第20話 モテすぎるのも
「ねえ。あれいいの?」
館内には全体が見えるように陣取った本部席がある。そこに座っていた梓が、トレーニングルームを指さした。
入口には緋色。彼女を囲むように喜々と群がる男子部員達。
「ああ、あれですね。気にはなっていましたけど」
隣に座っている真帆が指された方を見ながら言った。
ずっと気付いていた。
女子部の扉が開いた音がして、つられるように振り向いた視界に緋色の姿が映った。その時は他にも女子部の何人かが通っていったから、休憩に入ったのかと思っただけだったのだが。何気なく緋色の姿を追っていたら、立ち止まったのはトレーニングルーム。
最初に出てきたのは主将、彼女と言葉を交わしているのはわかった。
次に顔を出したのは藤井と佐々田。この二人は中学の同級生で、真帆は見たことはないが、一緒に帰るほど仲がいいらしい。
まあ、ここまではいい。
今まで、男子部と女子部が仲良くしている姿なんて、ほとんど見たことはなかったから、一年生同士で、初々しいというか新鮮で、微笑ましい光景だった。
しかし、この後が……
彼ら達を邪魔するように現れた男子部員達。緋色に近づきたいのか我先にと次から次へと身を乗り出してくる。その様子に彼女が困っているのがわかった。
みっともない。
これが校内人気ナンバーワンのイケメン男子達なのかと思ったら、がっかりを通り越して幻滅だ。そのせいで試合中にもかかわらず、コート内の選手達が、トレーニングルームを気にして、みんな一様に羨ましそうな顔で、チラチラと様子を窺っているのがわかった。
途切れる集中力、緊張感。
シャトルの音と選手達の掛け声、キュッキュッと鳴る小気味いいシューズの音。観客席からの歓声、拍手、声援。
いつもなら女子達の黄色い声一色のはずなのに、ひそひそとした雑音のような声も聞こえる。一部の女子達がトレーニングルームに注目しているからだろう。
感じるはずの観客と選手達との一体感は途切れ、館内の雰囲気がいつもと違っていた。
壁に貼った対戦表に勝敗結果を記して戻ってきた夏海が、同じ方向を見ている梓と真帆に、
「あらあ、どうしたの?」
とのんびりと声をかけた。
「あれ、どう思う?」
梓の視線を辿った先の光景を見て、夏海は目を瞠った。
「すごいね。男子達メロメロじゃん。わたしもあんなにモテてみたいもんだわ」
「ここにウソつきがいるよ。あんただって、何人に告白されてんの? モテるくせに」
「さあ? そんなのいちいち覚えてないし」
夏海は軽く梓の話を流すと、肩を覆うサラサラのストレートヘアをかき上げた。
「なんですって!!……男子達、かわいそう。純情な告白も、こうやって無情にも踏みにじられていくのね。同情しちゃう。ホント、かわいそう」
梓は両手を胸に当てると、いかにも心を痛めていますって仕草で背中を丸めた。
「ちょっと、わたしはそこまでひどくないでしょ。誠心誠意、心をこめて断ってるし、それに、告白っていっても数えるくらいなんだから、そこ、誤解しないでよね」
どこまで真実なのか、夏海の言い訳めいた言葉など梓の耳には届かない。
「ホント、かわいそう」
今度はミニタオルを取り出すと、ぐすぐすしながら目頭なんかを拭いている。もちろん泣いてなんかいない。ウソ泣きだ。楽しんでいるのは確実だった。
梓のわざとらしい演技を横目で見ながら、
「冗談はそこまでにしてくれません? おねえさま方? 本題からずれてますけど?」
真帆が割って入る。
黙っていれば、この茶番劇どこまで続くか分からない。冷たい視線を浴びて、夏海と梓がはたと動きを止めた。
「そうだったね。ごめんね、誰かさんのせいで、すっかり話が脱線しちゃったじゃない」
「誰かさんって?」
夏海と真帆は同時に梓を見たが、本人はまさか、わたしじゃないよって顔で「だれ?だれ?」と、とぼけたようにキョロキョロと辺りを見回す。それも十分わざとらしかったが、これ以上、彼女に構ってしまうと話は進まない。夏海が本題に戻した。
「それより、あれね?」
相変わらず男子達は緋色を囲んで騒いでいる。
女子部の休憩時間がどれくらいか分からないが、ちょっとまずいかもしれない。これからのことも考えると……
「注意してきた方がいいんじゃない?」
「あそこに主将がいるんですよね」
騒いでいる男子達の脇で話の中に入るわけでもなく、腕組みをしてドアに寄り掛かって静観している春磨の姿があった。
「あいつね、無理なんじゃないの? 傍観してるみたいだし、注意するならとっくにしてるでしょ? ランキング戦中はわたしたちがルールなんだから、行って来たら?」
夏海が誰かに話を振った。




