第23話 名剣テオス
アルメール城を出発しようとした矢先、ダルニアがひどい姿でやってきた。俺はあまりにも普通じゃない状況に恐る恐る声をかける。
「な、なにがあった」
ダルニアはハアハアと息を切らしながら答える。
「お、落ち着いて聞いてほしい。ヘルブラント城が包囲された」
ダルニアの返答にナルディアは強い口調で質問する。
「誰が包囲したのじゃ!」
「サミュエル連邦だ。もうすでに城内に乗り込んでいる」
ダルニアは悔しそうにその名を口にした。
「なっ・・・」
ナルディアは予想外の解答に言葉を詰まらせる。それもそうだろう。サミュエル連邦との国境に面する城には1万程度の守備兵が待機している。仮にそこが抜かれても、また次の城がある。サミュエル連邦がヘルブラントを包囲するなど、常識的に不可能だ。
「ナルディア様、これを」
ダルニアは背負っていた剣を取り出し、両手でナルディアに差し出す。
「テオスではないか・・・」
そう呟いたナルディアはそのまま時が止まったかのように動かなくなる。やたら綺麗に装飾された碧色の鞘を持つ剣である。
「ダルニア、これは?」
「シャルナーク王室に代々伝わる剣だ」
俺が質問している間にナルディアがダルニアから名剣テオスを受け取る。
「そうじゃ。これは王である証に等しい国宝の剣じゃ。これを父上が手放すとは・・・。ジーク、急いで戻るぞ」
ナルディアは唇を真一文字に結んで、ひどく心配していた。俺は頷いて、これからの行動を練り直す。
「ひとまず諸将に説明する。それから出発しよう」
「そんな悠長にしておる場合ではないっ!」
涙を浮かべるナルディアがそう言い放つ。気持ちは痛いほど伝わってきた。しかし、ここは俺がしっかりしなくてはならない。
「落ち着けナルディア、この時間は最速で戻るために必要なものだ。俺に任せてくれ。ダルニア、お前も来るよな?」
「当然だ」
ダルニアはひどく疲れているものの、気力は問題なさそうだ。俺はナルディアの両手を握り、目をじっと見つめる。
「すまぬ。気が急いてしまった。おぬしに任せる」
ナルディアは冷静になったようだ。
「ああ、心配だろうが少し待っててくれ」
こうして俺たちは再びアルメール城に入った。
「ダルニア、疲れているだろう。少し寝ていくといい」
ダルニアを寝床に案内する。次に、ヴィッテル城からナミュール城までの道中にある城へ早馬を送る。そして、撤退準備を始めていた諸将を再び集める。
「ダルニアが火急の報せを持ってきた。みんなこれを見て欲しい」
ナルディアに目で指示する。それを受けて、ナルディアは名剣テオスを見せる。メイザースやナシュレイといった城を任されるクラスの将軍は、その剣が持つ意味を悟る。
「殿下、国王陛下の御身になにが起こったのでしょうか」
諸将を代表してメイザースが質問する。
「ヘルブラントが包囲された。さらに敵は城内に攻め込んでいるようだ」
俺の答えに多くの者が目を伏せる。
「国王陛下はもう・・・」
「まだわからぬっ!」
メイザースの言葉をナルディアが強く遮る。攻め込まれてからだいぶ時間が経過しており、生きている可能性は限りなく低い。それは誰もが承知していた。もちろんナルディアも。
「はっ、失礼いたしました。これからどのように」
「これからヘルブラントの救援に向かう。メイザースは歩兵の進軍を指揮してもらいたい」
「ははっ」
「俺とナルディア、キキョウは騎馬で先行する。今回は兵の脱落を問わない強行軍だ。各城にその支援をお願いしている。メイザースは各城で適宜休養を取りながら急いでもらいたい」
脱落を容認するということは通常ではありえない。俺自身も無理を言っている気がするが、急ぐにはこれが最善である。
「かしこまりました」
「次に、友好国であるツイハーク王国と同盟を結ぼうと思う。詳細は今後詰めるとして、今回は相互不可侵という内容で提案したい」
俺は背後の守りを盤石にするためにツイハーク王国との同盟を提案する。
「しかし、我が国がこのような状況に陥ったいま、応じてくれるでしょうか」
将軍の一人であるジブリールが懸念する。
「その懸念はもっともだ。ミシェル」
俺はミシェルを呼ぶ。
「いるわよ」
ミシェルが部屋に入ってくる。
「ここにいるミシェルは俺とナルディアの友人で、アスタリア女王の妹だ」
一部の将が怪訝な表情をする。メイザースやナシュレイは知っているが、そのほかの将軍はこのことを知らない。突然他国の人間が入ってくるのだから怪しむのは当然だろう。
「今回は応援で来てもらった。本当は国王陛下と話しながらゆっくりと同盟の話を詰めたかった・・・が、こういう事情だ。ミシェル、頼めるか」
「もちろんよ。もし背後を衝くべきって言う人がいたら私がなんとかするわ」
ミシェルは屈託のない笑顔でそう言ってくれる。実に頼もしい。
「アスタリア女王へは俺とナルディアの連名で手紙を書こうと思う。ナルディアやみんなは同盟についてどう思う」
「余は異存なしじゃ」
「拙者もございませぬ」
「それがしもございません」
ナルディア、メイザース、ナシュレイが承認したところで軍議の趨勢が定まった。この3人に対して異を唱えられる人はここにはいない。まあ、いたところで俺と議論することになるだけだが。
「そういうわけでミシェル、よろしく頼む」
「わかったわ。私に任せてちょうだい」
「みんな、シャルナーク王国存亡の危機だ。気を引き締めるぞ!」
「「「はっ」」」
軍議が終わり、俺とナルディアは別室でアスタリア女王への手紙をしたためる。
「おぬし、たくましくなったの」
「ん?俺は変わってないぞ」
「ううん、おぬしは大将としてますます大きくなったのじゃ」
「そうかなぁ・・・ならナルディアのおかげかもな」
「余は不安なのじゃ。もし父上に何かがあったかと思うと・・・」
「それが当たり前の反応だ」
ナルディアを胸に抱き寄せる。俺に抱き寄せられたナルディアは堰を切ったように泣き始めた。優しく髪の毛をなでる。ティアネスの生死が分からない以上、滅多なことを言うことはできない。これが俺にできる精一杯だった。
「ナルディア、サインしてくれ」
手紙を書き上げ、残るはナルディアのサインのみである。ナルディアは目を赤くしながらもサインする。
「ありがとう。これで完成だ」
「テリーヌ」
「はい」
扉の外で控えていたテリーヌが部屋に入ってくる。ナルディアを心配そうな表情で見ている。
「この手紙とそこに置いてある返礼品をミシェルに渡しておいてくれ」
「・・・かしこまりました」
いつもと違いテリーヌの足取りは重い。それを見て俺は判断違いであると理解した。いまテリーヌに頼むべきことは、おつかいではなかった。
「テリーヌ」
俺は立ち上がり、テリーヌを招き寄せる。
「その仕事は俺がやろう。代わりにナルディアの傍にいてやってくれ」
「ジーク様・・・お気遣いありがとうございます」
テリーヌはナルディアの肩にそっと手を添える。
「時間になったら呼びに来る」
そう言い残して俺は部屋を出る。小さい頃から一緒にいるテリーヌなら、きっと俺に言いにくいことも話せるだろう。部屋の外にはハンゾウとキキョウが入りずらそうに待機していた。
「師匠は大丈夫なの」
俺の姿を見たキキョウが心配そうに声をかける。
「ああ、きっと心細いだけだ」
「私も師匠の立場なら不安で泣いちゃうと思う・・・」
ハンゾウがキキョウの肩に手を置く。
「お兄ちゃん」
「いまはナルディア様をそっとしておこう」
「・・・うん」
「キキョウ、これからの戦いでも頼りにしているぞ」
「うんっ!」
キキョウは物憂げな表情からいつもの明るい表情に変わる。
「火焔隊の準備は?」
「とっくに終わってる」
「さすがだな」
「えへへ」
俺に褒められたキキョウは嬉しそうにしている。
「ハンゾウ」
「はっ」
「黒焔隊もナミュール城へ向かうぞ」
「わかりました」
俺はハンゾウたちと別れ、ミシェルのもとへいく。
「ミシェル、待たせたな」
「大丈夫よ」
「これが渡してほしい品だ」
手紙をミシェルに、返礼品をその護衛に渡す。返礼品のうち、大きくて持てないもはあとでこちらから送ることをミシェルと護衛に話す。
「確かに受け取ったわ」
「ヘルブラントに戻ったらすぐ連絡する」
「ええ、無事だといいわね」
「そうだな」
ミシェルと手短に話したところで、兵士がやってくる。
「ジーク殿下」
「終わったか?」
進軍の準備が整ったようだ。
「はっ、整いました」
「わかった」
兵士が去り、俺は再びミシェルに目を向ける。
「聞いての通りだ。行ってくる」
「ご武運を」
「ありがとう」
俺はナルディアを呼びに戻り、一緒に城外に向かう。
「殿下、王女殿下、こちらを」
城外ではバイスが俺とナルディアの馬をひいて待っていた。俺とナルディアはバイスに礼をいい、それぞれの愛馬に跨る。
「みんな急ぐぞ!進軍開始!」
「「「おおぉぉー!」」」
俺たちは各城で仮眠をとり、馬を交換しながら夜通し駆け抜ける。まさに強行軍だ。交換する馬の頭数を考え、火焔隊と騎馬兵を併せた8千しか率いていない。残りはメイザースが率いてくる計画だ。
「もうすぐナミュール城じゃな」
「ああ、敵が攻めていなければいいが・・・」
という俺の心配とは裏腹に、ナミュール城は何事もなく平常通りだった。特に攻められた形跡もない。
「先生、ナルディア様・・・」
しかし、俺たちを出迎えてくれたムネノリは表情は暗かった。俺はナルディアの肩を抱き寄せる。
「ムネノリ、何があった」
「はい・・・ヘルブラント城が陥落しました」
予想していた答えが返ってきた。
「国王陛下はどうなった」
ムネノリは黙ったままうつむいている。その空気の重さは、どんな言葉よりも雄弁に状況を語っていた。
「ムネノリ、言わずともよい」
ナルディアは笑顔でムネノリを気遣う。
「テリーヌ、先にナルディアと部屋に戻っててくれ」
「わかりました」
ナルディアとテリーヌを先に城館へ向かわせる。二人の姿を見送り、ムネノリを労う。
「ムネノリ、不安だったよな。もう大丈夫だ」
ムネノリの頭をなでる。
「先生・・・」
ぐすっと目に少し涙を浮かべている。
「ムネノリ、よく頑張ったわね」
「そうだムネノリ、俺たちがいる」
キキョウとハンゾウもムネノリに声をかける。今日は兄妹たちでそっとしておいた方がよさそうだ。そう判断した俺はこの3人を城館へ送る。
そして、城に残る他の者からヘルブラントに関する詳しい状況を聞いて回った。その結果、以下のような情報が手に入った。
・ディーンが裏切ったことにより情報共有が遅れ、包囲されたこと。
・降伏した者と市民を除いてほぼ全滅だったこと。
・内政官や降伏兵はサミュエル軍が全員を連れていったこと。
・ヘルブラントのあちこちが破壊され、廃墟と化していること。
報告を聞くと、想像以上にひどい有様だった。
「国王陛下、お守りできず申し訳ございません!」
ダルニアが声をあげて泣く。きっと騎士団の面々も多くが死んだのだろう。俺はダルニアにかける言葉が見つからない。そして、城が破壊されたこと以上に内政官がことごとく連れていかれたということが事態の深刻さを改めて強調していた。
(サミュエル連邦め・・・とどめを刺しに来たってわけか)
内政官には各長官も含まれている。国は内政と軍事の両輪で出来ている。その片方が壊滅したのである。仮にシャルナーク王国を立て直せたとしても国力の衰退は免れない。万事休すである。
俺は約束通りミシェルへ無事に到着したことを告げる手紙を書き、部下に届けるよう指示する。唯一幸いなのは、ヘルブラント城までの3つの城しか陥落しておらず、金山などの財源が無事だと言うことだ。サミュエル連邦が資源に手を付けずに撤退していったのは不思議に感じたが、よく考えてみるとそう難しいことではなかった。例えば、国内の備えを薄くしてまで無理して攻めてきたとか、10万規模の遠征を短期間に何度もおこなったことで財政が圧迫しているとか、撤退した理由はいくつも考えられる。
(国王陛下、俺が必ずシャルナーク王国を大陸統一まで導きます。俺の家族を悲しませたツケ、サミュエル連邦に必ず払わせてやる)
俺はそう心に固く誓い、ナルディアの部屋へと向かった。




