったコーヒーをグッと一気に飲み干した。肩を上下させて大きく息をつくと、隣の優太を見た。
「何? その妙な顔は」
優太は驚いたような、呆れたような、納得したような複雑な顔をしていた。
「いや、香織ならやりかねないかなっと思って」
「当たり前じゃない。わたしはね、怒ってるのよ?」
「何で?」
「だって、お別れも言えなかったのよ。せめて、最後の別れの言葉くらいは言いたかった。亮の声を聴きたかった」
香織は唇を噛みしめて、込み上げそうになる涙を我慢した。
「……」
連絡を受けて家にかけつけた時には、亮は既に棺の中だった。眠るようなきれいな姿だった。
『何してるの? こんなところで』って、変わらない笑顔ですぐにでも起き出してきそうな亮の姿に、死んでしまったなんて信じられなくて、信じられなくて。
亮を揺り動かして、優太が止めに入るまでずっとそうしていた。
悲しくて、悲しくて。
『優太をおいて逝かないで』って、叫びながら泣いていた。
「香織……」
あの時は衝撃が大きすぎて、頭の中が真っ白になって何も考えられなくて、涙さえ出なかった。
いつまで待っても体育館に現れない亮に……いつも隣にいるはずのパートナーがいなくて、ダブルスが出来ないと思い知った時。その時初めて理解した。亮はいないのだと。その日初めて、部屋の中で一人泣いた。
優太は立ち上がると、ごみ箱に空になった缶コーヒーを捨てた。
「行こうか。かわいい後輩達が待っている」
優太は香織の頭をくしゃりと撫でる。
「そうね。ちょっと生意気でかわいい後輩達が待っているわね」
励ますような優太の仕草に顔を上げると、愛しむような表情の彼がいた。
「いいね。香織らしくて」
「でしょ?」
香織は、優しい優太の顔を見つめて涙で濡れた頬をそっと拭った。




