第14話 焙烙玉
ハンゾウと焙烙玉に関する話を終えた翌日、俺は全軍を率いて敵陣へと向かった。しかし、敵は俺たちを見ても沈黙を守っている。やはり防御に徹するようだ。
「やれやれ、出てこないのであれば仕方ない。焙烙隊、投げ込め!」
50の騎馬兵に炮烙玉を持たせて敵陣に向かわせる。敵は矢を放ってくるかと思いきや、限りなく少数の襲撃に何も反応を示さない。様子見か何かだと思われたんだろう。それが彼らの運の尽きだった。騎馬兵は射程距離まで詰めるとロープをぶんぶんと回し、焙烙玉を投げ込む。鉄砲相手なら陣に籠るのは正解かもしれないが、焙烙玉はそうもいかない。
ドカーン、ドカーンとまたしても聞きなれない音が周囲に響く。
「あっ、柵が!」
「テントにも火が!」
「おいお前ら、大丈夫か!」
「負傷者は後ろに下がらせろ!」
陣の前方に築かれた馬防柵が飛び散り炎上する。焙烙の破片に木片が合わさって周囲の兵は大ダメージを負っていた。突然の出来事に混乱が生じる。実際のところ、爆発そのものの殺傷能力はそこまで高くはない。ではなぜ焙烙玉や大筒といった火器が戦において有効なのだろうか。その答えは木片にある。爆発の衝撃で木片が周囲に広く飛び散るのだ。致死率は高くなくても負傷率は高めることができる。負傷者が増えれば介抱する人が必要となり、必然的に戦闘要員は減少するのである。
何が起こったも理解できずに被害を被る様子を見ているしかないガルヴィンは気を失いそうになる。それでもガルヴィンは大将へと昇りつめた歴戦の武人である。そんなガルヴィンをもってしても、非現実的な出来事と思わずにはいられない事態が起こっていた。
「悪夢だ・・・一体何が起こっているというのだ」
敵の投げた球体が炸裂し、馬防柵が無効化され、周囲に被害が出る。そればかりか球体の一部はテントに火をつける。
「急いで柵を作り直せ、陣内の火を消せ!」
ガルヴィンは矢継ぎ早に指示を飛ばす。理性をかろうじて保って指揮を執る。
「大将閣下、敵です!」
「なんだとっ!」
ガルヴィンが陣の外を見ると、シャルナーク軍が迫っていた。本陣の手前には3部隊が守っている。一の備え、二の備え、三の備えである。馬防柵があるならシャルナーク軍相手でも時間を稼げるが、それを失ったとなれば話は変わる。
ガルヴィンは決断に迫られた。もし本陣が攻撃されて敗走するようなことになれば、全軍が総崩れとなる。それだけはなんとしても避けなくてはならない。
「左右の陣から増援を呼んでくれ」
咄嗟の判断で増援を要請する。どこまで持つかはわからないが、増援で時間稼ぎが可能になるだろう。ところが、そんな思惑を消し飛ばす状況が発生した。
パーン
甲高い音とともに昨日の恐怖が身体によみがえってくる。音は遠かったものの、ガルヴィンは安堵する暇はなかった。なぜなら凶報がガルヴィンのもとに届けられたからだ。
「申し上げます。大将閣下、第一陣を突破されました!」
ガルヴィンはクラッと来るような感覚に陥る。
パーン
「申し上げます。大将閣下、第二陣を突破されましたっ!」
発砲音が鳴り響き、それから間もなく壊滅の報告が上がってくる。
パーン
「第三陣の大佐が討ち死っ!もう持ちこたえられませんっ!」
伝令兵はもはや悲鳴に近い声をあげている。ガルヴィンの正面にシャルナーク軍が迫ってくるのはもはや時間の問題であった。
ちなみに銃声の正体はナルディアによるものであった。本陣への道を阻む指揮官を射殺していたのである。的確に指揮官を狙うことで兵士の統率は失われ、シャルナーク軍の侵攻を食い止めるだけの力を発揮できなかった。
「なんということだ・・・我がサミュエル連邦の精鋭がこうも容易く・・・」
バタッ
「大将閣下!お気を確かに!」
「大将閣下っ!!」
あまりの出来事にガルヴィンの神経が音を上げた。急激なストレスにより迷走神経反射を引き起こしたのである。親衛隊がガルヴィンを抱き起こし、目覚めを待つ。だが、こうしている間にも着々と戦況は悪化していた。
「仕方ない。城内へ撤退だ!」
親衛隊の一人が叫ぶ。第三陣が突破されそうな以上、この地に留まる理由はない。早急の撤退が急務なのである。
「左右の陣はどうする!」
「別の城門から城内に入るよう伝えろ!」
「それしかないか・・・わかった」
ガルヴィンが失神したことによりサミュエル軍の潰走が確定した。親衛隊の機転によりいたずらに兵を失う失態は免れた。
親衛隊を先頭に兵士たちが城門に向けて走り始める。逃げる兵士の中に、サミュエル軍に扮するハンゾウたち黒焔隊が紛れ込んでいるとは知らずに・・・。
無事に城内へ運び込まれたガルヴィンは、ようやく目を覚ます。
「大将閣下が目覚められたぞ!」
「「「おおっ」」」
目覚めたガルヴィンは早速状況を確認する。
「なぜ城内にいるのだ」
親衛隊の一人が状況を説明する。状況を理解したガルヴィンは新たな指示を下す。
「城門を閉めよ!」
サミュエル軍にとって非情な命令が下される。
「まだ城外には味方が!」
「敵がなだれ込んできては話にならん。これ以上城門を開けることはできない」
親衛隊の一人が切実に訴えるも、ガルヴィンの意思は変わらない。ガルヴィンの命令のもと、城門が閉められる。もし情に流されたら、城内の兵までを失ってしまう。やむを得ない選択である。
「お、おい、なんで閉めるんだ」
「助けてくれ!うわ、うわあああ」
ザシュッ、ドスッ
城外に残された味方は逃げることもできずにシャルナーク軍の餌食となった。ガルヴィンの心は大いに痛んだが、一人でも多くの兵士を生かすために心を鬼にした。
ジークのもとにはサミュエル軍が城内へ戻ったという情報がもたらされた。ガルヴィンを誘き出すつもりが、ますます殻に籠ってしまった。予想以上に鉄砲の心理効果が大きかったのかもしれない。
「まさかガルヴィンが味方を見殺しにしてまで戻るとはなぁ・・・」
ボソッとつぶやく。ガルヴィンが失神したことはもちろん知らない。保険として黒焔隊を潜入させたジークの采配は正解だった。
「全軍に通達、城の前で待機せよ」
伝令兵に命令を伝える。それからまもなくサミュエル軍の追討に動いていた全軍が城門の前に集結する。もっとも、至近距離では城兵の反撃を受けるので少し離れた位置である。城門の前には敵の死体が多く散らばっており、あまり長居したくない気分に陥る。
ギギギギギ
全軍の集結を見計らったかのように鈍い音を立てながら城門が開かれる。ハンゾウたちがしっかり仕事をしてくれたようだ。
「全軍、ハルバード城へ突撃せよ!」
「「「おーーーーー!」」」
シャルナーク軍がハルバード城に殺到する。城外の野戦から城内の市街地戦へと推移する。
「なぜ城門が開いてるんだっ!」
ガルヴィンの悲鳴のような叫び声が聞こえてくる。
「どうやら敵が潜り込んでいた模様です」
「なんだと!?おのれジーク・・・どこまで用意周到なのだ」
「大将閣下、どういたしましょうか」
「仕方ない。ここは放棄して撤退するぞ」
「はっ」
ガルヴィンは残る兵士をまとめ、敵のいない城門から脱出を図る。しかし、シャルナーク軍の侵攻スピードは予想を上回っていた。サミュエル軍の兵士たちは休憩する暇なく撤退することになったのである。その足取りは重く、シャルナーク軍の餌食になる兵士が続出した。
「ガルヴィン、おぬし逃げるのか!武人ならば潔く勝負せよ!」
遠くからガルヴィンを捕捉したナルディアが声をあげる。ガルヴィンは城門を出ることなくシャルナーク軍に追いつかれる格好となった。
「今回の戦いは我らの完敗だ。ジークにこの借りは返すと伝えておけ」
ガルヴィンは馬を止めずにそう言い残す。
「そうか・・・総大将らしい最期をと思ったが無駄じゃったか」
ナルディアは残念だと言わんばかりの呟きを漏らす。そして、背中に持つマスケット銃へ手を伸ばし、引き金を引く。
パーン
ガルヴィンの背中に銃弾が命中する。
「うぐっ」
「ああっ、大将閣下!」
ガルヴィンの周囲を固める親衛隊が悲鳴をあげる。
「大将閣下っ!」
「おのれ、よくも大将閣下を・・・。おい、大将閣下をお守りしろ」
ガルヴィンは苦痛に顔を歪めながらも馬を走らせる。そして、親衛隊はガルヴィンの背中に隙が出ないように囲む。
「ふむ、落ちぬか。大した胆力じゃ。天晴である」
ナルディアは賛辞を送り、さらに銃を構える。
「危ないっ!」
パーン
「うっ・・・」
ドサッ
ガルヴィンを庇って親衛隊の一人が落馬する。
「その忠義、見事じゃ!」
ナルディアは弾込めし、再び構える。
パーン
「くっ・・・」
ドサッ
またしても親衛隊がガルヴィンを庇い落馬する。だが、親衛隊たちの決死の護衛も空しく、ガルヴィンは出血多量で虫の息になる。そして、最期の命令が下された。
「もうよい、お前たちは降伏せよ」
ガルヴィンの言葉に数人の親衛隊は涙を浮かべている。
「大将閣下、我々もお伴いたします」
「ふ、この愚か者どもが・・・」
ガルヴィンは優しい笑みを浮かべるとまもなく息を引き取った。落馬することなく、馬上で息を引き取った様は、実に見事なものであった。そして、愛馬は主人の死を知りつつも足を止めることなく走り続ける。
「大将閣下、我らももうすぐ参ります」
数人の兵士が剣を抜いてナルディアを待ち構える。そして、まもなくナルディアが彼らのもとに到達しようとしていた。
「おぬしらの忠義、見事であるぞ。余はシャルナーク王国の王女ナルディアである。余の槍さばきを冥土の土産にするがよい」
「おう、相手に不足なし!いざ、大将閣下の仇、覚悟っ!」
ガルヴィン親衛隊はナルディアに斬りかかるも槍にさばかれる。そして、槍の穂先が勇敢にも挑んできた敵兵の胸を貫く。
「ぐっ・・・無念・・・」
「これよりお傍に・・・」
あまりにもあっけなく、ナルディアを待ち受けていた全ての親衛隊が息絶える。
「おぬしら、よく見ておけ!忠義の士の最期じゃ」
「「「はっ」」」
「こやつらの魂の安らかなることを願わん・・・」
完全に動かなくなったことを見届けたナルディアは小さな声で追悼の意を表した。
「こやつらを手厚く葬ってやれ。何人かはガルヴィンを追いかけるのじゃ。馬だけであれば総遠くへ行っておらぬじゃろ。見つけ次第ガルヴィンの遺体を傷つけずにジークのもとへ持っていくのだ」
「「「はっ」」」
「残りは余と共に追撃に入る!降伏する者は決して殺してはならぬ。捕虜として連れていくのじゃ!」
「「「おー!」」」
ナルディアは城内で散り散りになるサミュエル軍の追討に動く。火焔隊、黄焔隊、ナシュレイ隊の追討により城内でも多くの兵が亡くなった。
10万の兵を誇っていたサミュエル軍の死者は3万に上り、逃亡兵、降伏兵も少なくなかった。
それからしばらくして、ガルヴィンを追ったナルディアの配下たちが馬を捕獲し、ガルヴィンの遺体を本陣へ運んでくる。通常であれば遺体を搬送するなんて面倒なことはせずに、首だけを持って運ばれる。しかし、そこはナルディアの配慮によって五体満足に運ばれてきた。
「ジーク殿下、ナルディア王女殿下より敵将の屍が参っております」
「そうか。ナルディアがやってくれたか」
俺は馬を降りて、運ばれてきたガルヴィンの遺体と対面する。両手を合わせて黙祷を捧げる。
「この亡骸は降伏兵と共に解放してやれ」
「はっ」
解放することは甘い選択かもしれない。解放された兵士たちが将来再び敵となる可能性があるからだ。もともと捕らえられた兵士は労働奴隷や戦の先兵として利用することが一般的である。とはいえ、さすがにこうも一方的に蹂躙した以上は躊躇われる。そこらへんの甘さは戦争のない日本を生きていた影響かもしれない。
ハルバード城の中央に進んだ俺は、そこで勝利を宣言する。
「我が軍の勝利だ!」
「「「おーーー!」」」
「「「シャルナーク王国万歳!」」」
「「「ジーク殿下万歳!」」」
「「「ナルディア王女殿下万歳!」」」
こうしてハルバード城は労することなく手に入れた。シャルナーク軍は城内の仕置きを終えると、さらに北上してブリストル城へと向かった。




