第19話 コートウェイク決戦①
「総統閣下、カインツです」
「どうぞお入りなさい」
「失礼いたします」
総統シリウスのもとに副総統のカインツが訪ねてきた。
「例の報告ですか?」
「はっ、順調に進んでおります」
「おお、それは何よりです。ソレルさんは期待外れでしたが、モーリスさんはさすがですね」
モーリスはガルヴィン亡き後の大将を務めている武人である。親シリウス派の急先鋒であり、ソレル率いる部隊とは別行動を取っていた。
「もうまもなくシャルナーク王国から良い知らせが届くことでしょう」
カインツはニヤリと悪者染みた笑みを浮かべる。
「それは楽しみです。しかし、ここまで上手くいくとは思いませんでしたよ」
シリウスも同様の笑みを浮かべる。
「全ては総統閣下のお考えの通りです。今頃ヘルブラントは大騒ぎでしょう。もうすでに手遅れですが・・・」
「くくく、それは何よりです。シャルナーク王国の次はツイハーク王国ですね。我々に逆らう国は徹底的に叩き潰しましょう」
「はっ!このカインツ、微力ながらご協力させていただきます」
「頼りにしています」
ジークとソレルがコートウェイク高地で相対する頃、シャルナーク王国の首都ヘルブラントは絶望の雰囲気に包まれていた。サミュエル連邦の兵15万が突然現れたのである。あまりにも唐突な出来事に、ティアネスは逃亡することもままならず、サミュエル軍に包囲されていた。
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ジーク率いるシャルナーク軍は、コートウェイク高地の手前まで進軍してきた。敵の陣形は、城で見たものと同様の横陣を敷いていた。元帥ソレルを中心に、部隊が横並びで布陣しているのである。
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イメージすると上記のような図になる。この陣形の特徴は、広い攻撃範囲による高い攻撃力である。最もスタンダードな陣形であり、多くの戦いで使われてきた。
ここでは高所と言う地理的優位性もあり、堅牢と呼ぶにふさわしい守備にも優れた布陣となっている。
「横陣とは・・・兵力の少ない我らにとって厄介ですな」
メイザースは一目で厄介な陣形であると見抜いていた。
「将軍のいうとおりだ。俺たちを数で圧し潰すつもりだろう」
ソレルは無能だと思っていたが、その評価を改める必要がありそうだ。攻城が下手なだけで野戦は得意なのかもしれない。元帥まで上り詰めたのは伊達ではないということか。
「キキョウ、この陣形がなぜ厄介なのか説明できるか?」
俺はキキョウに質問する。将として必要な素質は敵を倒すことだけではない。
兵の指揮も含まれるのである。敵の陣形を知り、それに打ち勝つ術も身に着けなくてはならない。
「えー・・・うーん、敵の層が厚いから突破しにくい?」
「層を厚くするのは縦陣だ。地形を考えてみろ」
「地形・・・?」
メイザースとナシュレイは、微笑ましそうな目線で見ている。子どもや孫にあたる世代のキキョウが必死に悩む姿が可愛らしかったのである。もっとも、それを教えるジークも20代前半と十分に若者なのだが、若者らしからぬ老練な雰囲気の持ち主だった。前世を考えると当然だが。
「ではナルディアはどうだ?」
解答者をナルディアに移す。
「うむ、敵は高所に陣取っており、余らの動きは全て筒抜けである。さらに横陣の弱点である側面攻撃も攻め手の動きを把握することで対処可能じゃ。そのうえ、余らは高地を駆け上がる必要があり、疲労の面でも不利じゃろうな」
「「王女殿下お見事です」」
メイザースとナシュレイが褒め言葉を口にする。
「いまの説明で分かったか?」
「うーん、なんとなく?」
「あとは帰ってからじっくり教えるよ。今回は肌で感じてくれ」
「はーい、わかりました!」
はい、今日の講義はこれまでーと言いたくなったが、補足事項を思い出した。
「そうそう、補足だけど、横陣は背後からの攻めに弱い。でも見ての通りコートウェイク高地の背後には山がある。つまり、背後を気にする必要なく戦えるというわけだ。な?厄介だろ?」
キキョウは頬をぷくーと膨らませて不満そうにしている。
「そしたら、私たち勝てないじゃん」
そうなんだよ。それがいまの俺の悩みなんだ。とりあえずありきたりな言葉で濁す。
「それを勝てるようにするのが総大将の責任だよ」
なーんて言ってみる。メイザースが現状を確認する。
「サミュエル軍の陣は乱れもなく、攻めるには実に厄介でございます」
「うーん、やっぱり山しかないかなぁ」
打開策を考えていた俺は呟くようにポロっと口に出す。
「おおっ、さすがは殿下!」
小さな声を聞き逃さなかったナシュレイが歓声をあげる。ナシュレイの声を聞いてメイザースも反応する。
「殿下、拙者にも教えてくだされ」
「あ、ああ・・・後ろの山から攻めるのはどうかと思ってな」
「それはよい作戦ですな」
とっさの思いつきにしては好意的な反応である。
「じゃがジークよ、軍が通れるとは思えないと言っておったではないか」
俺の懸念していたことをズバッとナルディアが指摘する。
「ナルディアの言うことはもっともだが、現地の住民が通れるなら不可能ではないと思う」
「うーむ・・・それならどれほどの兵を割くのじゃ」
そう、そこが問題だ。敵は背後を警戒していない。となれば、敵本陣を叩くことは容易である。しかし、この本陣に戻ってくることは少数だと難しい。一撃必殺の策なのだ。もし失敗したらその別動隊は全滅を免れない。
「上手く背後から攻めることができれば、ソレルを討ち取ることができるだろう。だけどリスクもある。敵陣を突破できずに全滅する可能が高い」
「殿下、どうかその任を拙者にお与えください」
メイザースが率先して名乗りを上げてくれた。
「将軍の気持ちはとてもうれしい。しかし・・・」
メイザースが手で俺の言葉を遮る。
「この場でもっともふさわしい将は拙者でしょう。もちろん、死ぬ気はございません。どうかご信頼いただけますよう」
メイザースの言うことはもっともである。ここにいる将軍のうち、メイザースを超える戦場での経験の持ち主はいない。しかし、シャルナーク軍の大将軍と言っても過言ではないメイザースをここで失うわけにもいかない。アルメール城で軍を二手に分けるのと今回の作戦とでは賭けの難易度が段違いだ。俺が判断に困っているのを察したナルディアが代わりに命令した。
「メイザース、余もおぬしが適任じゃと考えておる。じゃが、この国にはおぬしが必要じゃ。諦めて死んではならぬ。必ずや余とジークが助けると約束しよう」
「ははっ。肝に銘じまする」
「これでよいのじゃろ?ジークよ」
ナルディアがニコッと微笑む。やれやれ、俺は助けられてばっかりだ。
「悪いなナルディア」
「ふふ、よいのじゃ。おぬしは大将として勝てる策を考え、どんと構えておれ」
勝てる策か・・・。この作戦を決行する以上は成功確率を限りなく高めることが俺の使命だろう。気を取り直して話を進める。
「メイザース、兵はどれほど必要だ」
「はっ、精鋭500をお与えください」
「わかった。黄焔隊から500を預ける」
黄焔隊はナルディアとキキョウが鍛え上げた我が国最強といっても過言ではない歩兵の精鋭部隊である。
「ありがたき幸せ」
「メイザース、俺はお前を絶対に死なせない。いいな!」
「はっ」
採るべき戦術は山越え奇襲に決まった。メイザースの率いてきた援軍はナシュレイに任せ、陣形を整える。
「全将に通達。先鋒は火焔隊、魚鱗の陣を敷け!」
「「「ははっ」」」
魚鱗の陣とは一点突破を狙う陣形であり、やや攻撃寄りだが守備にも有用な陣形だ。火焔隊は馬上槍を習得した騎兵の最強部隊である。そのため、先鋒の将は必然的に火焔隊を率いるキキョウになる。
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イメージするなら、このような形状の陣形である。メイザースの山越え奇襲に合わせて敵本陣を襲い、救出と撃破を狙う陣形だ。
諸将は俺の命令通りに布陣した。一点突破の鍵となるのはキキョウ率いる火焔隊だ。
「ジークよ、兵500を用意したぞ」
「わかった。ありがとう」
ナルディアは黄焔隊から精鋭500を選抜した。この兵たちはメイザースが俺のために選抜した兵一万だ。その兵たちをナルディアとキキョウが火焔隊、黄焔隊として鍛え上げたのだ。それが何の因果か再びメイザースのもとに戻ったのである。
「メイザース、聞いての通りだ」
「はっ、必ずやソレルを討ち果たしてご覧に入れます」
俺は頭を下げるメイザースの肩に手を置く。
「シャルナークの命運はお前にかかっている。頼んだぞ」
「ははっ」
俺とナルディアは出陣するメイザースを見送る。
「王女殿下、こいつらを厳しく鍛えてくださったようですな」
メイザースは精悍な顔つきの兵たちを見てそういった。
「おお、おぬし、こやつらのことを覚えておるのか」
「もちろんです。国王陛下より精鋭の選抜を命じられた時は何事かと思っておりましたが、この精悍な顔つきを見るにジーク殿下のお考えが正しかったと確信しました。王女殿下の鍛え上げた兵を率いることができるのは、まことに嬉しき限りです」
メイザースは遠い目をしながら懐かしそうに話している。俺はこのタイミングでメイザースに焙烙玉を渡していないことに気づいた。
「メイザース、ちょっと待ってくれ」
メイザースを呼び止めて部下に焙烙玉を取りに行かせる。その間に焙烙玉の使い方を説明する。
「そのような武器をお造りになられていたとは・・・。素晴らしい・・・。これで時間を稼ぐことができそうです」
焙烙玉を持って部下が戻ってきた。それをメイザースの部隊に渡す。1人あたり2個、合計100個である。
「これほど多く頂けるのですか!」
「ああ、使い惜しみしても仕方ないからな。素早く本陣を占領して、周囲に焙烙玉を投げ続ければ敵は容易に近寄れない。焙烙玉で上がった煙を合図に俺たちは出撃する。これでどうだ?」
策といえるほどのものではないが、メイザースの生存率を高めるために出来る最善策が焙烙玉を持たせることだった。
「はっ、何から何までありがとうございます」
俺とナルディアは目配せし、二人でメイザースの肩に手を置く。
「頼んだぞ」
「頼むのじゃ」
「ははっ、それでは行って参ります」
本陣を出発したメイザース率いる500人は、敵に気づかれないように迂回しながら背後の山を目指していった。




