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フィオナとセシリア

 フィオナが足首を痛めたことは、家に帰るなり妹のセシリアに見破られてしまった。


「セシリア、手当くらい自分でできるから」

「いいの、お姉様はそこに座って。じいや、薬箱をお願いね」


 フィオナが止めるより早く、じいやのハンスの手により薬箱は届き、アルニカをしみ込ませた湿布を当てられていく。

 ひやりとした感触が熱を持った患部に気持ちよくて、フィオナはほうっと息を吐いた。

 手際よく包帯を支度しながら、セシリアは苦笑して姉を見上げる。


「お姉様。もしかして、お城でかけっこしたの?」

「してません」

「では、登るのにいい枝ぶりの木でも見つけましたかな?」

「じいやまで!」


 家にいた二人からも父と同じようなことを言われてしまったが、それは、フィオナが過去にお転婆が過ぎて骨折までしたことがあるからだ。

 その揶揄いが愛情ゆえと分かってはいるが、十八歳にもなれば、むやみに走ったり突然木や塀によじ登ったりはしない。

 しかも今日行ったのは王城である。公園や、遊び場にしていた領地の林ではないのだ。


「みんなして、五歳や十歳の頃のことをいつまでも言うんだから……」

「おや、フィオナ様。十五歳の頃もですなあ。ほら、レジナルド様がいらした時に」

「そ、それだって三年も前じゃない!」


 旅から戻ってきた叔父を出迎えようと、階段を駆け下りて踏み外したのだ。

 忘れたいことを指摘されて、年頃の娘としてはいたたまれないが、計三回もあちこち折ったり捻ったりしていれば、すっかり信用がないのも仕方がない。


「五歳、十歳、十五歳とくれば次は二十歳でしょうかなあ」

「二年後ね。じゃあ、今回のはきっとすぐ治るわ、お姉様」

「もう、二人ともっ」


 頬を赤くしてぷいと横を向く姉の足首に、妹は優しく包帯を巻き終えた。


「はい、おしまい。腫れは酷くないけれど、しばらくは走らないでね、お姉様」

「はあい」

「スキップもダンスもダメなのよ?」

「しません!」


 笑いながらも、セシリアは姉に念を押すのを忘れない。

 幼い頃から体が弱いセシリアは、外で遊ぶより家で本を読む時間のほうが長かった。そのせいか年齢よりも落ち着きがあり、妹ではあるがこうしてフィオナより年上のようにふるまいがちだ。


 輝くブロンドに、フィオナより明るい琥珀色の瞳。遠い記憶と、一枚だけある家族写真の中の美しい母に、セシリアはますます似てきた。

 そんな妹の顔をまじまじと眺めると、フィオナはセシリアの頬に手を伸ばす。


「顔色は大丈夫ね。起きて待っていてくれたのは嬉しいけど、セシリアこそ夜更かしはダメよ。また熱を出すわ」

「最近はどこも具合悪くないから大丈夫。それに、お話を聞きたかったの。お城はどうだった? なにか素敵なことはあった?」

「素敵なこと?」


 不意に、小庭園でのアクシデントが思い出される。

 また頬が熱くなりそうで、慌ててフィオナは別のことを口にした。


「小庭園が……えっと、普段は入れない小庭園が、綺麗だったの。凝った噴水があったし、花壇も……ああ、それと、ノーマンにも会ったわ」


 その名前を聞いたセシリアは、ぱち、と目を見開いた。


「ノーマンお兄様、元気だった?」

王都(こっち)に来る前に、領地で会ったじゃない。変わりなかったわよ。んー、服を新調してたわね。似合っていたけど、馬子にも衣装的な?」

「お姉様ってば」


 抗議を込めて窘められたが、ハナを垂らしていた頃から知っている幼なじみなのだ。背が伸びようが、めかし込もうが、いつまでたってもお互いにそんな扱いだ。


 同じ男爵家で遠縁でも、フィオナたちのクレイバーン家と違ってヘイズ家は資産家でもある。

 容姿も良く、しかも末子の彼は後継娘たちの婿候補として注目株だ。

 幼なじみ特典でダンスを踊るフィオナに、刺々しい視線が飛んでくるくらいには令嬢たちにも人気がある。


(でも、あの二人は別格だったわね)


 整いすぎた美貌で言動も冷静なジャイルズと、社交的で少し垂れた目元がいっそう甘い雰囲気のリチャード。

 彼らは夜と昼、もしくは月と太陽のように例えられることも多い。

 誇張にしては月並みすぎると流していたが、二人が並んでいるのを実際に目にして、なるほど、とフィオナも納得した。

 比較などするべきではないが、あの二人に並んで見劣りしないのは「麗しの」とうたわれる王太子殿下くらいではないだろうか。


「あとね、ノーマンが今週末に遊びに来るって」

「ほんと? じゃあ、パイを焼くように頼んでおかなきゃ」

「ふふ、セシリアはノーマンに特別優しいんだから」

「えっ?」


 兄と慕う彼が来ると聞いて表情を明るくしたセシリアをからかえば急にうろたえて、その頬は赤くなる。


「そ、そんなこと、ないと……思うけど」

「ノーマンも、セシリアにばっかり、お土産とかお花とか持ってくるのよねえ」

「だって、それは、お見舞いに、って」


  年々、丈夫になっているが、セシリアが幼い頃は起きているよりベッドの中にいる日数のほうが多かった。

 一緒に外に遊びに行けない小さい幼なじみのために、ノーマンは季節の花や珍しい絵本などをよく持ってきた。

 今も続くその習慣をフィオナは羨んだことはない。むしろ、ほほえましく眺めている。


 姉に指摘されて、セシリアは薬箱を手にわたわたと立ち上がった。


「わ、わたし、これ片付けて、もう休むわね」

「そうね。おやすみなさい、セシリア。手当してくれてありがとう」

「お、おやすみなさい、お姉様」


 まだ赤い頬を隠すようにして、セシリアはフィオナに軽くハグをする。ちょうど父に呼ばれたハンスと一緒に、そそくさと居間を後にした。


 一人残されたフィオナは、ソファーの上に怪我をしていないほうの膝を抱える。


(ノーマン()()()、ね。……セシリア、本当にそうなったらどうする?)


 フィオナだってノーマンのことは好きだ。

 だがそれは、家族に向けるそれである。父と母の間にあったような愛情とは別種の好意だし、ノーマンだってそうだろう。


 むしろ、そういった意味の「好意」なら、セシリアのほうがきっとノーマンに対し持っているように思える。


(あの子はまだ、ほかの男性との付き合いもないし、これから先は分からないけれど)


 政略だろうがなんだろうが、結婚には心も伴ったほうがいい。

 ノーマンが継ぐのにどうしてもクレイバーンの娘と婚姻を結ぶというなら、来年セシリアが成人してから考えても遅くないはずだ。


 フィオナとノーマンの結婚は、お転婆な自分を安全圏に置いておきたいという、父の愛情であることは間違いない。

 それが分かるから無下にはしたくないが、それでも――


(結婚も、絶対したくないっていうわけじゃないけれど。働いて、いろんなものを見て……一人でも生きていけるようになりたいと思うのは、いけないことなのかな)


 家族を悲しませたいわけではない。

 だが近い将来を思うと、罪悪感と同じくらいの閉塞感がフィオナの胸に満ちてしまう。


 綺麗に巻かれた包帯を眺めて、フィオナはふうっと長い息を吐いたのだった。






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