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シャルナーク戦記~勇者は政治家になりました~  作者: 葵刹那
第二章 ナミュール城主編
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第20話 コートウェイク決戦②

「急ぎ将官を招集せよ」


 シャルナーク軍の布陣を見たソレルは、軍議の開催を決めた。


「はっ」


 中将チェベス、少将キルキスを始めとした約20名の将官が招集される。


「皆ご苦労である。周知のことと思うが、シャルナーク軍が到着した。そこで今後の戦術を決めておきたいと思う。忌憚のない意見を述べよ」


 ソレルは一同を見回す。


「元帥閣下、ここはひたすら守備を固めるというのはどうでしょうか」


「いや、ここは兵力の勝る我々が攻めるべきではないか」


「シャルナークは一点突破を狙う気だ。こちらから仕掛けよう」


 攻城戦の時とは打って変わって、各々が積極的に議論する。失敗の見えていた攻城戦は意見を述べず、勝つ見込みのある野戦では喧々諤々と議論をする。官僚的な制度の弊害か、現在のサミュエル軍には保身と出世に執着する将官が多く揃っていた。


「総統閣下はどうお考えでしょうか」


「ワシも先に仕掛けるべきと考えている」


 ソレルの意見に多くの者が頷く。


「それでは総統閣下、夜襲というのはいかがでしょうか」


 チェベスが夜襲を具申する。諸将の目線がチェベスに集まる。


「詳しく話してくれ」


「はっ、敵は我が軍の陣形を見て、守りに入ったと考えていることでしょう。その虚を衝くのです。3万をお与えくだされば、成果をあげて参りましょう」


「おお!自ら出陣してくれるのか。誰か、この作戦に異論はあるか」


「異論ありません」


 将官の一人が賛成意見を唱える。


「よし、それでは今夜、奇襲を仕掛けることにする」


「「「はっ」」」


 軍議は無事に終わり、サミュエル軍の作戦が決まった。しかし、この軍議を冷めた目で見ている男が一人いた。少将キルキスである。今回の戦いでは8千人の指揮を任されていた。


「どうしたんだいキルキス、また軍議で何かあったの?」


 キルキスが不機嫌な顔で帰ってきたため、グイードが察して声をかける。


「なぜ我が軍の将官はあんなにわかりやすく態度を変える奴ばかりなんだ」


 グイードは苦笑いをする。キルキスは手のひら返しにも等しい将官たちの態度にイライラを募らせていた。


「保身は仕方ないことだよ。年取れば背負うものが増えるっていうし。若い僕たちにはわからないのかもよ?それで、方針はどうなったの?」


 グイードはキルキスを諭しつつ軍議の結果を確認する。


「チェベス中将閣下が夜襲を仕掛けるってさ」


「夜襲か・・・それはまた意外な作戦だね」


「まったくだ。ともかくおいらたちは待機だ。健闘を祈ろう」


「この奇襲が上手くいけば、この戦いに勝てるかもしれないね」


「そううまくいけばいいけどね」


 そんな話をキルキスたちがしている頃、チェベスは黙々と準備に取り掛っていた。いよいよシャルナーク軍とサミュエル軍との決戦の火蓋が落とされる。


ーーーーーー


 所変わってシャルナーク軍の陣中


 事務仕事を終えた俺は寝る準備をしていた。兵士たちは見張り番を残してもうすでに就寝している。ようやく布団に入ろうとしたその刹那、頭に巨大な悪意がよぎったのである。その悪意はコートウェイク高地からこちらへと向かっていた。


(俺の方に向かって来ているだと!?間違いない・・・夜襲だ!くそ、油断していた)


 やはりどこかでソレルのことを甘く見ていたらしい。夜襲をしてくるなど考えてもいなかった。嘲りや侮蔑は戦場では無用という言葉の意味を今更ながら噛みしめる。


「誰かいるか!」


 俺の声に複数の護衛兵が入ってくる。


「お呼びでしょうか」


「敵は夜襲を仕掛けるつもりのようだ。いいか、これから言うことを伝言せよ」


「「「はっ」」」


「キキョウには火焔隊を安全なところまで下げ、歩兵で対処しろと伝えろ。もし敵の勢いが凄いようなら退却してナルディアかナシュレイと交代して守れ。ナルディアとナシュレイにはキキョウの援護に回れと伝令!急げ!」


「「「はっ!」」」


 焦りからか思わず早口になってしまう。俺の護衛兵が伝令となって各陣へ向かう。敵意の向かってくるスピードを考えるとあまり猶予はない。


「ミシェル!起きてるか!」


 俺は近くにあるミシェルのテントを訪ねる。さすがに寝ていたのかすぐには出てこない。少しすると簡単に身支度を整えたミシェルが出てくる。


「どうしたの?」


「敵襲だ」


 寝起きと思われるミシェルの表情が険しくなる。


「出し抜かれるなんてジークらしくないわね」


 なんだかんだミシェルは俺をからかう余裕があるらしい。頼もしい話である。


「ああ、恥ずかしい限りだ」


「それで、私は何をすればいいのかしら?」


「本隊の兵5千を率いて横槍を入れてくれないか」


 ミシェルに部隊を任せるつもりはなかったが、事情が事情である。


「いいわよ。ふふ、これで貸し一つね」


「わかった。恩に着る」


 これで敵の攻めを鈍らせることができる。しかし、それまでキキョウの部隊が持ってくれるかが問題だ。


「本隊は出撃の準備をしておけ」


「「「はっ!」」」


 ジークが夜襲に対する差配を終えた頃、各将のもとに伝令が到着した。


「えっ、夜襲!?準備するとジーク様に伝えて」


「なんとっ、夜襲とな!おのれ小癪な・・・承知したと伝えよ」


「委細承知いたしましたとお伝えせよ」


 護衛兵が各将の回答を携えて戻ってくる。


「以上が報告となります」


「わかった、ありがとう。それとかがり火を出来るだけ多く準備してくれ。明るくして同士討ちを避けるのだ」


「ははっ」


 陣中が一気に慌ただしくなる。シャルナーク軍の陣地に近寄ってきたチェベスもその異変を察知した。


「どうやら見つかってしまったようだ。しかし、敵の準備はまだ間に合っていない。全軍、突撃だ!」


「「「おおおおおおおお!」」」


 サミュエル軍の騎馬隊がシャルナーク軍に襲い掛かる。


「歩兵隊、盾と槍を構えろ!」


「「「おー!」」」


 防衛にあたるシャルナーク軍の小隊長たちの声が響き、兵士たちは槍を構える。


「おい、槍を動かすな!馬を怖がるな!」


 小隊長の檄が飛ぶ。そして、迫りくる騎馬隊と衝突した。一部の馬はジャンプして兵を乗り越え、一部の馬は槍の餌食になる。


「ええい、盾から手を離すな!」


 馬の突進する勢いに負けた隊列の一角に綻びができる。


「歩兵隊、突撃だ!」


「「「うおおおおおお!」」」


 サミュエル軍の騎馬隊の攻撃で怯んだところを今度は歩兵隊が襲い掛かる。サミュエル軍は陣の最前線を突破しようとしていた。


「怯むな!戦えっ!」


 サミュエル軍とシャルナーク軍の歩兵が刃を交える。シャルナーク軍の指揮官の督戦が響くも、準備不足はいかんともしがたい。


「よし、頃合いだ。火を放て!」


 陣に侵入した敵の歩兵隊がテントに続々と火を放つ。


「まずい、火を消せっ!」


 前線にキキョウが駆けつけ、叱咤激励する。


「みんな頑張って!もうすぐ増援が来るはずよ!」


「「「おおぉぉー!」」」


 部隊長であるキキョウの参戦に前線の士気は向上する。


「えいっ」


「てやっ」


「・・・ぐわっ」


 兵士たちがこれ以上陣を抜かせるものかと果敢に戦う。しかし、多勢に無勢。じりじりと柵を抜かれる人数が増えていった。


「火をつけようとしちゃだめー!」


ザシュ


ドスッ


 キキョウが陣内に入り込んだ敵を討ち取っていく。その間にも敵の数は続々と増え続け、燃え上がるテントの数も比例して増加する。


「うう・・・師匠に怒られちゃうよ」


 燃え上がる自陣を見てキキョウは涙目になる。ジークによって準備時間をいくらか確保できた。しかし不意打ちであることには変わりない。むしろ持ちこたえているだけ御の字である。


「キキョウ将軍!」


 キキョウを呼ぶ兵士の声がする。


「私はここよー!」


 キキョウの声に気づいた兵士が近づいてくる。


「王女殿下より伝言です。第一陣は放棄し第二陣に下がれとのことです」


「わかった!」


 キキョウは槍を高々と掲げ周囲の注目を集める。


「みんな!急いで後退するよ!」


「「「はっ!」」」


 キキョウ隊は後方の陣へと向かい始める。


「見ろっ!敵が後退したぞ!一人でも多くの兵を討ち取るのだー!」


「「「おおぉぉー!」」」


 チェベスの声にサミュエル軍の勢いがますます強くなる。背を見せて逃げるキキョウ隊はサミュエル軍の追撃で続々と死者が増えている。


「うえーん、みんなごめんねー」


 涙をぽろぽろと流しながらナルディアのもとへ駆ける。


「キキョウ、こっちじゃ!」


 前方からナルディアの声が響く。声のした方に向かって駆け、第二陣に到着した。


「うえーん、ししょー」


 キキョウはナルディアに抱きつ、すっかり泣き顔となったキキョウの髪をナルディアが優しくなでる。


「よく頑張った。キキョウの働きで余の部隊の備えは万全じゃ」


 キキョウはただただナルディアの胸にうずくまっている。


「よしよし、おぬしは少し休んでおれ。あとは余が引き受けよう」


 ナルディアはキキョウをテントで休ませ、兵たちに指示を飛ばす。


「弓隊、構えるのじゃ!」


 弓隊が弓をつがえる。ナルディアは味方の多くが自陣に逃げ込んだことを確認する。


「放て!」


 パシュンと矢が放たれ、ヒュンヒュンと敵に襲い掛かる。


「第二射の準備をせよ!」


 弓隊が再び弓をつがえる。


「放てっ!騎馬隊は余に続け!」


 弓隊が矢を放ち、ナルディアが騎馬隊を率いて敵陣に乗り込む。


「これが余の怒りじゃ!」


 ナルディアの槍が一閃し、敵は倒れていく。キキョウ隊の潰走に乗じて第二陣に迫っていたサミュエル軍だが、ナルディアの鬼気迫る勢いに怯み、進む足が止まる。


「敵の動きが止まったのじゃ、騎馬隊は退却!歩兵隊は前に出よ!」


 騎馬兵が第二陣に戻り、歩兵隊と入れ替わる。勢いの削がれた敵兵に歩兵隊が襲いかかる。そんなナルディアのもとに伝令が到着した。


「王女殿下、ナシュレイ将軍より伝言です」


「うむ。なんて言っておった」


「はっ、右翼はお任せあれとのこと」


「承知したのじゃ!皆の者、聞いての通りじゃ!まもなくナシュレイが参るぞ!」


「「「おおぉぉー!」」」


 シャルナーク軍の抵抗が増したと判断した中将チェベスは次なる指示を下す。


「全軍撤退だ。今日の戦果はこれで良しとする」


「「「はっ!」」」


「撤退だー!」


「撤退するぞー」


 サミュエル軍の各隊の指揮官が口々に撤退を指示する。


「敵は退くようじゃな。無理に攻めてはならぬ!」


 ナルディアも兵の撤収を指示する。サミュエル軍の夜襲にシャルナーク軍は完全に後手に回る結果となった。


 本陣からこの様子を観察していた俺は思わず唸ってしまった。


(ミシェルが横槍を入れる前に撤退するとは・・・。悔しいが引き際も見事というほかない)


 空が白くなり始める頃、シャルナーク軍の被害の全容が明らかになった。死者は約千人、負傷者は約6千人であることが判明した。敵意を察知してもこの被害である。この他にもキキョウの張っていた第一陣はほとんどが全焼した。幸いだったのは、火焔隊を後方に下げたことにより被害がなかったことである。騎馬隊は防御に向かない。ましてや夜襲となっては小回りが聞かずに全滅していた可能性もある。火焔隊を守れただけでも良しとしよう。


「みんな申し訳ない。俺の失策だ」


 被害後、最初の軍議で俺は頭を下げる。先頭に火焔隊を布陣させてしまったこと、夜襲を許したこと、総大将として負うべき責めである。


「ジークよ、負けは仕方ないことじゃ。それにおぬしは事前に察知しておったではないか。やることはやったのじゃ」


「王女殿下のおっしゃる通りです。敵が一枚上手だったというだけです」


 ナルディアを始め、仕方のないことだと言ってくれる。俺がこれに甘えるようでは傷の舐め合いでしかない。失敗を挽回するだけの成功で報いるのみだ。


「今後の働きで挽回することを約束しよう」


「うむっ」


「「「はっ」」」


 気を取り直して今後の協議に入る。


「俺の予想だと今日か明日にはメイザースが背後を衝くだろう。第一陣の再建と守備はナルディアに任せる。キキョウは第二陣に後退し、そのほかの隊もいつでも出撃できるようにしておいてくれ」


 こうして軍議は終わった。夜襲によって破壊された第一陣を再設営し、ナルディアがその守備の任に着いた。俺が見回りを済ませて本陣に戻るとミシェルが待っていた。


「昨夜は大変だったわね」


「俺のミスだ」


「仕方ないわ。あなたに暗い顔は似合わないわよ」


 どうやらミシェルなりに気を遣ってくれているようだ。


「ふふ、ありがとう」


「ナルディアが先鋒になったのでしょ?」


 ミシェルは軍議に参加していない。一応は友人という名の客人だから。


「そうだ。ナルディアの黄焔隊の方が守備に向くからな」


「ねえ、私もナルディアのところに行っていいかしら?」


 ミシェルの申し出は願ってもないものである。友人だからと遠慮して本陣に居てもらったが、兵を失ってしまった今は頼りたいのが本音だ。


「こちらこそお願いする。ナルディアを頼んだ」


「当たり前じゃない。任されたわ」


 こうして両軍が衝突した初戦はシャルナーク軍の敗北で幕を閉じた。夜襲の対応でほとんど寝れずにいたジークは、兵に交代で休むよう指示を出して、仮眠をとるのであった。

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