表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シャルナーク戦記~勇者は政治家になりました~  作者: 葵刹那
第二章 ナミュール城主編
46/68

第21話 ヘルブラント陥落

 ジークがコートウェイク高地に布陣している頃、シャルナーク王国の王都ヘルブラントでは大変なことが起きていた。


「国王陛下、大変です!サミュエル軍が出現しました!」


 駆けこんできた兵士の報告に王宮は騒然とする。その場にいる人々の動揺を鎮めたのはティアネスの言葉である。


「皆の者、うろたえるな!サミュエル軍はどこから向かってきたのじゃ」


「サラマンカ城方面からです!」


 サラマンカ城は王都ヘルブランドの手前にある城である。しかし、その城はサミュエル連邦の国境に接している城ではない。そのため、戦うことなく通り抜けることは不可欠である。


「なぜサラマンカ城から来るのだ!」


 ティアネスの頭は大混乱に陥る。


「陛下、いまはそれを気にしている暇はございませぬ」


 魔導士長デルフィエの諫言により、ティアネスも冷静さを取り戻す。


「そうであったな。急ぎ守りを固めよ!さらにもしもに備えて脱出の準備もするのだ!」


「「「ははっ」」」


「ダルニア、外を見てきてくれるか」


  ティアネスは矢継ぎ早に指示を下し、騎士団長のダルニアにじゃ真偽を確かめるよう命令する。


「承知いたしました」


 ダルニアが確認している間、ティアネスはこのあまりにも不可解な出来事に頭を悩ませていた。


「デルフィエ、これはどういうことなのじゃ」


「小生もわかりませぬ。国境の備えは万全であったはず」


 ヘルブラントを包囲するには、国境から最低でも2つの城を落とす必要がある。我々に察知されずに落とすなど不可能なのだ。まもなくダルニアが戻ってきた。


「国王陛下、残念ながらまことのようです・・・」


 ティアネスは身体の力が抜けていくのを感じていた。虚報であればこれほど嬉しいことはない。しかし現実は非情であった。ティアネスは頭を抱える。


「もうすでに・・・敵の先遣隊が城門前に敵が押し寄せております」


「もう着いたというのか!?」


 先遣隊とはいえ、あまりにも早い進軍だった。シャルナーク軍がサミュエル軍の存在を捕捉してからあっという間の出来事である。


「さらに、本隊も合わせた敵の兵力は・・・15万ほどかと」


「なっ・・・」


 王宮に詰める大臣から兵士に至るまでが深い落胆の色を示す。


「15万の兵が侵攻していて気付かなかったというのかっ!」


 ティアネスは意図せずに大声を発していた。ヘルブラントの兵力はわずか1万である。兵力差は歴然だ。さらに、城門まで攻め寄せて来ている以上は援軍を呼ぶこともままならない。決死の覚悟で援軍を乞う使者を放つか、周囲の城がこの状況に気づいて兵を送らない限り、打開できないのである。


「誰か、なにか考えはないか」


 対応を呼びかけていると、更なる悪い知らせがもたらされた。


「申し上げます。サミュエル軍本隊が出現しました」


「なんじゃとっ!?」


 この報告にティアネスを始めとした多くの人々が動揺していた。


「もう本隊が向かっているのか」


「早すぎないか」


「これではますます何もできないではないか」


 覇王フェンリル以降、このヘルブラントが包囲されたことは一度もない。また、ジークの存在も、ここが安泰であることを担保するようなものであった。


「静かにせい!まずは国民を落ち着けるのだ。それがおぬしら内政官の仕事ではないのか!」


「「「はっ」」」


 臣下に檄を飛ばし、民心掌握を開始する。前もって戦いになるとわかっていれば、民は城を出て戦争を回避する。しかし、サミュエル軍の電光石火の行軍により、避難することはできなかった。城内には多くの国民がおり、不安を抱えている。援軍を呼べず、攻め入ることのできない現在では、その不安の対処をすることしかできなかった。


「こうなっては仕方ない。敵の先遣隊の間隙を縫って援軍を求めるのだ!」


「はっ」


 ティアネスの命令で、すぐさま援軍を求める使者が城を出発した。城門の前は敵の先遣隊に封鎖されているため、城壁を伝って降りる。しかし、まだ空は明るく、すぐさま敵に発見され、包囲を突破できたものは一人もいなかった。


「申し上げます。使者は全滅です・・・」


 藁にも縋る想いだったが、やはり無駄だった。


「国王陛下、夜まで待ちましょう」


 ダルニアが進言する。夜であれば、暗闇に紛れて包囲を抜けられる可能性がある。しかし、その頃には敵の本隊がヘルブラントを囲み、使者が突破するには困難を極めることだろう。


「一縷の望みにすがるほかないというのか・・・」


 それからしばらくして、新たな報告が王宮にもたらされた。


「国王陛下、敵本隊に包囲されました!」


 ティアネスはその報告を聞いても微動だにしなかった。いや、打つ手がない以上、もう何も感じないのである。しかし、不思議なのは包囲したサミュエル軍がなかなか攻めてこないことである。


 ヘルブラントが攻められたことはなく、多くの人々が初めての籠城戦に一抹の不安と緊張を抱えている。そんな不安を払しょくするような、光明にも等しい吉報が飛び込んできた。


「申し上げます。サラマンカ城方面の遠方にディーン将軍率いる援軍が出現しました!その兵数、およそ一万!」


「「「おおっ!」」」


 王宮に詰める全ての者が歓声をあげる。たかが1万、されど1万である。精神的余裕が失われれている現在、増援が来てくれたという事実だけで士気は自ずと上昇する。


「ワシも迎えに行こうではないか!」


 ティアネスはダルニアとデルフィエを伴い、城壁へと向かう。


「おお、あれは紛れもなくディーンの大将旗だ!」


 ティアネスは若干興奮気味である。それほどまでに嬉しかったのである。


「しばらく籠城すれば、いずれジークが戻って参りましょう」


「うむ、それまでの辛抱じゃな」


 この場に、なぜこのタイミングでシアーズ城主のディーンが現れたのかと疑う者はいなかった。サミュエル軍の現れた方向にあるサラマンカ城は、シアーズ城とヘルブラント城の中間に位置する城である。つまり、シアーズ城とサラマンカ城を通過したであろうサミュエル軍の報告がヘルブラントにもたらされていないのは不自然なのだ。


「おおっ」


 ディーン率いる一軍はサミュエル軍と交戦し、一点突破を試みる。その様子にティアネスは喜びの声をあげる。


「どうやら城に向かっておりますな」


 デルフィエが現状を確認する。それを受けてティアネスは付近の兵に命令を下す。


「うむ、近づいてきたら城門を開けよ!」


「はっ」


 ディーンは敵の包囲を食い破るようにして突破した。ただ、サミュエル軍の抵抗は形ばかりで、わざと通すかのような素振りさえあった。そのことに気付いている人は誰もいない。


ギギギギギ


 城門が開かれディーン率いる一隊が入城する。そこでようやくデルフィエが気づいた。シアーズ城とサラマンカ城はわざとサミュエル軍を通していたのではないかと。すなわち裏切りである。


「しまった」


 デルフィエがそう呟くのと同時に、味方の悲鳴が聞こえてくる。


「う、うわああああ」


「ディーン将軍!何をなされます」


「ぐあっ」


 ディーン率いる一軍が、城内のシャルナーク軍を攻撃し始めていたのである。


「何事じゃ!」


 ティアネスは状況把握に努める。


「国王陛下、ディーン将軍の裏切りです」


 ダルニアがデルフィエより先に現状を報告する。


「な、んだと・・・」


 ティアネスはへなへなと地面に座り込む。


「国王陛下、お気を確かに」


 ダルニアがティアネスの肩を持つ。眼下ではサミュエル軍も城門へと向かい始めていた。


「ダルニア、これを」


 意を決したティアネスは王家に伝わる剣をダルニアに渡す。


「これは・・・」


「よいか、最期の命令じゃ。これを持ってジークのもとへ行くのだ!」


「しかし、国王陛下」


 ダルニアが何を言おうとするが、ティアネスは目でそれを封じる。


「おぬし一人ならこの包囲も突破できよう。ワシが居ては足手まといになる」


 ティアネスの目は見たことがないくらいに強い眼光を放っていた。それを見て、共に死ぬことは許されないのだとダルニアは悟った。


「承知いたしました。必ずお届けいたします」


「ダルニア!急ぐのだ!」


「ははっ」


 ダルニアは厩舎へ行き、馬に乗りサミュエル軍の本隊とは反対の城門から脱出を試みる。城壁に残ったティアネスとデルフィエはダルニアを援護するためになけなしの抵抗をしていた。


「国王陛下、反撃をお許しください」


「うむ、一矢報いてやろうぞ」


 デルフィエが杖をかざす。


ドガーン


 城外に巨大な落雷が落ちる。サミュエル軍の一部は大混乱に陥る。デルフィエはそれを見ても満足せず、再び杖をかざす。


ドガーン


 城外に二発目の雷が落ちた。凄まじい轟音とともにサミュエル軍から煙が上がっていた。


「相変わらず見事じゃな」


「ははっ、お褒めに預かり光栄です」


 デルフィエの落雷によって焼死した兵、感電死した兵はざっと300人を数えた。そのほかのケガ人を含めたら千近くの兵にダメージを与えることができたのである。しかし、短時間に限界近くまでの雷撃をおこなったデルフィエは、疲労が色濃く出ていた。


 ティアネスたちが城壁で一矢を報いている頃、城内ではディーン率いる一軍とヘルブラント守備軍が激しい市街戦を繰り広げていた。それから間もなく、城壁から降りてきたティアネスが合流する。


「皆の者、奮起せよ!ワシも戦うぞ!」


「国王陛下が来てくださったぞぉー!」


「「「おおぉぉー!」」」


 ティアネスの登場で士気が上がったのも束の間、多勢に無勢、多くの者がバタバタと死んでいく。気が付けばティアネスやデルフィエの周囲は、敵兵の方が多くなっていた。デルフィエも剣を持って戦うも、魔法による消耗で思うように戦えない。


「ぐっ・・・」


 デルフィエは腹部を剣で斬られ、出血している。


「国王陛下」


 デルフィエは立っているのも困難なようで、崩れ落ちるように座り込む。


「デルフィエっ!」


 ティアネスはデルフィエに近寄り、手を強く握る。


「国王陛下、小生が裏切りに気づかぬばかりに・・・申し訳ございません」


「よい、よいのだ」


 ティアネスの目には、涙が溜まっている。


「陛下、そのような顔をなさいますな。小生は先に逝って、陛下をお待ちしております」


 ティアネスが生まれた時から仕える老臣デルフィエの命数は尽きようとしていた。デルフィエは最期まで国の行く末を案じていた。


「うむ、うむ・・・おぬしだけに行かせはせぬ」


 ティアネスの言葉にデルフィエは力なく微笑むとそのまま力尽きた。シャルナーク王国の長老にも等しいデルフィエは、不慣れな剣で最期まで戦い、散っていった。


「すまぬデルフィエ・・・。おぬしのような忠臣にこのような最期を迎えさせることになろうとは・・・」


 デルフィエの亡骸をそっと地面に置いたティアネスは立ち上がり、声高に叫ぶ。


「ワシがティアネス・シャルナークである。腕に覚えのあるものはかかって参れ!」


 大声をあげて敵兵の注目を一身に集める。その声に反応したのか赤髪の女性将官らしき人が現れた。


「お前たち、道を開けな!」


 その人に兵士たちが道を譲り、ティアネスの前に進む。


「あたしはリエラ、中将だよ。あんたがティアネス・シャルナークかい?」


 ティアネスの前に来た赤髪の女性将官は名乗りを上げる。


「いかにもワシがティアネス・シャルナークである」


「そうかい、そんじゃ、あたしの相手になってもらおうか」


 リエラとティアネスは剣を構える。先に動いたのはリエラである。


「ふんっ」


「とりゃっ」


 リエラとティアネスの剣がぶつかる。リエラは驚いた表情を浮かべる。


「あんた、王族にしてはやるね」


 そう言い終えたリエラの剣を振るスピードが上がる。


「くっ」


 ティアネスはリエラの剣圧に段々圧され始める。


「これでしまいだよ」


ザシュッ


 リエラの剣はティアネスの身体を縦に切り裂く。


「見事じゃ」


 ティアネスは膝をつく。


「せめてもの情けだ」


ドスッ

 

 リエラの剣がティアネスの心臓を剣が貫く。一瞬の出来事であった。せめて苦しまずに逝かせようというリエラの温情である。こうして、シャルナーク王国の国王ティアネス・シャルナークは息を引き取った。あまりにも突然の最期であった。


「ティアネス・シャルナークは死んだ!降伏するなら命は取らないよ!」


 リエラの声が城内に響く。国王の死に、残り少なくなった守備兵の動揺は尋常じゃなかった。王に殉ずる者、降伏する者と様々な反応であった。


 その一方、王宮に残った内政官は、国王に殉じた者を除き、大半が捕虜となった。サミュエル軍の大将モーリスは、サミュエル連邦に忠誠を誓う者のみを降伏とみなし、降伏しない残る全てを処刑した。これにより、シャルナーク王国の政府としての機能は完全に失われてしまった。王都ヘルブラント陥落によるシャルナーク王国の損害は計り知れないものとなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ