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シャルナーク戦記~勇者は政治家になりました~  作者: 葵刹那
第三章 富国編
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第7話 ミチヤス・サイオンジの遺言

 サミュエル連邦の総統シリウスのもとに、コートウェイク高地での戦報が届けられた。シリウスは戦報を読み始める。そして、気になった箇所をついつい口に出してしまう。


「鉄の棒のようなものからパーンという音がした。その音がする度に、我が軍の指揮官や兵士が犠牲になった・・・ですか・・・。放置できませんね」


 シリウスは報告書を読みながら、シャルナーク王国の用いるその武器が異常なものであると理解した。この報告書を持ってきた副総統のカインツは、やはりそこが目に留まったかという表情になる。


「はっ、ちなみにですが・・・」


 カインツは追加の報告事項を持っていた。しかし、内容が内容だけに歯切れが悪く、言いにくそうにしていた。


「なにか情報があるというのであれば、おっしゃってください」


 カインツの態度に何かあると感じたシリウスが続けるようを促す。


「実のところ、ガルヴィン大将がお亡くなりになったクヌーデル城から帰ってきた兵士たちからもそのような聞いたこともない武器に関する報告をしておりました。しかし、ソレル元帥は兵士たちが何かを見間違えたか虚言を言っていると考え、クヌーデル城の戦報にはそのことを記載していなかったとのことです」


 シリウスが読んでいる戦報とは別の報告書を読み終えたカインツは恐る恐るシリウスの方を見る。案の定、シリウスは信じられないという表情をしたあと、この世のゴミを見るかのように蔑む表情をしていた。


「ソレルさんはどこまで使えないのでしょうか・・・。もしその情報が確かなら、コートウェイク高地でここまで負けることもなかったでしょう。対策もとれたでしょうに。いや、もしかしたらこんな不確定な情報を戦報に書くわけにはいかないと考えたのかもしれません。ええ、きっと私に対する気遣いからあえてその情報を加えなかったのでしょう。カインツさんもそう思いますよね?」


 ソレルは自身の立場に不都合な情報をあえて書かなかったのでは?とカインツは感じていたが、そんなことは一切表情に出さない。ソレル自身はもうすでに亡くなっており、真相を確認できないからだ。


「はっ、総統閣下のご賢察通りかと考えます」


「ええ、そうでしょうとも。ソレルさんは身をもってその武器の危険性を私たちに教えてくださったのです」


 そういいながらシリウスは再びコートウェイク高地の戦いに関する戦報に目を落とす。


「なお、ソレル元元帥の本陣を襲ったシャルナーク軍は、不可解な丸い玉のような武器を投げて攻撃してきた。その玉が地面に落ちると巨大な音とともに火が噴きあがった。シャルナーク軍はその武器を多く投げてきたため、本陣の外にいる兵たちは本陣に入ることが出来ず、ソレル元帥をお救い出来なかった。ですか・・・。もうこの報告書は読みたくないですね。頭痛がしてきました」


 シリウスは戦報を机に置き、目頭を手で押さえる。このような得体の知れない武器とどう向き合えばいいのだろうか。そんなことを考えていた。また、シリウスの中でシャルナーク軍に対する警戒レベルが格段に上昇していた。


「総統閣下、これは一度調査する必要があるかもしれません」


 カインツはシャルナーク軍の調査をおこなうように進言する。


「そうですね。それがよろしいでしょう。モーリスさんがうまくやってくださったおかげで、シャルナーク王国が当分動けないのは幸いかもしれません。モーリスさんがプレストン城の救援からお戻りになり次第、シャルナーク王国の掃討をお願いしようと思っていました。ですが、その未知の武器に対する対応策が完成するまでは見送ることにしましょう」


「はっ。それではシャルナーク王国に密偵を放って探りを入れたいと思います」


「ええ、お願いします」


 シリウスの承諾を得たカインツは総統室を後にする。


「それにしてもジーク・シャルナークですか。実に厄介な人が出てきましたね」


 総統室に一人残ったシリウスは遠い目をしながらそうつぶやいた。


ーーーーー


 シャルナーク軍が妙な武器を使うという噂は瞬く間にサミュエル連邦中に広まった。それもそのはずで、ジークと戦って敗れた敗残兵がシャルナーク軍の得体のしれない武器のことを話していたからである。


「ってなわけでよ、変な玉が投げられたら火を噴くんだよ。これには参ったね。さすがの俺様もこの世の終わりかと思ったよ」


 酒場にたむろう兵士が焙烙玉に関する話をしている。そこを偶然、前総統のニクティスに仕える使用人が耳にしていた。酒場へ買い付けに来ていたのである。気になる話があれば、逐一報告するように言われていた使用人は、そのことをニクティスに話していた。


「・・・というわけで、シャルナーク軍は不思議な武器を使うそうです」


 使用人からの報告を聞いたニクティスは普段とは違って微動だにしなかった。いや、動くことができなかった。いつもなら、なにかしらの返事をすぐに返してくれるはずの主人は、ただただ沈黙していた。


「旦那様・・・?」


 世間話をした程度の感覚でいた使用人はニクティスの態度に不安を覚える。


「ついにこの時が来てしまったか・・・」


 突然のニクティスの嘆息に使用人が驚く。まるでその武器がどういう存在かをニクティスが知っているかのように聞こえたからだ。


「あの、旦那様・・・」


 使用人の声に、ニクティスはハッとする。ニクティスはしばらく沈黙したあと、こう告げるのであった。


「・・・サイオンジ家に連なるすべての人を集めてくれ」


「かしこまりました」


 使用人はニクティスの指示を受け、すべての縁者に連絡を取る。それから数日後、サミュエル連邦の首都ミスリアにあるニクティスの邸宅に数多くの親類縁者が集まった。ニクティスの家系はサミュエル連邦の建国に尽力したミチヤス・サイオンジに連なっている。また、その息子であるニクティスも以前は総統職を務めており、その影響からか親類縁者には有力者も少なくなかった。


「皆様方、長らくお待たせしております。ニクティス様がお越しになりました」


 ギギギという音を立てて扉が開かれる。そして、ニクティスが入ってくる。正装で身を包んだ彼の雰囲気はまさに厳かであった。


「今日はよく集まってくれた。これから私は父より託された話を皆にしようと思う」


 壇上に上がり、おもむろに話始める。そして、ニクティスの父が託した話と聞いて場は大きくざわめいた。一体どんな話が飛び出すのだろうか。その内容は意外なものであった。


「さて、最近の我が国では、シャルナーク王国の得体のしれない武器が話題になっているという。その武器の特徴を聞いて、私は父の話していた火薬なる兵器であると考えている」


 火薬と聞いて場のざわつきがますます大きくなる。軍部に勤める者は、一言一句聞き逃せないとメモを取り始めていた。


「火薬というものは、一見すると単なる粉だが、火に触れると、とてつもない爆発力を生む兵器と聞いている。それをシャルナーク王国が作り出したということはどういうことか。私が思うにシャルナーク王国に父と同等の人物が存在するか、あるいは何らかのきっかけで開発できたかのいずれかに可能性が絞られると考える」


 ニクティスの言葉に会場の一人が素朴な疑問をぶつける。


「それではなぜサイオンジ様はその火薬なる兵器を我らに御創りにならなかったのでしょうか」


 その言葉に多くの者が頷く。当然の疑問だ。


「それは父が心優しいにほかならない。いや、それは違うな・・・。それはその火薬の恐ろしさを父自身がその身をもって知っているからだろう。私にそのことを話す父が何かに怯えるような、はたまたひどく憤りを覚えているような様子であった。私も最初こそ皆と同じような疑問を持っていたが、話を聞くにつれ、それ以上聞くことができなかった」


 あのサイオンジ様が怯える!?会場にいる人々は頭をガツンと割られるような衝撃を受けた。なぜなら、サミュエル連邦におけるサイオンジ・ミチヤスのイメージは全知全能、あらゆることに精通し、その能力を惜しみなく国のために発揮した人物と思われていたからだ。


「父は火薬について多くを語らなかったが、私たちに向けて2つの言葉を残してくれた。一つ目は、火薬の登場でこれまでの常識を大きく超える死者が出ること。二つ目は・・・祖国を捨てても逃げなさい。生きろと言い残された」


「なっ、サミュエル連邦を見捨てろということか!?」


 ニクティスの言葉に、最前列で聞いていた一人が反射的に口走る。その言葉を聞いたニクティスは苦い顔をする。そして、その発言を即座にたしなめる人がいた。


「控えなさいタイデル。あなたにはおじい様がどれほどの覚悟でひいおじい様の遺言を述べられたのかわからないの?」


 タイデルとはニクティスの孫で、現在は国立ミスリア大学へ通っている。そんなタイデルをたしなめるのは姉のガラシャであった。姉のガラシャも同様に学生である。


「タイデルのいうことは正しい。だからこそ、皆の判断に委ねたいと思う。私はサミュエル連邦の元総統として、最期までこの国の行く末を見守るつもりだ。しかし、私に従う必要はない。みなが自分で判断してほしい。国を出る選択をしたとしても、私の名において不利益を被らないように取り計らおう。今日の話は以上だ。私の話を聞いてくれて感謝する」


 ニクティスは壇上を降りて、私室へ向かう。残された親類縁者はそれぞれが今後のことを真剣に考えていた。ニクティスは国外脱出を止めないと言っていた。それはすなわち、サミュエル連邦が滅亡するかもしれないということにほかならない。ジークが持ち込んだ火薬という発明品は、思わぬところで波紋を広げていた。

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