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シャルナーク戦記~勇者は政治家になりました~  作者: 葵刹那
第三章 富国編
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第15話 遠征軍帰還

 ウェスタディア帝国の首都アルナイルでは、人々がミネバ公爵率いる一軍の凱旋を待っていた。ハンスタントン城を後にしたミネバは、ウィルナ城を経由してプレストン城へ戻った。そして、プレストン城を守るノイエ率いる一軍を接収してアルナイルに到着したところである。


「おい、見ろ!ミネバ公爵の軍だぞ!」


「おおっ、ミネバ公爵のご到着だ!」


 アルナイル城の郊外に現れた一軍を指差して人々は歓喜の声をあげる。一軍は徐々に近づき、ミネバが城門をくぐるとその声はより一層大きくなる。


「「「ミネバ公爵万歳!」」」


「「「ミネバ公爵万歳!」」」


 ミネバは手を振りながら馬上を進み、ナサニエルとソルダートは毅然と付き従う。そのさらに後方を進むノイエ侯爵は、ミネバとは対照的にどこか張り詰めたような表情だった。ミネバとノイエはそのまま宮殿へと向かっていた。しばらくして宮殿に着くと、皇帝ネルブライトへの取次ぎをするための衛兵によって外で待たされる。しばらくすると別の衛兵が戻ってきてミネバとノイエに声をかけた。


「ミネバ公爵、ノイエ侯爵、お入りください」


 ネルブライトの許可が下りたのである。宮殿に入ると、さっそく広間での皇帝ネルブライトとの謁見が待っていた。


「ミネバ公爵、ノイエ侯爵のご到着です」


 ギギギと広間の門が開かれ、衛兵が名乗りをあげる。二人はザッザッと鎧の音を立てながら宮殿の広間中央を進む。そして、ネルブライトのいる壇の目前で停止し、頭を下げて跪く。


「臣ミネバ、陛下に拝謁いたします」


「臣ノイエ、陛下に拝謁いたします」


 玉座に座るネルブライトは、二人を一瞥して声をかける。


「頭をあげよ」


「「はっ」」


 皇帝の許可を得て、ミネバとノイエは跪いたまま頭をあげる。


「此度はプレストン城の攻略、ご苦労であった。特にミネバ公爵の働きは大公よりよく聞いている。そのまま励むがよい。そうだ、ミネバ公爵の働きに朕も報いる必要があるだろう。どのような恩賞が望みか申すがよい」


 ネルブライトはミネバに声をかけつつ、チラッと斜め前に控えるヘイデン大公を一瞥する。


「陛下からお褒めの言葉を賜り、大変恐縮ですわ。ですが、ハンスタントン城を攻略できず、ウスター城を失った罪はわたくしにございます。プレストン城もノイエ侯爵が守ってくださったおかげです。恩賞は必要ありませんわ」


 ミネバの返答にヘイデン大公は満足そうに頷いている。それとは対照的にネルブライトは困惑した表情で宰相のバーナードを一瞥する。このままミネバの言うとおりに恩賞を出さなければ、狭量な皇帝として臣民の支持を得られない。なお、ミネバはヘイデン大公の派閥に属する貴族である。


「陛下」


 ネルブライトの意を察したバーナードが進言する。ネルブライトは頷いてバーナードの発言を許可する。


「ミネバ公爵に落ち度があるとはいえ、プレストン城とウスター城を攻め落とした功績は消えません。ここは宝物などで功績に報いるべきでしょう」


「宰相の発言はもっともである。そもそもこの国は久々の戦だ。あのイリスが鍛え上げたサミュエル軍を相手に戦果をあげられただけで十分だ。あとで余から恩賞を取らせよう」


「陛下のご厚情に感謝いたします」


 次にネルブライトはノイエに声をかける。


「ノイエ侯爵、プレストン城を無事に守り切ったそうだな。見事である。ミネバ公爵と同じく恩賞を取らせよう」


「ははっ、ありがたき幸せに存じます」


「お二方、サミュエル軍の強さはどうでしたか?」


 宰相のバーナードがネルブライトに代わってサミュエル軍に関する情報を収集する。その問いに対して総大将のミネバが答える。


「サミュエル軍の兵は隣国と常に戦っていることもあり、兵士の練度は比べ物にならないと感じましたわ」


「ノイエ侯爵はどうですか?」


「はっ、私はサミュエル軍とリブル川で戦いました。しかし、私の動きは読まれていたのか渡河中に攻撃を受けました」


 ノイエは苦々しい表情で当時の状況を振り返りつつ説明する。もちろん取り乱して逃げたことは一切口にしない。


「渡河を中断し、城へ引き返したのは賢明です。私も同じ立場なら同じようにしたでしょう。プレストン城を失わずに済んだ」


「はっ、そうおっしゃっていただけるといくらか気が楽になります」


 ノイエは自身の派閥の長であるバーナードが思いのほか柔和な反応で安堵していた。敗戦を叱責されるものだとばかり思っていたノイエは、宮殿に来てからずっと冷や汗をかいていたのである。


「しかし、モーリスですか。サミュエル軍の元帥はあのイリスに負けず劣らず優秀なようですね。陛下、ここはサミュエル軍が疲弊している今のうちに叩いておく必要があるのではないでしょうか」


「待つのだバーナード。30万もの大軍で遠征してまた遠征するというのか!?貴様、バカも休み休み言え!」


 バーナードの言葉に、今まで静観していた大公ことヘイデンが異論を唱える。


「失礼ながら大公、これは好機なのです。なぜサミュエル軍がプレストン城を攻撃せずウスター城へ転戦したのかお分かりで?」


「・・・むむむ、そもそも貴様のとこのノイエが撃退しておればウスター城を失わずに済んだのではないか!」


「大公、先ほどのノイエ侯爵の報告を聞いておられましたか。当時のプレストン城ではサミュエル軍の方が多くの兵を有しています。そのうえ優れた指揮官を有するサミュエル軍とどう戦えというのですか?そもそもノイエ侯爵の責任を問うのであれば、ミネバ公爵も同様でしょう。ミネバ公爵がハンスタントン城を攻め落とせていればこのような事態は回避できたはずです」


 答えに窮したヘイデンがバーナードにノイエの責任を追及するも、あっさりと対処されてしまう。ヘイデンは話題をすり替えているがそれをバーナードはあえて無視する。ヘイデンにしてみれば、バーナードを攻撃したつもりが、子飼いであるミネバに話題の矛先が向いてしまっていた。


「なっ、貴様、今度はミネバの責を問おうというのか。2つの城を落としたのはミネバなのだぞ!ただ城を守っていただけのノイエと同列に語るでない!」


 ヒートアップする舌戦にネルブライトは内心ため息をつく。また始まったかという心境だ。いまだに跪いたまま話を聞いているミネバとノイエも同じ心境である。客観的に見れば、大公の発言は言いがかりに近いものがある。しかし、誰もそれを指摘しない。このような舌戦の応酬はしばらく続くも、とある人物の登場によって水を差されることとなった。


ギギギギギ


 突如として広間の門が音を立てながら開かれる。


「クエイサー殿下のおなりです」


 衛兵の声にヘイデンとバーナードは舌戦を中断してその場に跪く。そして、カッカッという靴音を立てながら颯爽とクエイサーが広間に入ってきた。ミネバとノイエは両端に避けて道を譲る。クエイサーはヘイデンとバーナードを一瞥すると、ミネバとノイエが元々いた位置に止まって跪く。


「おや、取り込み中だったかな。しっかし、大公と宰相は相変わらずのようだねえ。まあいいさ。陛下、ローリナ城の反乱を鎮めて参りました」


「おおっ!よく戻ってきた。無事に戻ってくれて嬉しく思うぞ」


 クエイサーの到来をネルブライトは大喜びで迎える。このクエイサーはネルブライトの弟であり、ネルブライトが最も信頼を寄せる人物だからだ。派閥争いに加えてヴェルト教が力を持つウェスタディア帝国において、ネルブライトが本音を漏らせる人は実弟であるクエイサーなど数少ない。


「どうやらサミュエル連邦の奴らがネズミのようにちょろちょろとローリナ城の民衆を扇動していたらしい。まったく、ご苦労なこったい」


「裏でサミュエル連邦が引いていたのか・・・。よくぞ鎮圧してくれた」


「殿下、陛下、やはりサミュエル連邦を放置することはできません。このような工作をしているのであればなおのこと看過できません。やはりサミュエル連邦へ出兵するべきです!」


 クエイサーの報告を聞いたバーナードは先ほどより強い口調で出兵を主張する。


「貴様、またぬけぬけと!」


「大公、少し静かにしてもらえるかい。続きを話してくれ」


 ヘイデンが再び反応するも、クエイサーの牽制に押し黙る。バーナードは自身の考えを滔々と述べる。第一にサミュエル軍は連戦で疲弊していること。第二にリブル川で勝っているのにも関わらずプレストン城を攻撃することなく撤退していること。サミュエル軍に物資の余裕がない可能性がある。第三に元帥が交代した直後で、まだ軍が一枚岩ではないと思われること。もし時間を与えれば、モーリス体制が盤石となるばかりか、国力まで回復してしまう。以上の考えに基づいてバーナードは出兵を主張していた。


「そうかい、宰相の考えはわかった。確かにうちはここんところ内政に専念していたから長期遠征にも耐えられるだろうよ。兵站さえしっかり確保していれば・・・だけどな」


 クエイサーは兵站が重要であることを述べつつ、その確保を怠って撤退してきたミネバを暗に非難する。


「いけるか?」


 ネルブライトの問いかけにクエイサーは考え込む。


「殿下自らがおいでになれば兵たちの士気も高まることでしょう。必ずや戦果をあげられるものと信じております」


 バーナードがすかさず出兵への後押しをする。腕を組んでいたクエイサーは大きくため息をつく。


「やれやれ、宰相はどうしても戦いたいようだ。反乱を鎮圧してさっそく遠征かー?ちょっとくらい休ませてくれよ」


「そうだ!殿下にわざわざお出で願うなどもってのほかだ!少しは黙らんか!」


 クエイサーの言葉に発言の機会を見出したヘイデンがすかさず口を出す。バーナードは大公を一瞥し、露骨にそっぽを向く。そして、ネルブライトに意見を求めた。


「朕の考え・・・か。朕としてもこれ以上サミュエル連邦が増長するのは好ましくない。もしクエイサーが兵を率いてくれるのなら、朕としても一安心だ」


 バーナードは勝ち誇ったような表情でヘイデンを見る。ヘイデンはむぐぐぐという声が聞こえてきそうなくらいに顔を歪ませていた。


「うーん、ちょっと陛下と二人きりで話してもいいか?」


 クエイサーの提案を受けてネルブライトは片手の手首から先を二回ほど振る。退室せよという意味である。それを見たバーナードとヘイデンを始めとした臣下は広間を退出した。広間に残ったクエイサーとネルブライトは、出兵するか否かという国を左右しかねない決断に迫られているのだった。

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