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あの日の夏はまだ終わらない  作者: きさらぎ
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第2話 お迎え

 ハッ、ハッ、ハッ。


 白い息と共に聞こえる荒い息遣い。


 一人の少女が真紅のトレーニングウェアに身を包み、歩道を駆け抜けていく。

 彼女の名前は桜木緋色(さくらぎひいろ)。今日から高校一年生。


 夜明け前の淡い赤紫色に染まった空から、桜の花びらが風に乗り吹雪のように舞い降りてくる。満開を過ぎた桜の最後の艶姿。

 その優美な風景に気をとめる風もなく、緋色は緩やかな坂を上っていく。


 目的地は坂の上の公園。


 そこを目指して、一心にスピードを速めて走っていった。




********                                   



「おはよう、緋色」


 玄関先で待っていた少女が、パタパタと早足で近づいてきた緋色の姿を見つけて、声をかける。彼女の名前は川原里花(かわはらりか)

 前下がりに肩のあたりの長さで切りそろえた艶やか黒髪と、少し切れ長の瞳、意思の強そうな知的な顔立ちをしている。


「おはよう、里花ちゃん」


 にこりと微笑むと、すでに揃えてあったローファーを履いて、二人そろって玄関を出ていく。


 玄関の外では家政婦の木村芙紗子(きむらふさこ)が、二人を待っていた。


「奥様は入学式に出席されるそうですよ。時間には間に合うように行くって、おっしゃっていましたから。それでは、いってらっしゃいませ、緋色お嬢様、里花さん」


 住み込みで働く芙紗子は、丁寧に頭を下げ二人を送り出す。


 父親は複数の会社を経営し、母親も自店舗があるため朝早く出かけることが多く、両親と顔を会わせることが少ないため、玄関であいさつをして見送る役を担っていた。生まれた時から緋色を知っている芙紗子にとっては、それも楽しみの一つだった。


「うん。行ってきます」


 緋色は嬉しそうに微笑んで玄関を出た。


 落ち着いた笑顔を見せた緋色に、深々とお辞儀をして、姿が見えなくなっても、しばらくの間二人の行く先を見送っていた。

 

 里花は、門までの長いアプローチを歩きながら、緋色の横顔を見つめる。

 やや栗色がかったサラサラとしたショートカットの髪と、長い睫に縁どられた黒目がちの瞳、通った鼻筋、仄かな桜色をした唇が印象的で、精巧に作られた人形のような整った顔立ち。相変わらず、いつみても緋色はかわいい、美少女だ。


 ここ一年ほどで身長が伸び、158cmの里花を追い越してしまった。愛らしかった童顔も大人びた顔になり、年齢よりも上に見える。

 ただ、笑顔になると少し幼く見えて、声を聞くとますます幼く見えてしまう。大人と子供が同居しているような不思議な魅力を兼備えていた。



 門をくぐり、道路に出ると里花は足を止めた。

 緋色も同じように立ち止まる。

 前を見ると、いつもの見慣れた風景。周りを見てもそれは変わらない。


 閑静な高級住宅街。

 緋色の家の先は袋小路になっているため、ここを通る人間は限られている。特にこの一角は、隠居生活をしている人間が多いため、近所には学生がいる家庭も少ない。

 今日は高校の入学式で、新入生の里花たちは、いつもより登校時間が遅いのだが、それでも、人通りはほとんどない。


 今は里花と緋色だけ。

 時が止まったかのような静かな時間が流れていく。



 これがいつもの日常だったならば――


 隣の家から顔を出した亮さんが、初めて高校の制服に身を包んだ緋色を眩しそうに見つめて、穏やかで優しい表情でその腕を大きく広げ、彼女の名前を呼ぶのだ。

『緋色』と愛おしそうな声で。


 緋色も満面の笑みで『お兄ちゃん』と甘い声で彼を呼び、嬉しそうに駆け寄ると、その腕の中へと飛び込んでいく。


 あきれるほどのいつもの日常。

 ずっと、ずっと、見慣れていく光景のはずだった。


 仲の良すぎる二人の姿を見るたびに、バカップルだと呆れていたけれど。本当はすごく好きで、憧れていた場面でもあったのだ。


 ずっと、ずっと、続く幸せな時間。


 大人になっても変わらない、年をとっても、この二人は変わらない。疑うこともなく、なぜかしら、そう思っていた。


 想い描いていた未来は、何の憂いもなく、光輝いていて、この上もなく幸福なはずだった。

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