第16話 ツイハーク軍参戦
俺とキキョウは、大量の枝を持ってアルメール城を出発した。ソレル率いるサミュエル軍がアルメール城に到達する前日のことである。
「ジーク様、木の枝はどうするの?」
ブロワ城へ向かう道すがら、キキョウが聞いてくる。
「そうだな、そろそろ種明かしをするとしようか」
「やった」
教えてもらえると聞いたキキョウは嬉しそうだ。
「全軍止まれ!これから俺がすることをよく見ておけ!」
俺は馬を降り、木の枝とロープを持ってくる。まず、地面にロープを置き、その上に枝を10本程度置いてロープを結ぶ。そして、ロープによって束になった木の枝を馬の胴に結びつける。
「いいか、騎馬隊はそれぞれ同じ作業をしてくれ」
キキョウも自分の愛馬に結びつけようとする。
「キキョウ、俺たちはいいんだよ」
「えー?私たちはやらないのー?」
つまんなーいと聞こえてきそうなテンションである。
「これは敵に兵が多くいるように見せるための策だ。俺たちまでやってたら変だろ」
「うーん、そういうものなのかな?」
「準備のできた騎馬は歩兵の後ろに下がってくれ。歩兵隊は後ろの騎馬が見えないように進軍すること!」
2万の兵が指示通りに動く。
「ねえねえ、どうして兵が多くいるように見えるの?」
キキョウの疑問はごもっともである。
「木の枝が巻き上げる土埃だよ」
「つちぼこり?」
「兵数をある程度読める兵なら、土埃と目に見える兵数で総数を判断するんだ。でも、遠ければ土埃で判断するしかない。それを逆手に取るってことだよ。敵の目には10万くらいに映るんじゃないか」
「そっかーバレる前に降伏させるんだね!」
「そういうことだ」
予想が当たったキキョウはご満悦である。
「よし、準備ができたな。出発だ!」
ガザガザと地面を引き摺る音を立てながら軍は再び進み始める。ブロワ城がうっすらと見え始めた頃に次なる一手を打つことにした。
「キキョウ、俺は先にブロワ城へ向かおうと思う。指揮を任せた」
キキョウはキョトンとしている。
「ジーク様がどうして先に?」
「降伏勧告にいくのさ。キキョウはまだ鉄砲を扱えないだろ?」
鉄砲の話を出されて不満げな表情に変わる。
「ジーク様と師匠だけずるーい。私も欲しいのに!」
マスケット銃は2丁しか生産できなかった。そのため、キキョウにはまだ教えていない。
「あー悪いね。時間がなかったんだよ。ナミュール城に戻る頃にはキキョウの分も出来てると思うよ?」
俺たちが遠征している間も鍛冶屋は変わらずに生産しているはずである。もっとも、組み立ては俺自身がやっているから、部品と弾の生産だけだが・・・。誰かに任せると技術流出が起こりえるから仕方ないことだ。
「ほんと!?」
「もちろんだ」
キキョウは満面の笑みを浮かべて喜ぶ。
「やったー!ジーク様、約束だからね?」
「うん、約束だ。だからここの指揮は任せたぞ?」
「はーい」
俺は馬を飛ばして単身ブロワ城へと進み、ブロワ城の500mくらい手前で停止する。弓の最大射程は400m程度と言われており、殺傷距離は当然もっと短いことから、矢の届かない安全な距離で停止した。
「ブロワ城主に申し上げあげる!私はジーク、シャルナーク軍の総大将である。まもなく我が本隊が到着する。降伏するなら命は助けよう。もし、抵抗するというのなら容赦はしない。急ぎ決断せよ!」
腹の底から声を張り上げる。
「なお、一分経過するごとに城兵を一人ずつ殺していく!急いだ方が懸命だと思うぞ!」
ブロワ城は何も反応を示さない。たった一騎で、さらに矢も届かないような距離から何ができるんだと思っているのだろう。俺はマスケット銃を構える。
「なんだあれは」
「シャルナーク軍が聞いたこともない兵器を使うって噂は本当なのかもしれないぜ」
城兵が世間話をする感覚で、ジークの行動を見守る。次の瞬間、バシューンという音が通り過ぎた。
「ん!?なんだ!?今の音は」
バタッ
近くを守っていた城兵の一人が突然倒れる。
「お、おい、どうした!なにがあった!」
「おい・・・こいつの額に穴が開いてるぞ・・・」
「お前、大丈夫か!ちっ、即死じゃないか。くそ、何が起こったんだ・・・」
混乱している間に一分が経過する。遠くでパーンという音が鳴り、バシューンという音が通り過ぎる。
バタッ
「お、おい!こいつも額に穴が開いてるぞ!」
「まずい、急いで大佐にお知らせするんだ」
2人が死んだ辺りから、城兵もただ事ではないと理解した。ブロワ城の最高責任者に報告があがる。その間にもマスケット銃は火を噴く。顔を出してはいけないと察した兵たちが城壁に隠れる。しかし、相変わらずバシューンという音が等間隔に鳴り響く。未知の武器によって攻撃されるほど怖いものはない。城壁を守る兵たちは、まったく生きた心地がしていなかった。
「なに、敵の総大将が一人でいるだと?ふ、ふはははは、武功を立てるチャンスじゃないか。出るぞ、俺に続け!」
ブロワ城の守将は、チャンスとばかりに千の兵に出撃命令を下す。その一方、城壁では一人の兵士が目から上を城壁の外に出す。そして、迫りくるシャルナーク軍の本隊の姿を捉えた。
「まずいぞ、10万くらいの大軍がこっちに向かってる」
だれか放った一言に周囲の兵士は落胆の色をより濃くする。
「10万だって・・・?はは、絶対無理だって・・・」
守備兵力は必要最小限しか配置されていない。せいぜい数千である。10倍以上のシャルナーク軍に攻められたらひとたまりもない。そんな悲壮感が漂う中、空気を読まない事態が生じる。
ギギギギギ
城門が開かれ、出撃したのである。
「ん?なんで城門が開くんだ?」
「おい、大佐だ!」
「大佐は戦う気満々なのかよ・・・」
守備兵の間では、厭戦気分が高まっていた。そんな空気を一蹴するような音がまたしても響いた。
バシューン
ドサッ
「ああっ大佐が撃たれた」
「あんなのどうやって戦えっていうんだ」
城外をこっそり見ていた城兵はあまりにもあっけない守将の最期を目撃した。間もなく、守将が撃たれたという情報が城兵全体に伝わる。城兵はみるみる血の気を失う。
「もう無理だ・・・俺は降伏する」
「同感だ」
「俺も!」
「少佐、降伏しましょうよ!」
ブロワ城の副官かつ城壁の指揮官でもある少佐に兵たちが降伏を訴える。武器を投げ出す者も出てきている中、戦うことを主張すれば自身が危うい。さらに守将が撃たれてしまったため、士気も低下している。
「それしかないか・・・」
指揮官を失った城は、城壁を守る副官を中心に降伏が決まった。城壁に白旗が掲げられる。ジークは本体の到着を待ち、悠々とブロワ城へ入城するのであった。
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ツイハーク王国では、シャルナーク軍がブロワ城、モンリュソン城を陥落させてヴィッテル城へ向かっているという報告がもたらされた。電光石火の攻撃にツイハーク王国でも大きな話題となっていた。
ツイハーク王国の女王であるアスタリアのもとにマクナイトが参上する。
「女王陛下、領地を拡大するチャンスがやって参りました」
マクナイトの唐突な報告にアスタリア女王は首を傾げる。それを察した丞相セオドールが代わりに質問する。
「将軍、それはどういうことでしょうか?」
「シャルナーク軍が旧ベオルグ公国領のうち、2城を占領したという情報を入手しました」
遠征を開始しているのは把握していたが、どこまで進んでいるかまではセオドールも知らなかった。セオドールにとって衝撃的な情報だった。
「シャルナーク軍がもうそこまで来ているというのですか!」
「そうだ、恐ろしいほどの速さだ」
マクナイトは素直にあり得ないという表情で事実を告げる。
「将軍は出兵するべきとお考えだと?」
「その通りだ。旧ベオルグ公国領は俺たちが一度落としている城だ。全部シャルナーク王国が占領するのは面白くない」
セオドールはマクナイトの言葉を聞き、熟慮する。そして、結論が出るまでそう時間はかからなかった。
「女王陛下、私は賛成です。得られる城をわざわざシャルナーク軍に渡す必要はありません」
アスタリア女王は頷いてマクナイトを見据える。
「そうですか・・・わかりました。それでは出兵を許可します。どれほどの兵が必要ですか?」
「3万もあれば十分です」
「わかりました。ただし、シャルナーク王国と我が国は友好関係にあります。決して戦うことは許しません。それでいいですね?」
マクナイトもシャルナーク軍と事を構える気はさらさらない。侵攻速度が速いと言うことは、優れた将と精兵で構成されていることを意味する。そんな敵と真正面からぶつかるのは愚の骨頂だからだ。
「当然です。承知いたしました」
こうしてマクナイト率いるツイハーク軍は、ここから最も近いオンフルール城を目標に出撃することが決まった。
その一方で、退室するマクナイトと入れ替わるようにニコニコしたミシェルがやってきた。
「姉さん、シャルナーク軍がもうそこまで来ているわ」
「ええ、先ほどマクナイト将軍から聞きました」
アスタリアが知っていたことにミシェルは意外感を表わす。
「あら、マクナイトは随分早く情報を掴んだのね。驚いたわ」
「例の王女様からの手紙ですか?」
ミシェルがシャルナーク王国から帰ってきてからというもの、会うたびにジークとナルディアの話をしていくのである。そんな妹が笑顔で入ってきたと言うことは、十中八九、彼らのことだろうと予想していた。そして、その通りであった。
「姉さんにはかなわないわね」
「うふふ、いつも楽しそうに話していますから」
「あちゃー私としたことが失態ね」
妹のわざとらしい表情にアスタリアはくすくす笑う。
「それで、どんな手紙でした?」
「単なる現状報告よ」
「本当にそれだけ?」
「もお・・・姉さんはお見通しってわけね」
「何年姉をやっていると思っているの」
ミシェルは両手をあげて降参アピールをする。
「ねえ、ジークたちのとこへ遊びに行ってもいい?」
近所へ出かけるような軽いノリで頼んできた妹にアスタリアは面を食らう。
「ミシェル・・・いまは戦争中ですよ?」
「もちろん知ってるわ。だからジークの軍に合流しようと思うの」
アスタリアは額を手で押さえる。手の付けられない妹に手を焼かされてばかりだ。
「わらわが止めても聞かないのでしょ?」
「あはは、まーね。それにさ、ジークに貸しを作っとくにはいい機会だと思うのよ」
今まで黙って見守っていたセオドールが堪らず口を挟む。
「妹君、もしかして一緒に戦うおつもりですか?」
ミシェルの当然じゃないという顔にセオドールは絶句する。
「もちろん私一人よ?うちの兵は使わないわ。それなら援軍ではなく個人的な義理で参戦したってことになるわよね?」
兵を率いて参戦したら、それはツイハーク王国からの援軍という扱いになる。向こうが援軍を求めていないのに勝手に送ったとなれば、外交上の火種になるかもしれない。その点でミシェル一人であれば、何ら問題はない。セオドールの懸念は解決された。
「そういうことであれば、私はもう何も申しません」
「ミシェル、せめて護衛は連れていってくださいね?」
「やった!ありがとう姉さん」
ミシェルはアスタリア女王に抱き着いて感謝を示す。
「今回は特別ですよ?妹をわざわざ戦争中の他国に行かせるなんて・・・。ちょっとはわらわの心配を分かってほしいものです」
そう言いながらも許可を出すあたりは妹に甘い姉である。
「ふふ、私は大丈夫だから安心して。護衛もちゃんと連れてくわ。姉さんありがとね♪」
ミシェルは王宮を後にし、さっそくジーク率いる一軍を追いかけるのであった。




