第一章 異変①
町には以前のような活気が戻り、人々は通勤、通学、家事と忙しい毎日を送っていた。二〇六〇年の世界の崩壊後、少しでも崩壊を食い止めようと様々な技術が進歩した。紙は無くなり全てが電子化へ。電池は無くなり全てが太陽光や風力発電へ。そして科学技術の進歩により人々の生活は以前よりも良いものとなっていた。人工知能は発達し、人々の生活を支え高齢者や障がい者のサポートが行えるようにまで進化していた。病院付き添い、介護・介助、日常生活の支援、今まで人の手で行ってきたものをこの世界ではロボットが担っていた。
そして、新たな開発も行われている。インターネットメガネ、無人運転車両、ホログラム技術、そしてさまざまな機能を備えた人工知能。中でも、最先端の開発と呼ばれたものがバンド型ICチップだった。名前・性別・血液型・人種・生年月日・既往症・家族情報など、装着者個人の情報及び現在の体調がリアルタイムで記録されるという優れものだった。
国民一人に一つずつ与えられたバンド型ICチップ。自分たちの生活をより良くするものだと人々は思っていた。しかし、水面下ではこのICチップによる実験が行われていたことに人類はまだ気付いていなかった。
この話は、地球温暖化による世界の崩壊から二十年後の二〇八〇年。『日本』がなくなる数日前の話だ。
町の中心にあるオフィス街。そこには多種多様な企業が存在していた。その中でも一際目立つ大きなビル。企業名はULIと言う。
その会社は国民の情報を統括し、リアルタイムでICチップと連動させるという現在の日本でここだけの技術を持つ会社だった。
ある日の朝、体調不良によりしばらく会社を休んでいた女性が久しぶりに出勤してきた。
「あ~マリちゃん、もう体は大丈夫なの?」
マリと呼ばれる女性の名は、安藤真理子。その女性に声を掛けたのは、同じ職場で働く中年女性の中原雅子だった。
「あ、おばちゃん!はい!ご迷惑おかけしました。もう大丈夫なので、またよろしくお願いします」
真理子は笑顔でそう言った。雅子は「あ、そうだ!」と近づき、話し始める。
「そういえばマリちゃん、知ってる?関東でね、何か変な病気が流行ってるらしいの。これは噂なんだけど、なんでも飛行機が飛んできたかと思えば、何か町中に霧を撒いたんだって…」
「霧…?それで…町はどうなったんですか…?」
「その霧が人の体に触れると、触れた瞬間から体が赤くなって、呼吸が苦しくなって…って聞いたわ」
真理子は怯えた顔で雅子をじっと見た。「…その話、いったい誰から?」真理子は雅子に尋ねた。
「誰って、ニュースでやってたわよ?…知らない?」
真理子は、首を横に振る。そんなニュースなど少しも聞いたことがない。そもそも今の時代にテレビなど存在しない。テレビの代わりに誕生したのがホログラムだった。毎日、一日三回、学校や企業などで決まった時間に放送が掛かる。そしてその放送に従い準備すると、ホログラムが表示される。チャンネルは存在しない。ニュースは国が独自に発信する情報ニュースのみ。その他のバラエティーやアニメ、ドラマなどは各自で契約し、インターネットメガネや腕時計型ホログラムで視聴するのだ。
「そう…マリちゃんは知らないんだね…。関東でそんなことがあったから、こっちも気を付けないとと思って、上の人がね、支社に連絡をしたんだけど、関東の研究施設と連絡がつかないらしいの。関西も気を付けないとね」
雅子はそれだけ言うと、「じゃ、またお昼にね!迎えに来るから!」と自分のオフィスへ向かって行った。