第4話 意識改革
長らくお待たせして申し訳ございません。これからまた不定期ですが投稿していこうと思います。また、過去の投稿分の見直しと勢力図を追加しました。よろしければご覧ください。
シャルナーク王国は、サミュエル連邦の王都ヘルブラント強襲により、国王ティアネス・シャルナークが逝去した。さらに、国家の柱石である魔導士長デルフィエや内政を司る各長官、内政官を失ったうえに王都ヘルブラントの荒廃といういかんともしがたい事態に直面していた。ナルディアとジークはティアネスの遺志を継ぎ、女王として、国王兼宰相としてヘルブラントと国家の再建に着手するのであった。
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シャルナーク王国の現状は実に深刻だ。領土自体は旧ベオルグ公国領を切り取ったことで、俺が転生してきてから最大の広さになった。とはいえ、その領土を支えていけるだけの財政的余裕、人材的余裕はない。それもこれもサミュエル連邦がヘルブラント城の資源を根こそぎ奪っていったからだ。もしかしてそれがサミュエル軍の狙いだったりして?どちらにしても俺は宰相として国の立て直しをおこなう必要がある。コートウェイク高地の戦いから戻ってからというもの、ずっと執務室に籠って書類仕事だ。
「ネレウスはいるか」
ネレウスは俺の親衛隊の一人だ。隊長であるバイスを始めとした親衛隊が俺の執務室を2人ずつ交代で守っている。もっとも、最近では手間係のようなもので、何か用事があるとおつかいをお願いしている。
「はっ、国王陛下、お呼びでしょうか」
扉の外で控えていたネレウスが執務室に入ってくる。
「各長官を広間に呼んでほしい」
「ははっ」
ナルディアがナミュール城を出発してからというもの、俺はずっとどうやって国家をマネジメントするかを考えていた。ようやくその草案がまとまったのである。そんなわけで、長官たちが集まるまで俺はゆっくりティータイムを楽しむ。
「失礼いたします。国王陛下、皆様がお揃いになりました」
それから間もなく、ネレウスが全員揃ったという報告にきた。俺は執務室を出て、広間へと向かう。ナミュール城の王宮はまだ建設途中のため、会議に使うことができない。その間はやむなく城館の広間を使っている。ちなみに、ナミュール城の王宮が完成したら正式にシャルナーク王国の王都をヘルブラント城からナミュール城へ移す予定だ。ヘルブラント城の再建には10年以上かかるかもしれない。それを考えるとナミュール城へ王都を移すのが現実的だった。
広間に着くと、各長官の敬礼でもって迎えられる。王宮があれば、国王の到来を叫ぶ兵士が当たり前のようにいるわけだが、いかんせん広間である。俺が煩わしいと思っていることもあって、王宮の完成まではそういった形式的な行為をやめさせている。
早速今日の本題に入ることにする。
「急に集まってもらって悪いね。今日は国家の運営方針に関わることを話そうと思う」
国家の運営方針と聞いて、各長官は緊張の面持ちに変わる。
「先生、運営方針というのはどういうことでしょうか」
財務長官のムネノリが真っ先に反応する。ちなみにムネノリ、キキョウ、ハンゾウ、テリーヌの4人にはいつも通りの呼び方をするようにお願いしている。一種の家族特権だ。
「ちょっとこれを読んでほしい。ムネノリがまとめてくれた資料だ」
ネレウスはムネノリがまとめた資料を各長官に配布する。その内容は、サミュエル連邦の強襲による損害とシャルナーク王国の財政状況を書いたものである。
資料を受け取った人はパラパラと読み始める。さすがに長官の全員が財政に関する知識を持っているわけではないので、最低限理解してもらえればいい。
この資料を真っ先に読み終わったのは軍事長官のメイザースだ。内容が難しすぎたのだろうか。
「拙者はこの手の内容はほとんどわかりません。ですが、我が国が甚大な被害を被ったということはわかります」
メイザースが資料に対する感想を述べる。一番肝心なところを理解していたから俺としては一安心だ。
「その通りだ。サミュエル軍による被害は想像以上だった。一刻も早く復興を成し遂げる必要があるだろう。そこで、俺なりに考えたのがこの資料だ」
俺の言葉を受けて、ネレウスが新しい資料を各長官に配布する。各々が資料に目を通すも、なんだこれ?という顔をしている。
「これは戦略マップというマネジメントツールだ」
戦略マップとは、俺が転生する前の会社で使っていたバランスト・スコアカードというマネジメントツールの一部である。マネジメントツールっていうと難しく聞こえるかもしれないが、要するに経営のための道具だ。戦略マップを使うことで、ビジョンと戦略を達成するために各自がどのような行動をすればいいかが一目でわかる。
ちなみに、シャルナーク王国のビジョンは大陸統一だ。将来の最終目標って思ってもらって問題ない。そして、向こう3年から5年程度の目標を示す戦略はヘルブラントの復興と内政の充実である。ここら辺の話はナルディアがツイハーク王国へ出発する前に2人で考えた。
そもそもバランスト・スコアカードというツールは、バランスという言葉がついているように、財務(お金)と非財務(お金以外)をバランスよくマネジメントすることができる。バランスト・スコアカードには4つの視点があり、一番下から学習と成長の視点、内部プロセスの視点(業務プロセスの視点ともいう)、顧客の視点(ここでは国民の視点)、財務の視点である。
(戦略マップは次のURLをご覧ください。https://36727.mitemin.net/i562744/)
学習と成長の視点では、組織に所属する人たちの学習と成長に関する目標を盛り込んでいる。サミュエル連邦によって内政に関わる人材を数多く失ったシャルナーク王国では、人材の確保と教育が喫緊の課題だ。ちなみに学校は、俺が内務長官時代にヘルブラント王立学校の建設を進めていたが、サミュエル軍によって壊されてしまった。本当に忌々しい限りだ。そのため、ヘルブラントに変わってナミュールで建設することにした。王都もナミュールへ移転する予定だからちょうどいい。
内部プロセスの視点では、組織内の業務における活動の目標が盛り込まれている。ここでは、政府としての活動を意味しており、産業の振興、街道整備、人口増加を目標として掲げている。産業の振興は国の活性化と経済成長に必要不可欠だ。いっそ鉄砲を販売してしまおうか・・・。冗談だけど。街道整備は、インフラ整備にあたる内容だ。馬車を始めとした移動手段の速度上昇、輸送量の増加、疲労軽減が見込まれる。最後の人口増加は説明するまでもないだろう。人が増えれば出来ることが増えて、消費が活性化するのだ。金は天下の回り物っていうけど、回す人がいなければお金の価値はなくなってしまう。人を増やしてどんどん経済を回すことが目的だ。
国民の視点(顧客の視点)では、いわゆる組織のお客さんやサービスの対象者に対する目標を掲げている。シャルナーク王国でいえば国民に対するサービスってわけだ。ここでは雇用の安定、売買促進、治安の維持を目標にしている。仕事がなければお金を稼ぐことができない。お金がなければ食べ物も買えず、泥棒や詐欺といった反社会的な行為でしか生きることができなくなる。俺としてはそれを未然に防ぎたい。だから産業の振興して、雇用が増えることを国として推奨するのだ。次の売買促進は、産業の振興で魅力的な商品を増やし、たくさん商売してもらおうっていう目標だ。いわゆる地域の特産品を開発して、行商人を含めた多くの人に買ってもらいたいと思っている。最後の治安の維持は、国民が安心して日々の活動を送ってもらうために必要不可欠な目標だ。殺人やスリの不安を抱えていてはできることも出来なくなってしまう。治安をよくすることで、元気に働き、気兼ねなく買い物してもらおうというわけだ。
財務の視点は言うまでもなくお金に関する視点だ。シャルナーク王国では経済成長と税収の増加を目標にしている。国民の失業することなく働き、産業の発展を通して商品の売買が増えればこの国の財政は潤うのである。さらに、治安が良くなれば、皆が安心して働き、安心して買い物することができる。購買意欲の増加に繋がったら万々歳っていうことさ。
さて、もうすでに気付いている人もいるかもしれないが、学習と成長の視点から財務の視点までの目標は、何らかの因果関係で繋がっている。専門的にいえば因果連鎖ってやつ。教育を例にすれば、教育は巡り巡って経済成長や税収の増加に繋がるというわけだ。これこそがバランスト・スコアカードの真骨頂かもしれない。意味のない活動なんてない。まさにそれを体現したツールがバランスト・スコアカードなのだ。
「さて、俺からの説明は終わるけど、質問はあるか?」
戦略マップに関する一通りの説明を終えた俺は周囲を見渡す。どうやら土木長官のナターシャが質問したいようだ。
「国王陛下、よろしいでしょうか」
「もちろんだとも」
ナターシャの質問は各部がどこまでの責任を負うのか明確にしてほしいという内容だった。それは俺の方でも織り込み済みだ。ナターシャが長官を務める土木部であれば、学校の建設、街道整備に関する責任を負う。産業の振興と人材の確保は総務部、教育は教育部といった具合だ。メイザースの軍事部を除けば、それぞれ何かしらの仕事がある。
ナターシャの質問に対する回答を終えた俺は次の質問を待つ。
「ほかに質問はあるかい?」
誰も反応を示さないから、特に問題はなさそうだ。あとは実際に戦略マップを実際に運用するだけだ。運用していてなにか問題があればその度に改善してより良い戦略マップを作り上げていくが可能になる。あ、これは俗にいうPDCAサイクルってやつだ。P(Plan:計画)、D(Do:行動)、C(Check:評価)、A(Action:改善)の頭文字をとったもので、計画から改善するまでの流れをぐるぐると何度も繰り返すことを指している。プロジェクトや目標の達成に繋がる考え方って言って問題ないよね?
「そういうわけで、皆の働きがこの国の将来に関わっている。それを肝に銘じてほしい」
「「「ははっ」」」
こうして会議は終了した。戦略マップがうまくいったら、そのうち各組織レベルの戦略マップを作ってもらおうかな。そしたら俺の仕事が減ってゆっくり武器の開発や新商品の開発に時間を割くことができる。というか、各長官に国家運営を理解してもらうには自分でマネジメントしてみるのが手っ取り早いだろうし。
一仕事を終えた俺は心地よい疲労感に襲われるも、寝ることは許されなった。ナルディアがいない以上、あらゆる決裁案件が俺のところに上がってくる。一つずつ確実に片づけるとしよう。
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【筆者解説】
ここからは筆者による解説になります。今回はバランスト・スコアカードという極めて専門的な内容となったので、簡単に解説したいと思います。
バランスト・スコアカード(Balanced Scorecard:以下BSC)とは、アメリカのハーバード大学のKaplan先生とコンサルタントのNorton先生が1992年に発表したマネジメントツールです。日本でもキリンビールや三菱UFJフィナンシャルグループを始めとした様々な組織で導入されています。BSCはスコアカードと戦略マップによって構成されており、シャルナーク戦記では戦略マップを主に取り上げさせていただきました。なお、BSCにも当然デメリットがあり、BSCの導入には少なくない資金と時間が必要になります。短期的な成果を求める組織にはおそらく合致しないツールでしょう。長い目で成果を求められる組織に向いているかもしれません。
BSCの基本的な概念はジークが説明したとおりですが、より専門的な内容までは踏み込めていません。詳しくはBSCに関する専門書、もしくは管理会計に関するテキストをご覧になられることをおすすめします。また、Kaplan先生とNorton先生が書かれたBSCに関する著書は、すべて日本語に翻訳されています。もしご興味があれば、そちらをご覧になることでより深い理解に繋がるかと思います。
※ 本文中の戦略マップは、以下のサイトのテンプレートをアレンジして使用しております。https://www.officetimeline.com/balanced-scorecard/templates
余談ですが、皆さんからのブックマークや評価は大変励みになります。長らく休載しており、本当に完結できるのか!?というツッコミを頂きそうですが、なんとか時間を作って執筆して参りたいと思っております。戦記物として楽しみながらたまーに勉強になる。そんな物語を目指しております。引き続きシャルナーク戦記をお楽しみいただければ幸いです。
【参考文献】
・Kaplan, R. S. and D. P. Norton (1992) The balanced scorecard: Measures that drive performance, Harvard Business Review (January-February), pp.71-79.
・妹尾剛好(2011)「機能部門におけるバランスト・スコアカードの重要性:キリンビール株式会社の事例からの考察」『原価計算研究』第35巻第2号,pp.51-61.
・南雲岳彦(2011)「マネジメントコントロール・システムのアーキテクチャに関する研究:MUFGにおけるBSC導入経験に基づく考察」『原価計算研究』第38巻第2号,pp.1-14.




