第13話 同盟
ナミュール城に残るジークは、鉄砲の量産に取り掛かっていた。ジークやナルディアの使うマスケット銃は量産せず、誰にでも使える火縄銃の量産をおこなう。火縄銃を選択した理由はいくつかある。一番大きな理由は、技術を盗まれても対処が可能な点である。火縄銃はライフリング加工を施していないことから、命中率と飛距離が低い。さらに、火縄を使って点火する必要があるから手間もかかり、雨や湿気に弱いのである。もちろん欠点ばかりではなく、至近距離では無類の強さと初速を誇る兵器である。
「ようおっちゃん。生産は順調か?」
俺がサミュエル軍との戦いに赴いている間、ナミュール城の鍜治場ではマスケット銃の部品と弾を生産させていた。俺はいつも通りの調子で声をかける。
「これはこれは国王陛下、ようこそおいでくださいました」
おっちゃんこと鍛冶場の親方は以前と異なり、より丁重に俺を遇する。俺は一瞬その丁寧さに一抹の寂しさを覚えるも顔には出さない。
(やっぱり国王になると、孤独な気分になるなぁ・・・。経営者や国の指導者は孤独の中で戦わなくてはならないとよく聞いていたけど、まさかそれを実感する立場になるとは・・・)
「新しい鉄砲の量産を頼みたい。ひとまず千挺ほど用意できるか?これが図面だ」
親方は俺の持つ図面をのぞき込み、人手を増やせば問題ないと答える。そして、今まで作っていた様々な部品の完成するとこういう形になるのかと感心していた。もちろんマスケット銃は俺が自分で組み立てていたため、火縄銃との細かい違いなどはわからないはずである。
「足りない鍛冶師は近隣の城から呼び寄せよう。それと、いっそのことにヘルブラントに鍜治村を設けようじゃないか。生活に必要な物資とかは国から支援を約束しよう」
「はっ、国王陛下のご厚情に感謝いたします」
親方は膝をつき、頭を下げて礼を述べる。詳しいことは事務方と相談するようにと伝え、鍜治場を後にする。そして、マスケット銃の部品や弾を受け取った俺は、休みの時間を利用してキキョウ用の銃を組み立てて与えた。キキョウとの約束だからな。キキョウが喜んでくれたことはいうまでもない。俺は次に、鍛冶村をヘルブラントに設けるよう土木長官のナターシャに手紙をしたためる。出来るだけ早急に建設するようにというおまけつきだ。ナターシャに任せておけばうまく取計らってくれることだろう。
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国王としての職務に励むようになった俺は新たなことに気付いた。それはあまりにも出来ることが限られているということだ。俺が前世で楽しんだ某歴史シミュレーションゲームでは、とんとん拍子で領地を拡大して天下統一を迎えることができる。しかし、やはりそれはゲームだと強く理解した。勇者のチート能力があっても出来ることは限られていたからだ。勇者の能力は人を増やすわけではない。俺の身体は一つしかないのだ。はたして生きている間に大陸統一できるのだろうか。そう思うと、サミュエル連邦がこの国の人材を奪っていったことの大きさと損失をつくづく実感した。
「誰か、ヒューズを呼んでくれ」
「はっ」
俺は総務長官のヒューズを呼ぶように命じ、まもなくヒューズがやってきた。
「国王陛下、お呼びでしょうか」
「わざわざすまないヒューズ。早速本題に入るが、知っての通りこの国は人材不足だ。このままいけば他国との戦いにも支障が出てしまう。そこで、俺は求賢令を出そうと思うがどうだろう?」
求賢令とはその名の通り、優れた者を登用する命令である。誰でも申し込めば審査してもらえるという利点がある。それは高貴な家柄であっても貧しい家柄であっても関係ない。優れてさえいれば登用するという俺の意思だ。
「はっ、大変良き案かと思います」
「そう言ってもらえると思っていた。その一切をヒューズに任せたいと思うが、どうだろうか?まずは各城で人材を募り、各城で審査し、それに合格した者がヒューズのもとで審査するという形で俺は考えている。その後は国家の重責を担えると思われる人材を俺のところへ連れてきてほしい。もちろん、評価の基準は画一的でなければならない。出自での差別、賄賂などはもってのほかだ。できるか?」
「お任せください。私ごときにこのような大任を与えていただき、国王陛下の信任に心より感謝いたします。総務部の方で計画を煮詰め、具体的な内容が決まりましたらご意見を伺いに参ります」
「この国の将来を左右する重要な仕事だ。もし、これはと思う人材があれば他薦であっても審査するように。推薦した人に褒美を与えて労ってくれ。くれぐれもよろしく頼む」
「ははっ、それでは失礼いたします」
ヒューズを見送った俺は山積みになっている書類に目を通す。そういえば、そろそろツイハーク王国との同盟が締結される頃だろうか。快くナルディアを送り出すまでは良かったが、ここまで忙しくなるとは思ってもみなかった。まあ、ナルディアのために頑張る時期があってもいいんだけどさ。ひとまず人手が欲しいと泣き言を言いたい気分だった。
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模擬試合の数日後、ツイハーク城へ同盟の締結へ赴いていたナルディアのもとでは異変が起きていた。突然ナルディアが体調を崩したのである。ツイハーク王国のアスタリア女王は医師を派遣し、ナルディアの診察に当たらせていた。その結果、思わぬ報告がもたらされた。
「ナルディア女王陛下、これは病気ではございません」
医師の言葉にナルディアが首を傾げる。
「それではこの気持ち悪さと吐き気はどういうことかの」
「ご懐妊です。おめでとうございます」
思いもよらぬ医師の言葉に場は沈黙する。それからまもなく、ナルディアを見守る人々がどっと沸いた。
「お嬢様おめでとうございます!」
「女王陛下、おめでとうございます」
「子どもまで先を越させるなんてね。ふふ、おめでとう」
テリーヌ、ダルニア、ミシェルがそれぞれナルディアに祝言を述べる。お祝いされる本人はというと、ポカーンとしていた。
「なんと、余の子どもができたというのか・・・。う、うむ、なんとも不思議な感覚になるの」
「しばらくは吐き気や頭痛などに悩まされることになるでしょう。シャルナーク王国へのご帰国はこのような症状の収まる安定した時期になされることをおすすめいたします」
「うむ、承知した。苦労をかけたの」
医師はナルディアとミシェルに頭を下げてすごすごと部屋を後にする。
「調印式はどうする?」
医師の退室を見届けたミシェルがナルディアに質問する。
「余は出席するぞ。これはあやつから頼まれた仕事じゃからな」
「そういうと思ってたわ。出来るだけ無理のないように姉さんと話し合うわね」
「いらぬ苦労をかけてしまうの」
「おめでたいことなんだから気にしなくていいのよ」
ミシェルはナルディアの肩に手を置く。
「そうそう、安定するまでってことは、大体三ヶ月から四ヶ月くらいうちにいるってことでいいわね?」
「なんとっ、そんなに時間がかかるものじゃったのか!」
「ジークにもちゃんと報告するのよ?びっくりして飛んでくるんじゃないかしら」
「くくっ、あやつは冷静じゃからの。余がミシェルのもとにおると知れば、きっと安心して任せるというじゃろ」
ナルディアは妊娠したため、ツイハーク王国での長期滞在が決定した。それから数日後、同盟の具体的な交渉が終わり、調印式をおこなうこととなった。ナルディアのお腹があまり大きくなっていないこと、余裕のある衣装を着ていたことから調印式に詰めかけた人々が妊娠に気付くことはなかった。調印式は丞相のセオドールの宣言で始まり、城の広場に設けられた特設会場にナルディアとアスタリアが机を挟んで座る。広場にはツイハーク王国の文武百官とシャルナーク王国から来ている官吏などが並び、この式典を見守っている。参列者の少し離れたところからは、ツイハーク王国の国民たちが様子を伺う。女王の二人はそれぞれが持つ書類へサインし、お互いに交換する。シャルナーク王国とツイハーク王国の同盟が正式に締結された瞬間である。
「「「ツイハーク王国万歳!」」」
「「「シャルナーク王国万歳!」」」
書類の交換を終えると同時に式典の参列者から両国を称える合唱が起こる。ナルディアとアスタリアは立ち上がり、参列者の方へ顔を向け、手を振る。
「「「アスタリア女王陛下万歳!」」」
「「「ナルディア女王陛下万歳!」」」
二人はしばらく手を振り、しばらくして二人は特設会場を後にする。会場を出るとすかさずアスタリアがナルディアに声をかける。
「ナルディア様、お身体は大丈夫ですか?」
「うむ、大丈夫じゃ。女王には世話をかける。余はしばらく滞在することになると思うが、その間もよろしくお願いする」
「お任せください。わらわが必ずナルディア様と御子をお守りいたしましょう。ミシェル、お願いするわね?」
「もちろんよ。任せて姉さん」
アスタリアはナルディアのことをミシェルに任せ、王宮へと戻っていった。自室に戻ったナルディアは同盟が無事に締結されたこと、妊娠したことを知らせる文書をしたためる。書き終わるとそれを部下に持たせてナミュール城にいるジークへ送った。その時のナルディアはジークがどんな顔をするのか楽しみで仕方がないといわんばかりにニヤニヤしていたそうだ。




