第22話 真帆対里花
「そうですよね、こんなところで女子相手にデレデレと、ナンパしている場合じゃないですよね? すぐに次の試合も始まりますよ?」
笑顔を張り付けたまま、感情を抑えた声音にさらに温度が下がる。
ランキング戦中は女子マネージャーがルールブック。これは監督から厳命されている。
下手に逆らって本気で怒らせると、どんなペナルティが科せられるのかわからない。試合出場停止にでもなったら最悪だ。そこに気づいた男子部員達の行動は素早かった。
「ですよね? 俺、次試合だった。行かなきゃ」
「あっ! 俺も」
「そういえば俺は審判だったかな?」
「俺は自主トレしよーと」
それぞれ口にすると、蜘蛛の子を散らすようにその場からいなくなった。残っているのは緋色と藤と佐々、春磨の四人だった。
「藤井君と佐々田君、あなたたちも次審判でしょ? 行っていいよ?」
幾分か柔らかい物言いに彼らは顔を見合わせると、
「緋色、ごめんね。また、あとでね」
軽く手を振ってトレーニングルームを出ていった。
未だ残っている春磨を見上げると、真帆は眉を顰め厳しい口調で問い詰める。
「主将がそばにいながら、何やってたんですか? 主将らしく部をまとめていってもらわないと困ります。何のための主将なんですか?」
「だから、見守ってたんだけど?」
そんな真帆を気にする風もなく、飄々とした態度の春磨。肩透かしをくらうような脈絡のないセリフに、脱力感を覚えて真帆は額を抑えた。
「誰をですか?」
「もちろん、緋色ちゃんに決まってるでしょ? ねぇ、緋色ちゃん」
春磨は同意を求めるように、ニコニコとした笑顔を向ける。
「……」
「はい」とも「いいえ」ともいえない。緋色は困って、ただ笑うだけだ。
(馴れ馴れしい態度。なに、この人も彼女狙ってるわけ? 恐るべし、桜木緋色。どんだけ男子を骨抜きにしちゃったら気がすむんだろ? それに主将って、つかみどころがなくて絡みづらいんだよね)
穏やかな雰囲気は悪くはないが、万事がその調子なので、本心がどこにあるのかわからない。真帆が苦手としている一人だった。
「主将も試合でしょ? 早く行ってください」
追及する気も失せて真帆が言うと、
「そうだった。じゃあね、緋色ちゃん。よかったら応援してね」
春磨はちゃっかり彼女に声をかけるのも忘れなかった。
そして、去るタイミングを逸してしまった緋色は、その場に縛りつけられてしまった。
真帆は初めて間近で見る緋色の姿をじっくりと眺め回す。
穴があくほど見つめられて、緋色の顔が青ざめる。先ほどの男子とのやり取りがあったせいか、不安げに瞳が揺れていた。今にも折れてしまいそうなか弱い風情が何とも言えない。
(うわぁ! かわいい、この子。ビスクドールみたい。顔はもちろんだけど、醸し出す雰囲気が。なんていうか庇護欲をそそられるっていうか、かまってあげたくなるっていうか、男子が騒ぐのもわかる気がする……って、何、見惚れてんのよ、わたし)
あまりのかわいさに思わず魅入ってしまった真帆は、仕切り直すようにコホンと咳払いをした。
「ところで、桜木緋色さん。一言、言っていい?」
「いい?」と聞かれても何も答えられない。先ほどのやり取りが頭に浮かぶ。緋色はすっかり怯えていた。
少し震えて青ざめた緋色が、多少かわいそうだとは思ったが、これも女子マネの仕事の一環。覚悟してもらいましょう。
「桜木緋色さん。さっきも言ったけど、見てわかる通り、今はランキング戦中で男子部にとっては、大事な試合中なんだよね。だから、男子の前をうろちょろしないでほしいの。部全体の士気にかかわるんだよね」
「すみません」
緋色は邪魔をしているつもりはなかったが、迷惑そうに言われては謝るしかできない。
「わかってくれればいいのよ? 別に咎めるつもりはないし、ただ目立ってしまうとちょっと困るんだよね」
(ファンクラブの目があるしね)
全体的におとなしめではあるが、中には過激なファンもいるかもしれない。刺激しない方が彼女のためだ。それも考慮に入れての発言だった。
「はい」
目立っているつもりもなかったが、さらに迷惑そうな顔をされたら、消え入るような小さな声で返事をするしかできない。
「たった一人の女の子相手に、士気にかかわるとかって、全国大会常連校って聞いていましたけど、たいしたことないんですね?」
背後から聞こえた挑発的な声に、真帆は勢いよく振り向いた。
そこには挑戦的な瞳を向け、勝気な表情で不敵に笑う里花がいた。
(生意気な。誰?)
臆することなくやけに堂々とした里花を真帆が睨んだ。
そういえば見覚えのある顔。一緒のところをよく見かける。桜木緋色の友達の一人?
「科、学年、名前」
真帆の端的に鋭く誰何する声にも動じることなく、
「進学科、一年、川原里花」
淀みなく、素早く、正確に答えた。
驚いた。
咄嗟に質問されて答える者はほとんどいない。恐ろしく頭の回転が速いのだろう。
(やるじゃないの。でも、バカにされるのだけは許せない)
普段はおちゃらけた連中でも、練習は真面目だし、いざという時にはキッチリ仕事をするのだ。そうでなければ、全国で常に上位は保てない。全国大会に行ったこともない弱小女子部に、揶揄されるのには腹が立ったが。
「こっちも試合中だし、女子部も練習始まるでしょ? 行っていいいわよ。それから、ランキング戦中はこっちに来ないように、その子に言っといて」
言ってやりたいことはいくつもあったが、口を開けば、売り言葉に買い言葉、頭が切れそうな女子みたいだから、どんなバトルになるか分からない。それも面白そうだったが、今はそんな場合ではない。試合を滞りなく進行しなければ。それが女子マネージャーの役割だ。
「そうですね、わかりました。男子部に緋色はもったいないので、よく言い聞かせときます」
余計な一言をつけ加えて、里花は緋色を伴って去っていった。




