第13話 ハルバード城前哨戦
アンドラス城を一日で破ったシャルナーク軍は、ガルヴィンの待ち受けるハルバード城に向かっていた。
ハルバード城へ向かうシャルナーク軍は、ストームバレーに差し掛かろうとしていた。先だっておこなわれたサミュエル軍との戦いでコレルリ将軍が命を落とした場所だ。ストームバレーに伏兵がいるかどうかは、斥候に探らせると共にジークの敵意察知能力を利用して確認する。そこには多くの矢の跡が残っており、激戦であったことが見て取れた。
結果としてストームバレーに伏兵はおらず、ハルバード城が間近に迫っていた。
「申し上げます。ハルバード城の前にサミュエル軍10万!」
「わかった、ありがとう」
斥候の報告を聞き、俺たちもサミュエル軍と相対するように布陣する。敵は10万で我が軍は5万。数の上では敵の方が優勢だが、全く負ける気はしない。
「ナルディア、キキョウ」
本陣の設営を終え、さっそく俺は我が軍の勇将に声をかける。
「うむっ!」
「はいっ!」
「今回はこっちから挑んでやろうと思う」
俺はナルディアとキキョウに作戦の詳細を話す。
「うむ、承知した」
「わかった!」
二人は作戦の内容に快く同意してくれた。
「ナシュレイ」
「はっ」
今回はナルディアとキキョウを先鋒として出陣させることにした。残りはナシュレイに任せるつもりである。
「ここの守りは任せた」
「お任せください」
本陣をナシュレイに任せた俺は背中にマスケット銃を背負い、愛馬に跨る。その隣にはキキョウとナルディアが控えている。ナルディアの後ろには黄焔隊、キキョウの後ろには火焔隊がそれぞれ続く。ジークを先頭にした一隊が戦場の中央に歩みを進める。
中央まで進軍したものの、敵は一切動く気配がなかった。こうなっては挑発するしかない。
「我が名はジーク!シャルナーク軍の総大将である。ガルヴィンよ、この前の敗戦で怖気づいたかっ!臆病者ではないというなら堂々と姿を見せろ!」
その効果はてきめんだったようで敵陣からガルヴィンが一隊を率いて出てくる。挑発は成功である。どうやらガルヴィンは自尊心の高い人のようだ。
「久しぶりだなガルヴィン。この前の火計はお気に召していただけたかな?」
俺から先制口撃を仕掛ける。
「貴様、この前はよくも謀ったな!今回は我らが勝つから覚悟していろっ!」
ガルヴィンも威勢よく言い返す。それを見てジークは不敵に微笑む。
「そうそう、ガルヴィン、特別に新兵器を見せてやろうじゃないか」
「なに、新兵器だと・・・?」
ジークの不気味な笑みにガルヴィンの額に汗が浮かぶ。
「そうさ」
俺は背中のマスケット銃を取り出し、ガルヴィンに向けて構える。
「な、なんだその棒は!」
ガルヴィンの威勢こそいいものの、明らかにその声には動揺が含まれていた。俺はガルヴィンに向けた銃口の引き金を引く。
パーン
バシューンという音と共に銃弾がガルヴィンの頬をかすめる。その頬からツーッと血が流れる。地味な痛みと温かみがガルヴィンを襲う。
「っ・・・!?」
ガルヴィンは何が起きたのか理解できない。それは周囲を固める敵兵も同様であった。
「いやーしまった。どうやら外れてしまったようだ(棒読み)」
キキョウは唖然とし、ナルディアはあり得ないという表情をしている。キキョウは俺が外したことに驚いているようだ。それに対してナルディアはなぜわざと外したのかという抗議の目線を俺に送ってくる。
銃口を向けられたガルヴィンはというと・・・時間の経過とともに冷静になっていた。確かにあの鉄は火を噴き、聞いたこともない音とともに何かが頬を掠めていった。何も号令を発さないガルヴィンを見かねた副将が動き出す。
「大将閣下、退きましょう!」
ガルヴィンに意見を述べつつ、指示を出す。そして、意を決したように突撃してきたのである。
「お前たち、大将閣下をなにがなんでも守るのだ!」
「「「おーーーー!」」」
茫然とするガルヴィンを尻目に、周りを固める将たちはガルヴィンを逃がすために行動する。
「火焔隊、黄焔隊!」
俺の声にナルディアとキキョウが槍を構え、敵に向かっていく。
「うむっ、突撃じゃ!」
「みんないっくよー!」
「「「うおおおおお!」」」
俺の発砲をきっかけに戦端が開かれ、両軍入り乱れての激戦となる。
「余の前を開けよ!」
ドスッ、ザクッ
ナルディアの通った後には屍が多く残る。
「どいてー!邪魔だよー!」
ザクッ、バシュッ
キキョウもまた多くの敵兵を槍の餌食にしていた。やはりナルディアとキキョウの働きは目を見張るものがった。さらに、兵たちも精強無比である。サミュエル軍の犠牲はうなぎ登りだったが、ガルヴィンを逃がすための時間稼ぎには仕方のない犠牲である。
しかし、ガルヴィンの逃亡をあえて見逃すほど俺は甘くない。俺は鉄砲を構えたまま、兵の背中に隠れたガルヴィンを追っている。一瞬でも隙があれば銃弾を撃ち込むつもりである。
「・・・よし、見えた」
パーン
再び戦場に銃声が轟く。ガルヴィンの近くをバシューンという音が通り過ぎる。その音に、ガルヴィンの身体はガタガタと震え始めていた。
バスッ
ガルヴィンの近くで聞きなれない音がした。
ガスッ
ガルヴィンの斜め前を進んでいた護衛が落馬する。ガルヴィンがとっさに振り返ると、その護衛兵は背中に銃弾を受けていた。そして、その兵士の背中からは血が溢れ、地面に血だまりを作っている。次は自分がそうなるかもしない。ガルヴィンは真っ青になって必死に馬を走らせる。
「・・・外したか。やっぱり射程を超えると狙い通りのところにいかないなぁ」
俺は狙撃を諦め、本陣へと馬を返す。
「ナルディアとキキョウに満足したら戻るよう伝えてくれ」
伝令兵に伝言を頼み、本陣へと戻る。その一方でガルヴィンも無事に自陣へと逃げ込むことができた。
「大将閣下が戻られたようだ!俺たちも戻るぞ!」
ガルヴィンの退却を見届けた副将たちが、退却を指示する。しかし、それは容易なことではなかった。
「させぬわっ!」
ナルディアがマスケット銃を構えて引き金を引く。
パーン
ドスッ
「うっ・・・ぐふっ」
退却を指示した指揮官が銃弾を受けて吐血する。
「黄焔隊よ!余に続いて進むのじゃ!一兵たりとも逃さぬぞっ!」
「「「おーーーー!」」」
追撃戦はサミュエル軍の被害をさらに増大させた。キキョウ率いる火焔隊も馬上槍を存分に振るう。
大将ガルヴィンこそ無事だったもののの、出撃した一軍は壊滅的な被害を被った。負傷者も多く、その負傷者を介抱するために多くの兵士が戦線を離脱した。
「なんだあの兵器は・・・生きた心地がしなかった」
ガルヴィンは戻ってくるや否やそう漏らしたという。それからというもの、ガルヴィンは貝のように守りを固めるのであった。
ーーーーー
サミュエル軍が静寂に包まれる一方、シャルナーク軍の本陣ではナルディアの大声が周囲に響いていた。
「おぬしっ!なぜあの時わざと外したのだ!」
あまりの剣幕に俺はすっかり腰が引ける。当初の予定と違い、俺があえてガルヴィンを撃たなかったことを怒っているのだ。
「あーいやー、ここで殺すのは味気ないじゃん?」
とっさの言い訳はあまりにも幼稚だった。
「おぬしというやつはっ!」
「ナルディア待った、待ってくれ」
じりじりとナルディアが忍び寄る。
「もし理由があるのなら聞こうではないか・・・のう?ジークよ」
笑っているようで目が笑っていない。怖すぎるっ。これ以上変なことを言うと鉄拳が飛んできそうな勢いだ。
「わかったから落ち着いてくれ。これも俺の考えのうちだ」
ナルディアは目を細め、疑いの目線で俺を見ている。なんとも居心地が悪い。
「詳しく聞こうではないか」
「ここでガルヴィンを殺すのは簡単だ。でも、今回の戦いは俺たちが怖いということを知らしめることにある」
ナルディアは目を細めたままだ。
「それで気が変わったと申すのか?」
「殺すよりもいい手が思いついたんだよ」
「しかし、これではガルヴィンが出てこなくなるだけではないか」
確かに鉄砲の恐ろしさを知ったガルヴィンがのこのこ出てくるとは思えない。でもそれはそう深く悩むほどの問題ではない。もし籠るようなら、出ざるを得ない状況にすればいいだけなのだから。
「本当にそう思うか?」
先ほどまでとは打って変わって、俺の問いかけにナルディアが困惑する。
「まあ見てろよ。これからガルヴィンにあの時死んどけばよかったって思わせるからさ」
「ほんとじゃな?」
「ああ、もちろんだ」
こうしてなんとかナルディアの怒りを収めることができた。問題はこれからである。
「ハンゾウ、いるか?」
「ここに」
「ほお、余に気取らせぬとは・・・腕をあげたのう」
感心するナルディアを他所にハンゾウと話を進める。
「あれを作ってくれたか?」
「はっ」
ハンゾウはその試作品を差し出し、俺は手に取ってじっくりと検分する。
「いい出来だ。全部で何個ある?」
「百ほどできました」
ハンゾウの返答は満足できる数だ。
「十分だ」
実を言えば、俺はハンゾウに命じて焙烙玉を作らせていた。現代でいうところの手榴弾である。材料はアンドラスの町であらかじめ調達していた陶器だ。陶器の中に火薬を詰め、導火線に火をつけて投げる武器である。今回はロープを付けて砲丸投げの要領で敵陣に叩き込む腹積もりだ。
「ほお、また不思議なものを作ったのお」
ナルディアを焙烙玉を興味深そうに見つめる。
「これを投げ込めばテントは燃えるし、陶器の破片が凶器になる。まさに奇襲向けの武器だろ?」
「ジークの頭は末恐ろしいの・・・」
もっとも、焙烙玉の元ネタは村上水軍だ。だから俺の手柄ではない。
「明日はこれを軸に戦うつもりだ」
「さっきは怒ってすまぬ」
なぜあえて敵将を見逃したのかを、焙烙玉を見て納得してくれたらしい。しおらしい態度で謝る。
「いいんだよナルディア」
俺はナルディアの頭をなでる。
「ハンゾウ、明日は頼んだぞ」
「お任せください」
「おぬし、ハンゾウに何を頼んだのだ?」
ハンゾウへは事前に指示しておいたからか、ナルディアに疑問を抱かせてしまったようだ。大したことではないんだけどね。
「城に忍び込んでもらおうと思ってな」
「それならばハンゾウが適任じゃな」
至って単純な指示にナルディアもそれ以上はなにもいわない。
翌日、俺たちはハルバード城を落とすべく、敵陣へと向かうのであった。




