第10話 模擬試合①
ミシェルはナルディアのもとへ大勢で押しかけていた。ミシェルが大勢を連れてきたことは一度もなく、ナルディアは疑問に思っていた。ナルディアの表情から心情を読み取ったミシェルは説明をはじめる。
「大勢で押しかけちゃって悪いわね。えーと、紹介するわね。彼はマクナイト将軍、その後ろにいるのは、マクナイト将軍の部下たちよ」
ミシェルはマクナイトたちを紹介する。それを受けてマクナイトは頭を下げ、挨拶をする。
「俺の名前はマクナイト、ナルディア女王陛下の噂を聞き、殿下に無理を言って連れてきてもらった。後ろにいるジェレミー、ダフネ、ニーズホッグ、ベルクートは俺の部下たちだ」
お世辞にも丁寧とは言えない挨拶にダルニアやテリーヌがムッとするが、マクナイトは何食わぬ顔で挨拶を続ける。ジェレミーを始めとしたマクナイトの部下たちは、主人とは対照的に最敬礼をもって挨拶する。
「うむ、それでマクナイトとやら。おぬしは余にどのような用があるというのじゃ?挨拶だけのようには見えぬがな」
ナルディアの言葉にマクナイトはニヤリとする。その様子をミシェルは、やれやれと呆れた雰囲気で見ていた。
「俺はツイハーク王国がシャルナーク王国と同盟を結ぶに値するか、確かめるためにやってきた。ミシェル殿下はいたく評価しているようだが、その真偽を自分の目で確かめたい」
「・・・なるほどのう、それで、おぬしはどう確かめるというのじゃ」
「本当は軍略も試したいところだが・・・ひとまず模擬試合でお願いしたい」
マクナイトの提案は、お互いの武技を競う模擬試合をしようという内容だった。本来なら軍をどれだけうまく率いることができるのかも見てみたいという様子だったが、その場合は模擬戦となるため、あまりにも大掛かりになってしまう。それを考慮して模擬試合という提案に落ち着いた。
「ほぉ、よかろう、我が国からは余とダルニアが出ようではないか。ミシェルが勝敗を決めるということでよいな?」
審判をミシェルに委ねるというナルディアの提案にマクナイトは了承する。女王であるナルディア自身が出てくるのはマクナイトの想定内だった。噂通りの人であればきっと乗ってくるだろうと。
「もちろんだ。ではこちらからは・・・」
マクナイトは誰を出そうかと部下を見回す。
「ここは私を!」
「それがしを!」
「いやいや、ここは俺だろ」
「・・・」
マクナイトの目線を受けてダフネ、ベルクート、ニーズホッグ、ジェレミーの順に発言する。なお、ジェレミーは無言である。
「だそうだが・・・?」
ダフネたちの反応を見たマクナイトはナルディアに目線を向ける。誰を選ぶかは任せるといいたげな目線である。
「ふむ、ならば全員を相手にしようではないか。よいなダルニア」
「もちろんです」
ナルディアの無茶ぶりにダルニアはまったく動じない。好戦的な性格のナルディアならそう言い出すだろうと思っていたからだ。ナルディアはよい暇つぶしが見つかったとばかりに生き生きとしていた。
「はいっ、じゃあ決まりね。うちの訓練場を使っていいわ。そこでマクナイトも文句ないわよね?」
いままで静観していたミシェルが場の収集に乗り出す。
「もちろんだ」
こうして、シャルナーク王国とツイハーク王国の模擬試合が組まれることになった。ちなみに、模擬試合をおこなうことになったという報告を聞いたツイハーク王国のアスタリア女王と丞相のセオドールは大きくため息をついたそうだ。いくらナルディアが了承したとはいえ、ナルディアの身になにかあれば外交問題となる。何事も起こらないことを祈るばかりであった。
「そうそう、マクナイトとやら、今思い出したのじゃが・・・余の記憶違いでなければおぬしはサミュエル連邦におったのではないか?」
マクナイトはナルディアが自分のことを知っていることに少々驚きを露わにする。
「ああ、そのとおりだ」
「ふむ、アンドラス城では世話になったの。とはいえ、同盟を結べばおぬしは盟友の将じゃ。おぬしもサミュエル連邦を追われておるようじゃし、過去のことは水に流そうぞ」
マクナイトはかつて、サミュエル連邦の中将としてシャルナーク王国のアンドラス城を攻略していた。ナルディアはその時のことを言っているのである。
「ああ、それは俺も望むところだ」
「それじゃ話は終わりね、邪魔して悪かったわね。模擬試合の詳細が決まったらあとで連絡するわ」
ミシェルはそういうとマクナイトたちを引き連れ、ナルディアのもとを後にした。こうして、シャルナーク王国対ツイハーク王国の非公式試合が組まれることとなった。ツイハーク王国では興行としての試合をおこなう文化がないため、闘技場のような施設は存在しない。そのため、訓練場を利用しておこなうこととなった。
それから二日後、模擬試合の日を迎えた。非公式な行事であるため、見学者は必要最小限に抑えられている。同盟の協議をおこなっている人を除いたそれなりの役職を持つ人々たちが見学している。とはいえ、人の口に戸を立てられないように模擬試合の話はどこかで漏れるものである。シャルナーク王国の女王陛下こと姫将軍が戦うと聞いたツイハーク王国の兵士たちは、上官にばれないようこっそりとその様子を見ていた。兵士たちにとって、ナルディアとマクナイトの模擬試合はスポーツ観戦に等しい娯楽であった。
「改めてルールを確認するわね。勝ち抜き戦方式でお互いに死にいたる攻撃や障害を負うような攻撃は禁止よ。いざとなれば私も止めに入るけど、あまり期待しないでね」
ミシェルはルール説明を終えると、さっそく模擬試合の開始を宣言する。シャルナーク王国からはダルニアが、ツイハーク王国からはダフネが最初の対戦相手として名乗りを上げた。
「シャルナーク王国の騎士団長として、不甲斐ないところを余に見せる出ないぞ」
「遠慮することはない。全力で戦ってこい」
ナルディアとマクナイトの激励?が訓練場に響く。ダルニアは剣を、ダフネはレイピアを構える。
「剣の腕ではシャルナーク王国で一番なんですってね。申し訳ありませんが、あなたにはすぐに退場していただき、私がナルディア女王陛下と戦わせていただきます」
お互いに武器を構えて相対する。
「亡き国王陛下の剣として、全力で相手しよう」
ダフネの挑発じみた言葉にダルニアが淡々と返す。お互いに挨拶が済んだところで、ミシェルが開始を宣言する。
「それでは、試合開始っ!」
試合開始と共にダフネが全速力でダルニアの方へ走る。そして、レイピアの基本戦術である刺突を繰り出す。
「はああああ!」
シュッシュッ
ダフネの繰り出すレイピアをダルニアは剣で捌く。金属がぶつかり合う音がキンキンと鳴る。ダフネの刺突を受け流したダルニアは剣で反撃する。
キーン
ダフネはレイピアを持つ手の反対にマンゴーシュと呼ばれる短剣を持っている。マンゴーシュを使って巧みにダルニアの剣を受け流す。そして、剣が逸れた瞬間をついてレイピアを繰り出す。剣を受け流されたダルニアに隙が生じたのである。
「くっ」
ダルニアはレイピアをかろうじてかわすも態勢が崩れてしまった。
「ふむ、あのダフネとやら、なかなかの使い手ではないか。レイピアなどという戦場向きとは思えぬ武器を使うだけのことはあるというわけじゃな。ダフネは今のを決めきれんかったか。惜しいのぉ、絶好の機会を逃してしまったわけじゃ」
テリーヌと共に観戦するナルディアは冷静に試合を分析する。レイピアの主な攻撃手段が刺突という性質上、決闘や一騎打ちに向く武器である。それを戦場で使うということは、並々ならぬ技量の持ち主であるといえよう。また、レイピアは素早く敵を刺すために常に剣先が相手へ向いている。そのため、常にレイピアの剣先を突き付けられるダルニアの受ける圧力は想像以上であった。
「はあぁっ」
体制を崩したダルニアにダフネが全力で襲い掛かる。これで私が勝利を貰った。ダフネは強く確信していた。しかし、その考えが甘いものであることをすぐに思い知ることとなった。
「・・・っく」
「そこまでね。勝者、ダルニア!」
「「「おおっ!」」」
ミシェルの宣言に見学者がどっと沸きだす。ダフネがレイピアを繰り出そうとした矢先、ダルニアは片足で地面を蹴り上げて態勢を無理やり立て直した。それどころか、その勢いを利用してダフネの方へ踏み込み、ダフネを攻撃範囲におさめる。そして、ダフネの繰り出そうとするレイピアを払いつつ、その顔先に剣を突き付けていた。まさかこちらへ向かってくるとは思ってもみなかったダフネは、マンゴーシュによる迎撃が間に合わなかった。
「参りました」
「俺も油断していたら敗れていたかもしれない」
ダルニアとダフネは握手を交わし、最初の試合は幕を閉じた。ちなみに、こっそりと試合をみていた兵士たちは、上官に見つかっていた。予想外の試合展開に兵士たちがとっさに声をあげてしまい、見学者と違うところから声が聞こえてきたことを怪しんだ上官に見つかったのだ。兵士たちは上官からこっぴどく怒られることとなるのだが、それは別の話である。




