第15話 ジークの快進撃
「ソレルさんといい、ガルヴィンさんといい・・・なぜ我が軍はここまで弱いのだっ!」
総統室では大きな声が響いていた。立て続けに舞い込む凶報にサミュエル連邦の総統であるシリウスの怒りは頂点に達していた。そんな中、新たな凶報が舞い込んでくる。
「総統閣下、急ぎお伝えしたいことが!」
「なんですか!これ以上なにが起こったというのです」
シリウスの荒い語気に伝令は嫌な顔をしながら報告する。
「ブリストル城、マインヘッド城、ノリッジ城が陥落しました。シャルナーク軍はアルメール城を目指しているとのことです」
ごく短期間に3城が落ちた。その報告の衝撃は恐るべきものだった。
「いま、なんておっしゃいました?私の聞き間違いではないですね?」
「はっ、ブリストル城、マインヘッド城、ノリッジ城が陥落しました」
「あり得ないっ・・・なぜこうも早く3つの城が陥落したのですか!ソレルさんを呼びなさい」
触らぬ神に祟りなしと、伝令兵はソレルを呼びにすごすごと出ていく。しばらくしてソレルが真っ青になりながらやってきた。
「総統閣下、お、お呼びでしょうか」
呼び出される理由に心当たりのあるソレルはすごすごと小さくなってやってくる。
「ソレルさん、待っていましたよ」
ソレルはシリウスの笑顔に戦慄を覚える。
「はっ、お待たせして申し訳ございません」
「いいのですよ。それよりなぜ、最近の我が軍は連戦連敗なのでしょうか」
「はっ・・・その・・・大変申し上げにくいことですが・・・」
ソレルの額には汗が流れ、言いにくそうにしている。見かねたシリウスが話すことを促す。
「おっしゃいなさい」
「はっ・・・敵の指揮官が一枚上手かと・・・」
その瞬間、シリウスの目がカッと開かれる。
「ひ・・・ひいい・・・」
「ソレルさん、あなたの階級は?」
「げ、元帥にございます」
「そうです。あなたは元帥です。つまり、軍の最高責任者ですね?」
シリウスは当たり前のことをわざわざ確認する。ソレルは何を言われるのか気が気ではなかった。
「聞けば、ガルヴィンさんは死ぬまで戦い続けたとか。ガルヴィンさんの弔いは責任をもって私がおこないましょう。あなたも国のためにその命、もちろん捧げてくださいますよね?」
シリウスは反論を許さんと言わんばかりの雰囲気を醸し出す。
「ははっ、もちろんでございます。元帥が命を張らずして、どうして部下たちが国のために戦えましょう!」
ソレルは命を捨てて戦うことを暗に強要された。いや、強要されたというのは語弊があるかもしれない。このままでは前元帥イリスと比べられて無能という謗りは免れない。それを避けるためには、もはや乾坤一擲の勝負に打って出るほかなかった。
「そうでしょう!そうでしょうとも。それでこそ我が国の元帥です」
「はっ、ありがとうございます」
「では、シャルナーク軍の侵攻はご存知ですか」
「もちろんです」
「そういうことであれば、私から何かを言う必要はなさそうですね」
シャルナーク軍の侵攻を何としても食い止めろ。生きてサミュエル連邦に戻れるとは思うな。まさにそういう意味である。ソレルに発言が発言が許された言葉は一つだけだった。
「ははっ、一命に代えましてもシャルナーク軍を食い止めて見せます!」
「期待しています」
「ははっ、それでは失礼いたします」
ソレルは重い足取りで総統室を後にした。それから間もなくソレルは20万の兵を率いてアルメール城へと向かうのであった。
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「ジーク様、サミュエル連邦が元帥ソレルを総大将として20万の兵を派遣したとのことです」
快進撃を続けるシャルナーク軍はアルメール城を間近に迫ったところである。ハルバード城でガルヴィンを破ってからというもの、シャルナーク軍は連戦連勝である。いや、厳密にいえば敵方の戦意が乏しく、降伏が相次いだともいえる。ガルヴィン率いる10万を破ったこと、ガルヴィンが戦死したこと、未知の兵器で城門を壊せること、これらの情報を聞いた守将はシャルナーク軍に囲まれるとすぐに白旗をあげた。
それはこのアルメール城も例外ではなかった。シャルナーク軍が労せずして4城を手に入れたのは、望外の成果といえよう。
そんな中、ジークのもとにハンゾウが訪れた。例によって斥候で得られた情報の伝達である。
「わかった。引き続き警戒してくれ」
「承知いたしました」
どうやらソレルはアルメール城がもうすでにシャルナーク軍に占領されていることを把握していないようだ。いや、あるいは知っててもなお撤退できない理由がある可能性もある。ハンゾウの報告を聞いてナルディアが対応を迫る。
「ジークよ、20万もの敵が向かっていると言うことじゃが、どうする?」
「敵総大将のソレルってあれだろ?ツイハーク王国を攻めたけどミシェルたち相手に手も足も出なかったっていう。少なくともイリスほどの脅威は感じないかな」
そこまで言い切って俺は考え込む。敵の動きを逆手に取ることはできないだろうか。うん、やはりあれしかないな。
「なにかよい考えが浮かんだのか?」
俺の表情を伺っていたナルディアが問いかける。
「いまのうちに旧ベオルグ公国領を制圧しようと思う」
アルメール城を制圧したことで旧ベオルグ公国領への足掛かりができた。また、旧ベオルグ公国領ではサミュエル連邦に対する怨嗟の声が渦巻いている。今回はそれを利用して短期間のうちに制圧しようという策だ。
「しかし、それでは20万の敵はどうするのじゃ」
ナルディアの疑問は当然だろう。もともと我が軍の総兵力は5万である。これまでの戦で5千近くの兵が死傷して離脱している。そんな中、20万の敵軍を相手しつつ旧ベオルグ公国領を切り取ろうというわけだ。博打要素がありすぎる。
「軍を約半分に分けようと思う」
「なんとっ、正気か!?」
俺の提案にナルディアが驚きの声をあげる。予想していたけど。
「もちろんだ。少し綱渡りになるがな」
物珍しいとばかりに好奇の目線でナルディアが見てくる。
「おぬしが賭けに出るとは珍しいこともあるのう」
「詳しくは軍議で話そう」
「うむ、わかった」
まもなくアルメール城の城館に諸将が集めれらた。
「集まってもらってすまない。これからのことを話しておきたいと思う」
諸将は固唾を呑んで総大将の言葉を待つ。
「ここに向かってサミュエル軍20万が向かっている」
ナルディアら一部を除き、動揺が走る。こちらの約4倍以上の兵力だから当然だろう。
「だが、心配することはない。今回の敵総大将はたぶん戦下手だ。それを計算に入れて、我が軍を2手に分けようと思う」
先ほどまでの動揺に加えて、俺の爆弾発言で場がざわめく。しかし、俺が尋常ならざる軍略を持っていることは諸将にとって周知の事実である。そのため、俺の考えに異論を唱える者は誰もいなかった。
「しておぬしよ、分けた2軍はそれぞれどうするのじゃ?」
ナルディアが場の空気を察して質問する。
「俺とキキョウは2万を率いて旧ベオルグ公国領を制圧する。もう一方は、残る約2万5千の兵でここに籠城してもらおうと思う」
籠城という言葉に何人かが驚きを露わにする。おそらく出撃することを予想していたのだろう。確かに俺のこれまでの戦で籠城に徹することはなかったな。
「籠城部隊の指揮はナルディアに一任する」
キキョウを連れていく以上はナルディアに任せるのが妥当である。
「うむ、承知した」
「そして万が一、守り切れないような事態があれば城を放棄してくれて構わない。 詳しい策は話せないが、その時はこの城を足止めに使う」
城郭都市といえば、城内に町がある城である。平常時は城内に一般市民が多く滞在している。しかし、戦時中の町民は城外で身を隠している。それを踏まえて、大胆な策を実行するつもりだ。
「なにか質問はあるか?」
俺は周囲を見回す。するとナシュレイが口を開く。
「ジーク殿下、もしここを放棄した場合、それがしたちはどこへ向かえばよろしいのでしょうか?」
期待通りの質問が飛んできた。
「その時は隣のノリッジ城へ向かってくれ」
「しかし、それでは殿下の背後が危なくありませんか?」
ノリッジ城はシャルナーク王国側に位置する。すなわち、俺やキキョウの進む旧ベオルグ公国領とは反対方向になる。ナシュレイは俺たちが挟撃されるのではないかということを心配してくれているのだろう。
「問題ない。というのも、敵はアルメール城から先に進むことができないからだ」
「どういうことでしょうか?」
ナシュレイは俺の言いたいことを理解できていない。それはそうだろう。だってナルディアにすら話していない策なのだから。
「そのままの意味だ。これ以上の進軍を断念するくらいの被害が出ると思ってくれていい」
ナシュレイはますます疑問の表情を浮かべる。しかし、殿下の計算は神がかったものがあり、自分ごときが想像できる範疇ではない。そう考えたナシュレイはそれ以上の質問をしなかった。
「承知いたしました。ジーク殿下のお考えに従います」
「ありがとう。ほかに質問は?」
特に反応はない。
「よし、軍議は以上だ!キキョウ以外は解散してくれ」
諸将が出ていく中、ナルディアとキキョウだけが部屋に残る。ナルディアは何も言わなくても勝手に残る。王女であり妻だから当然かもしれない。
「キキョウ、さっそくだが頼みたいことがある」
「はーい、なにをすればいい?」
キキョウに旧ベオルグ公国領侵攻に向けた策の準備を指示する。
「ほかの将と協力して、今日中に枝をできるだけたくさん集めてくれ」
「枝って木の枝・・・?」
「そうだ。全部俺たち攻撃部隊が使うものだ」
「ふーん、よくわからないけど集めとくね」
「ああ、頼んだぞ」
俺はキキョウの頭をなでる。特に説明しなくても素直に従ってくれるからかわいいものだ。キキョウは嬉しそうに部屋を出ていった。
「さてナルディア、いざとなった時の策を教えておこうと思う。ハンゾウはいるか」
「はっ、ここに」
俺はナルディアとハンゾウにいざという時の策を詳細に話す。
「ハンゾウ、できそうか?」
「問題ありません」
「よし、早速準備にかかってくれ」
ハンゾウは頷いて姿を消す。
「というわけだが、ナルディア、任せていいか?」
「余を誰だと思っておる。籠城など造作もない。いざとなればおぬしが助けに来てくれるのじゃろ?」
ナルディアはサラッと恥ずかしいことをいう。俺を白馬の騎士だといわんばかりだ。もっとも、ここで俺もナルディアを失う気は毛頭もない。なにがなんでも守るつもりだ。
「もちろんだ。俺の妻を殺させるわけないだろ」
「うむっ、余はジークを信じておるぞ」
とはいえ、ナルディアは槍の達人であることに加え、練達したマスケット銃の使い手である。現実問題として、シャルナーク軍最強の戦闘力を誇るナルディアを誰が倒せるんだと思ったが口には出さない。勇者補正を持つ俺が言えた話ではないが、ナルディアも十分にチートだ。
「放棄後の動きも把握してくれた?」
「うむっ、問題ない」
ナルディアは俺の策をしっかり理解してくれたようだ。
「それじゃ、明日以降は頼んだ。マスケット銃の弾も出来るだけたくさん残していくから好きなだけ使ってくれ」
弾を好きなだけ使えると聞いたナルディアは嬉しそうである。
「そんなに鉄砲を気に入ったのか?」
「うむっ、槍と違ってじっくりと狙いをつけられる武器じゃからな。狙ったところに当たるかが特に楽しいのじゃ」
ナルディアはすっかり鉄砲の虜になったようだ。もしクレー射撃という競技がこの世界にあったら間違いなくのめり込むことだろう。ナミュール城に戻ったら、火薬の改良、鉄砲の量産化をするつもりだったが、そこにマスケット銃の改良も加えることにした。
「ナミュール城に戻ったら、マスケット銃も一緒に改良しよう」
「なぬっ、まことかっ!」
「ほんとだとも。愛するナルディアの喜ぶ顔をもっと見たいからな」
たまには歯の浮くような言葉を言ってみる。
「むぅ、おぬしというやつは・・・そう面と向かって言うでないわ。恥ずかしいぞ・・・」
ナルディアの髪をわしゃわしゃとなでる。髪をなでるのがすっかり定番となった。
「しばらく寂しいと思うけど、頼んだぞ」
「余は寂しくなんてないわっ! おぬしこそ、余がいなくて寂しくなっても知らぬからな?」
これだけ軽口が言えるようなら問題ないだろう。
「ふふ、戻ってきたらナルディアにたっぷり甘えるとするよ」
「うむっ、余に任せよ」
翌日、ナルディアやナシュレイたちに見送られながら、夜陰に乗じて俺とキキョウはブロワ城に向けて進軍を開始した。夜に出発した理由は、サミュエル軍の斥候にこちらの動きを察知されないためである。それは元帥ソレル率いるサミュエル軍20万が到着する前日の出来事である。




