グラーヴェ夫妻はすれ違えない番外編 元上司を檻に閉じ込めてみた
宣伝欄
●2025年10月1日全編書き下ろし7巻&8巻発売
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「あー……それにしても、近所の人はみんな穏やかそうで良かったですねえ……」
泳げるよう、地下の湧水を利用した池の前、手編みの釣り床でセレナードさんと風にあたりながらつぶやく。
晴れやかな空に、木漏れ日は温かい。最近植え始めた花の香りがかすかにして、心地よい。
「皆、人生に疲れはて、自分の好きなことを細々してる方が多い印象でした。貴女に邪悪な瞳を向ける人間もおらず、手間が省けました」
隣で両腕両足を伸ばし、戦時では絶対に見られないほどだらだらしている彼は、こちらに顔を向けた。
器用に頬杖をつくその細面は、のんびりしているとは思えないほど美しい。
「職人の方が多い土地柄なんですかね……手作りの竈のある家も見ましたよ」
「カノンが望むなら、作って差し上げても構いませんが?」
セレナードさんは、私のお腹の上に手を置き、ぽんぽん叩き始めた。それは寝かしつけるやつ……と思いながら、その手に自分の手を重ねる。
「竈……秋冬に使うことを考えるなら……今ぼちぼちでしょうか……」
今日はお昼を食べ終わって、本を片手にこうしてゆらゆら揺れて過ごしていた。昨日は早速近所の人へ挨拶に回ったけど、今日からはもうのんびり自由な生活だ。
「はー……いー天気ですねぇ……」
遠くからは、鳥の囀りが聞こえてくる。近所のおじさんによると、秋の終わりには渡り鳥が飛び立っていくのが見えるらしい。ただその時期には気を付けてないと、洗濯物が大変なことになるとも言っていた。
「当初の結婚生活の予定とは違いますが、この上なく幸せです」
微睡んでいると、セレナードさんが、不穏な笑みを浮かべる。
「どんな感じだったんですか」
「貴女を地下に入れて、鎖で繋いで出した食事を撥ねつけられるくらいは想定していました」
「ほあー……」
食事、出されたものはしっかり食べる派だから、撥ねつけるなんてしないけどな。私の卑しさを、セレナードさんは知っているはずだけど。
ぼんやり考えて、ふと気づいた。
「檻、何にも使わないの、勿体ないですよね」
「あれは貴女にとっては使わない方がいいものでは? 閉じ込める用ですけど……?」
セレナードさんは眉間にしわを寄せた。そんなに怯えないでほしい。その完璧な表情を乱してみたい、なんて、邪悪な感情が芽生えてしまう。
「でも、あれ私に好きな人が出来ないと使わないとか、ここから逃げようとするとか、死にかけるって条件つきの部屋ですよね? 下手したら一使わず埃まみれですよ」
「念には念を入れて、清掃はしてます。それにかなり丈夫なので、災害時の避難場所にもする予定です」
「うーん……」
私が、閉じ込められる部屋。それも五つもあるのだ。もったいない。
「セレナードさん、一回閉じこもってみませんか?」
「えぇ!?」
セレナードさんは驚きつつも、「まぁ、カノンが言うなら」と頷いたのだった。
「どうして私が檻の中なのでしょうか」
檻の中で、セレナードさんが眉間にしわを寄せた。あれから早速私たちは、「私が外部と遮断される予定の部屋」の三つ目にやってきた。
というのも檻つきの、誰かを閉じ込める以外用途がない部屋はここだけだったからだ。他は小物や棚もあり、気分転換の食事の場にも出来るなと除外して、この部屋に目をつけた。
「でもこの部屋の鍵を持っているのはセレナードさんですよ」
私は彼の持つ鍵束に指をさす。さんざん「閉じ込めたい」とセレナードさんは言ったわけだし、私がばっと逃げられる状態というのは好きじゃないだろうと、この部屋自体の鍵は彼が持ったままだ。
「閉じ込められるって、こういう気持ちなんですね……」
セレナードさんは、しみじみ檻に触れた。
「どうですか」
「貴女以外だったら、絶対許さないし殺しているんだろうなと思います」
「多分私も同じ気持ちだと思います。両思いで、性癖が合致して良かったですね」
そう呟くと、「性癖なんてあけすけな……!」と、セレナードさんはまた口元を両手で覆った。たぶん、恥ずかしいとき反射的に出る癖なんだろう。やがて彼は、ぼそりと呟いた。
「私は、貴女のせいで変態にされていく……」
「自分から誘っておいて何をおっしゃるのやら」
「ひどい! 私をこんなにしておいて!」
檻の中で言われると、より一層私が酷い気がしてきた。なんとなく「これでずっと二人きりですよ、例え貴方に愛する者がいたとしても」と付け足してみる。
すると彼は、「私は貴女が好きなので、どうぞご自由に」と、口角を上げてくる。
「絶対に、もうここから出しませんよ。ずっと私と二人きりです。明日からは鎖をつけますからね」
「貴女が片方を繋いでいるなら構いませんが」
そうして、二人で顔を見合わせる。私は檻の鍵を開けると、セレナードさんはさっと目の前に立った。
「檻、家の外につけるべきだった気がしてきました」
彼の言葉に、私は小さく頷く。
「ご近所さんの目もありますが、確かに一部屋の中にあることに、より問題があるような気もしますし、作っていただいて申し訳ないのですが、檻に隔てられている気持ちになりました」
「確かに」
どちらともなくお互いの手を握りながら、私たちは檻を見つめる。隣にいてお互いを掴んでいる方が、ずっと近い。
「セレナードさん、本当にこの檻、用途考えたほうがいいかもしれません」
「外しますか?」
「いえ、向かい側に、檻もう一つつけて、釣床かけられるようにしませんか」
「自ら檻を足す提案を?」
セレナードさんは私に疑いの目を向けてきた。だってもう、そうでもしないとこの部屋、本当に使う機会がない。
「今度の買い物で、釣床と、鉄の素材買ってきて、二人でつけましょう。ハンモック部屋にしましょう」
私はセレナードさんと一緒に檻に入り、ちょうどいい高さを思案する。彼はぼそりと「貴女は馬鹿ですよ」と呟いたのだった。
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