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シャルナーク戦記~勇者は政治家になりました~  作者: 葵刹那
第二章 ナミュール城主編
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第11話 エストリル城の戦い②

 サミュエル軍が夜襲の決行を決めた頃、マクナイトのいる本陣では軍議が開かれていた。


「さて、敵の大将はプライドだけが取り柄のソレルだ。そんなやつが初日の戦いで完敗した。これが意味することを分かるやつはいるか?」


 マクナイトの問いかけに首を傾げる者、考え込む者の2パターンに分かれた。しばらくすると、ジェレミーが口を開いた。


「・・・夜襲」


 マクナイトはジェレミーの提案に肯定する。 


「その通り、こういう時は夜襲をしてくるってのがお決まりのパターンだ」


「逆手に取って殲滅するということですね」


 マクナイトはダフネの指摘に笑みで応える。


「ジェレミー、ダフネ、ベルクートは兵5千で3方向に伏せておいてくれ。この本陣の松明が乱れるのを合図に攻め込むんだ」


 3人が元気よく返事をする。


「俺とニーズホッグは残りの兵で昼間の鬱憤を晴らしに行ってくる。以上だ!」


 こうしてマクナイト隊2万の兵は本陣の形だけを残してどこかへ消えていった。陣がもぬけの殻になっているとは知らずに敵の奇襲部隊は進んでくる。


「よし、マクナイトはまだ気づいてないようだ」


「一気に叩くぞ!進めー!」


 指揮官の号令で歩兵たちが勢いよくマクナイトの陣に乱入する。先頭の兵たちは火をテントに投げ込む。敵の指揮官は異変に気付いた。


「おい、誰もいないぞ」


「まさか・・・読まれていたというのか」


「そんなわけ」


ドドドッドドドッ


 指揮官がそんなわけないと言い切る前に馬の蹄の声が聞こえてくる。


「しまった。伏兵だ!」


「逃げろ!戻るんだ!」


 サミュエル軍は勢いよく敵陣になだれ込んだものの、マクナイトの罠であった。サミュエル軍の指揮官はすぐさま反転を指示するが、すぐには反転できない。この間にジェレミー、ダフネ、ベルクートの伏兵が3方向から襲い掛かる。


「お、おい、挟み撃ちされるぞ!」


「急いで撤退しろ!」


 指揮官が浮足立つと、その動揺は兵にまで伝播する。ジェレミーの剣が、ダフネのレイピアが、ベルクートの大鉞がサミュエル兵を襲う。撤退しようにも後方部隊が詰まり、団子状態になる。その隙をツイハーク軍は逃さない。

 サミュエル軍は挟撃により、あっという間に多くの兵を失ってしまった。


「貴方が指揮官ね」


 ダフネは指揮官を目聡く見つけ、声をかけると同時にレイピアを素早く突き出す。


ドスッ


 ダフネの一撃は心臓を一閃し、指揮官はバタリと馬から落ちる。前方部隊は伏兵により全滅し、2万いた兵も半分近くが戦力にならなくなっていた。大損害である。なんとか逃げるもジェレミーらの追撃は激しく、さらに多くの命が失われる。ほうほうの体で戦場を離脱した兵が目にしたのは、自陣に燃え上がる炎だった。


 夜襲に出かけて手薄になったところをマクナイト率いる部隊が一気に襲い掛かったのだ。兵の被害は大きくなかったものの、ソレルの本陣から見て左翼に張られたテントの多くが燃えることとなった。


 奇襲を仕掛けたつもりが、かえって利用された。この事実はソレルを落胆させるには十分なものとなった。


「おのれマクナイト・・・ふ、ふふ・・・お手上げじゃ」


 不気味な笑いを漏らしたソレルは事実上の敗北宣言を口にした。


 夜が明け、戦いの全容が明らかになる。左翼側はテントのみならず兵糧までも延焼していた。それに兵の損害は1万5千である。総攻撃での損害を合わせると実に2万の兵を2日間で失ったことになる。その日、サミュエル軍の攻撃がおこなわれることがなかった。


ーーーーー


 それから二週間、お互いに睨み合いの日々が続いた。攻めてきても小競り合い程度で、戦局を動かすような出来事は起こっていない。だが、戦局は着実に推移しているのである。そんな中、戦局を動かすであろう報告は唐突にもたらされた。


「申し上げます。敵輸送部隊がこちらに向かっております!」


 マクナイトのいる本陣に斥候が入ってきて報告する。その報告を聞いたマクナイトはすぐさま立ち上がる。


「待っていた!」


 戦況が膠着状態となったマクナイトは、あえて敵の兵站を分断せずに兵糧を輸送するこの時を待っていた。本陣に詰める4人の部下が一斉にマクナイトへ目を向ける。


「敵の兵糧を奪おうぜ!」


 戦場に不釣り合いなハイテンションな発言に場が静まる。


「あ、あれ?」


 部下とのあまりの温度差にマクナイトは戸惑う。


「お、おー!」


 見るに見かねたダフネがハイテンション(笑)な声をあげて応援してくれる。ダフネの不器用な優しさがマクナイトの身に染みる。


「コホン、さてニーズホッグ、今回はお前に任せる」


 マクナイトは咳払いをして場の雰囲気を立て直す。


「俺でいいんですか!?」


 いつもジェレミーやダフネを指名していることもあり、突然の指名にニーズホッグは驚いている。


「ああ、1万の兵で暴れてこい」


 一番若いニーズホッグにもたまには大役を与えなくてはならない。そう思ったマクナイトは、1万の兵を託すことにした。


「了解です!」


 ニーズホッグは喜色満面である。マクナイトから輸送部隊の場所を聞くと、勇み足で兵を率いるのであった。


 マクナイトの指名で敵輸送隊を襲うべく、単独で向かったニーズホッグは輸送隊を前にしていた。


「輸送隊はあれで間違いないな?」


「はい、間違いありません」


 ニーズホッグは斥候兵に確認する。視線の先には食料を多く積んだ部隊が長蛇の列を作っていた。


「たっぷり俺たちのために運んでくれてるねぇ。よし、お前ら、行くぞ!」


「「「おおおおおお」」」


 荷駄の進む音だけが鳴り響く場所に、突然けたたましい叫び声が響く。


「な、なんだ!?」


「て、敵襲!」


 輸送隊を守る護衛がニーズホッグの部隊に襲い掛かる。しかし、浮足立っている上にニーズホッグの敵ではなかった。指揮官らしき者から始末する。ニーズホッグは着実に輸送隊の戦力を削いでいた。


「お前たち、逃げる敵は追うな。俺たちの目的はこの食糧だ」


 輸送に従事していた人夫が一目散に逃げだす。非正規労働者に等しい彼らが命を懸けて荷駄を守る理由はない。


「食糧占領しました!」


「よし、それじゃ引き上げだ!」


 ニーズホッグの声で兵士が食糧を運び始める。こうしてサミュエル軍20万の生命線ともいえる兵糧はあっけなくツイハーク軍の手に落ちた。20万の兵が一ヵ月を過ごせるだけの量である。ツイハーク軍にとっては、大戦果といっても過言ではない。4万の兵の5ヶ月分の食糧だからだ。


 輸送隊が襲われたという情報は、すぐさま元帥ソレルのもとにもたらされた。


ダンッ


 机が大きく凹む。


ダンッダンッ


 若干足を痛そうにしながらも何度も机を蹴る。


「おのれマクナイト・・・小賢しい真似を・・・」


 ソレルの顔が怒りで真っ赤になる。


「残りの兵糧はどれくらいだ」


「はっ、残りは1週間ちょっとと思われます」


 兵糧担当の返答にソレルはますます青筋を立てる。兵糧が襲われたことによって、サミュエル軍は数日の間に撤退する必要が生じたのである。なぜなら、それ以上の滞陣は食糧なしでおこなうことになるからだ。そうなれば兵士の士気は下がり、逃亡兵が出かねない。マクナイトの打った一手は、確実に大軍の急所を突いていた。


 いま撤退を決断すれば、兵2万を失ったばかりか兵站すら確保できかった愚か者のレッテルは免れない。ソレルはそれが気がかりであった。


「くそっくそっ、楽に終わる戦だと思っておったのに!」


 敵は小国ツイハーク。象がアリを踏みつけるように楽な戦だと信じて疑わなかった。その希望的観測が、今回の敗因を生み出したのかもしれない。


「・・・急ぎ撤退の準備をせよ」


 意を決したソレルは力なく命令を下す。こうして、エストリル城の戦いはサミュエル軍の完敗で幕を閉じた。


 その一方で、ツイハーク軍は歓喜の渦に巻き込まれていた。サミュエル軍の退いていく姿に、大歓声が上がる。その声を聴きながら撤退するソレルは、どれほど屈辱的な気分だっただろうか。


 喜びを共有するサミュエル軍の中に、マクナイト率いる一隊の姿はなかった。


「殿、サミュエル軍が向かってきます」


「ふん、やはりこの道を通るか。まだだ。もっと引き付けろ」


 マクナイト率いる一軍は、サミュエル軍を待ち伏せしていたのである。この恨み、晴らします。と言わんばかりに、兵士はありったけの矢を持っていた。


 敵の先鋒が通り過ぎると、マクナイトの声が響いた。


「いまだ!射かけろ!」


ヒュンヒュン


ザクッザクッ


「うわー敵だ」


「なんで敵が」


突然押し寄せた矢とその中に混じる魔法に狼狽する兵たち。マクナイトの追撃により、さらに千近い死者を増やすこととなった。


「マクナイト殿、遠距離攻撃のみでよいのであろうか」


 ベルクートは率直な疑問をマクナイトにぶつける。その答えはあっさりしたものだった。


「ああ、ソレルにはまだまだ生きて貰わないと困るからな。無能な人間が元帥でいてくれた方が、今後も勝ちやすくなる」


 無能な人間の方が組織の弱体化に期待できる。何もしなくても勝手に弱体化してくれるほど、ありがたいことはない。


「なるほど、そういう深謀遠慮がござったか。勉強になりました」


 もし全軍でソレル目指して突撃していれば、きっとソレルの首は獲れただろう。しかし、それはソレルに代わる新たな元帥を生み出すことにほかならない。殺さない程度にいじめる。マクナイトはその妥協点として、遠距離攻撃のみの奇襲を実行したのであった。

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