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あの日の夏はまだ終わらない  作者: きさらぎ
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第19話 ランキング戦

 男子部はランキング戦が始まった。

 これに参加しないと総体の出場資格はない。上級生、下級生関係ない、完全実力主義だ。総当たり戦で、ダブルスとシングルスの両方が行われ、その結果で団体戦のメンバーが決まる。一年生も出場可能で、藤と佐々以外はエントリーしている。

 

「にぎやかだねぇ」


 部活の休憩時間。いつもとは違う体育館の様子に、緋色は男子コートの二階を珍しそうに眺めていた。いつもはガランとしている観客席が、女子生徒でいっぱいになっている。


「ランキング戦の時って、誰でも見に来てOK! って、なってるんだって。対戦表も配られているらしいよ。こんなに女子が多いと、男子もモチベーション上がるんじゃない? 監督って、やり手よね」


 里花はその方法に感心する。性格はともかく顔面偏差値はやたらと高いから、女子が集まるのもわからないでもない。

 コートもいつもの床面ではなく、公式試合と同じ仕様。3ゲームマッチで、ルールも公式戦と同じ。レギュラーがかかっているから、選手たちも真剣そのものだ。試合を見る限り普段の浮かれた様子はなかった。

 

「藤くんと佐々くんも出るの?」


 男子達の試合を眺めながら、緋色が尋ねる。


「さあ。聞いてきたら?」


「うん、今どこにいるのかな?」


 男子部は毎日試合が行われるため、通常の練習はない。コートに入っているのは試合をする選手と審判者だけだ。コートを見渡しても彼らの姿は見当たらなかった。


「トレーニングルームじゃないの?」


(出ないのは知ってるけどね)


 里花は心の中でこっそりと呟く。

 男子コートの隣が、トレーニングルームで、いろんなマシンが並んでいる。

 今はウォームアップ室も兼ねていた。試合前の選手がここでアップを行い、出番のない選手は自主トレか審判をしている。 緋色はトレーニングルームの中をきょろきょろと見渡しながら、藤と佐々を探した。


「あー。緋色ちゃんだ」


 彼女の姿に気づいた男子の声に、視線が一気に集中する。緋色は自分が注目されているとは思ってもいない。そんなことには無頓着だ。

 やっと探し当てたものの、知らない男子ばかりで、声をかけるのをためらっていると、室内から近づいてきた男子の穏やかな声がした。


「誰か探しているの?」


 三年生の主将、池上春磨いけがみはるまだった。


「えっと……藤くんと佐々くんです」


 春磨は開いたままになっているドアに手をかけると、おずおずと口にした緋色の顔をじっと見つめた。


「あの……」


 すぐに呼んでくれると思いきや黙ったまま、上から下まで観察するように見られて、どうしようかと悩んでいると、春磨の声が降ってきた。


「君は藤と佐々とは仲がいいんだね」


 言われた言葉に他意はないのかもしれない。

 なんとなく引っ掛かりは覚えたが、


「? はい。友達ですから」


 緋色は屈託なく答えた。


「そっか、友達ね」


「……」


 どう返したらいいのか分からず、怪訝そうな表情で春磨を見ていると「そういえば……藤と佐々だったね」とやっと、思い出したのか、呼んでくれる気になってくれたみたいだった。


 室内を振り返って、


「藤、佐々……」


「「何ですか?」」


 春磨のすぐ後ろで彼らの声が聞こえた。


「おっ! いたのか」


「「いましたけど?」」


 びくっと体をのけぞらせた春磨を押しのけるようにして、藤と佐々は緋色の目の前に立った。


「「緋色、どうしたの?」」


 驚いた顔を見せながらも、春磨に見せた不機嫌な顔はどこへやら、彼女を見た彼らの表情が緩む。


「試合出るのかなって思って」


「ランキング戦? 出ないよ。まだ体力が万全じゃないし、今回は無理しないでおこうと思って」


 緋色の問いに、藤がさらりという答える。


(確か、里花には言ったはず)


「そうなんだ。応援したかったんだけど」


 がっかりしたように肩を落とす緋色に、女子もこの時間帯は練習だから応援は無理じゃないかなとは思ったが、それは心の中のつぶやきにとどめ、


「次は出るからさ。その時は応援してよ」


 と彼女の気持ちをありがたく受け止めて、佐々がにっこりとして答えた。 


「うん。次ね。わかった」


 二人の温和な表情を見ると安心する。言葉少なに交わされる会話にホッとする。心を割って話すというよりは、いつも一緒でそばにいてくれて、助けてくれて、それがどれほど心強かったかわからない。三人の間に何とはなしに和やかな空気が流れる。


「こいつらはいいから、俺を応援して?」


 藤と佐々に覆い被さるように、にゅっと飛び出してきた顔に突然、和やかな空気を壊された。


「俺も、俺も」


 いつの間に来たのか、トレーニングルームにいた男子部員達がわらわらと集まっていた。


「お前ら、邪魔。緋色と話してんのはおれたち。お前達に用はないんだから、散れ」


 追い払うように、冷たく邪険に言い放った藤だったが、そんなことぐらいで怯むような者はいない。


「ひっでー。先輩に向かって、その口の利き方」


 一年生から三年生まで入り混じっているこの中で、いちいち敬語もめんどくさい。というか、使いたくない。


「いいじゃん、緋色ちゃんはみんなのものって決まったんだから、しゃべる権利、あると思うぞ?」


「勝手に決めんな」 


 佐々の不機嫌に怒鳴る声も、誰も聞いていない。


「応援くらいいいじゃん。ねー?」


「緋色ちゃんが応援してくれたら、実力以上の力が出ると思うな」


「それはない、絶対ない。日頃の練習の成果しか出ない」


 佐々のツッコミも男子部員達の声にかき消される。


「俺も。(あつし)君、頑張ってとか言ってくれると嬉しいな」


「それいいね。俺はね……」


「こいつはいいから、俺が先」


「それはないでしょ、先輩。横入りしないでください」


「年功序列。こういう時は、先輩が先だろ?」


「それとこれとは別です。早いもん勝ち」


「こいつらはいいから、次試合だし、勇士(ゆうじ)っていうんだ。俺を応援して」


 緋色は次から次へと押しのけるように迫ってくる男子達に、慄きながらも、どう答えていいのか分からない。困ったように笑うしかない。


(そろそろ、帰った方がいいよね。時間大丈夫かな?)


 気にはなるものの、緋色には引き際が分からなかった。


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