第9話 出陣
ティアネスから手紙の返事が来た。ナシュレイが率いる4万の兵がヘルブラントを発ったという。明日にはここに到着することだろう。
この一年間の集大成を見ておくことにする。昼食を終えた俺は訓練場へ向かう。
訓練場を訪れると、相変わらずナルディアが旗を持って指揮をしている。前と違うのは、キキョウも旗を持っていること、兵の動きが大違いであるという2点だ。見違えるほどに兵の動くが変わっていた。俺が見ていることにナルディアが気づいた。
「ジーク、どうしたのじゃ?」
「明後日、出撃することになった」
それを聞いたナルディアとキキョウはサッと旗を振る。すると、動いていた兵たちが中央に集まり整列していた。
「お見事」
俺は拍手で喝采の意を示す。ナルディアとキキョウがふふんと得意げにしている。
「師匠と私が訓練したんだから当たり前でしょー?」
「そうだな。キキョウもよく頑張った」
キキョウの頭をなでる。
「えへへ」
そんなキキョウの姿を見てナルディアが頬を膨らませていた。どうやら拗ねているようだ。
「ナルディアも、ほら」
ナルディアの頭をわしゃわしゃする。
「むぅ、おぬし・・・ちょっと乱暴ではないか?」
口ではそう言っているが、とても嬉しそうだ。ナルディアは兵士に見られていると気づきハッとする。そして兵士の方に身体を向ける。
「おぬしら、ジークからの言葉じゃ。ありがたく聞くがよい」
あまりの落差に俺は笑いが隠せない。とはいえ、それを見せては大将失格だ。気を引き締めて兵士の方を見る。
「明後日、ハルバード城とアンドラス城を取り戻すために出撃する。その前に大事なことを伝えようと思う。馬上槍を習得した者は火焔隊に、そうでない者は黄焔隊に分ける。火焔隊の隊長はキキョウに任せ、黄焔隊はナルディアに任せる。それぞれ赤色と黄色の防具を着用するように!働きによっては褒美も増やそう。存分に力を奮ってくれ!」
「「「おーーー!」」」
兵たちの士気は十分高い。今回の遠征は上手くいきそうだ。
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翌日、ナシュレイ率いる兵が到着した。
「ジーク殿下、ご無沙汰しております」
「久しぶりだなナシュレイ、元気そうで何よりだ。だが・・・どうして殿下と?」
久々に会ったナシュレイと近況を報告する。でも今までと違って殿下と俺を呼ぶのは違和感があった。
「姫様とご結婚なされ、ジーク様は王族となられました。そのため殿下とお呼びしております。また、国王陛下よりそれがしをご指名くださったと聞きました。誠に光栄に存じます」
ナシュレイが殿下と呼ぶ理由は至ってシンプルであった。自覚はなかったが、俺も王族になったのだ。殿下と呼ばれるのも当然である。
「いやいや、こちらこそよろしく頼む。俺もナシュレイなら何かと頼みやすいからさ」
「もったいないお言葉です。それはそうと、ここまでに立派な街道ができておりました。これも殿下のお力によるものです。恐れ入りました」
へえ、街道ができたのか。城に籠っていてすっかり忘れていた。俺の提案した政策も着実に実行されているということだろう。我が事のように嬉しい気分になる。
「そうだナシュレイ、ナルディアたちが鍛え上げた兵を見てくれないか」
「おお、それはぜひ拝見させていただきたい」
俺はナシュレイを連れて訓練場にやってくる。今日もナルディアとキキョウが訓練をしている。
「ナルディア、キキョウ、ナシュレイが来たぞ」
「姫様、キキョウ将軍、ご無沙汰しております」
キキョウは将軍と言われて目に見えて嬉しそうだ。どうよ?と言わんばかりの視線をちらちら向けてくる。挨拶しろというジェスチャーを送り返すことにした。俺はキキョウに役職を付けてなかったが、確かに対外的には将軍である。
「ナシュレイさんこんにちは!」
「ナシュレイか、アインタール城の守備、ご苦労様であった」
ナシュレイは恐れ入りますと頭を下げる。なんかキキョウの挨拶が浮いているような気もするが、仕方ないと言うことにしよう。
「ナルディア、キキョウ、訓練の成果を見せてやってほしい」
俺の言葉に従って、ナルディアとキキョウは旗を動かし兵を操る。
「おお、なんと見事な!」
今日は実際に戦いで着用する防具をつけての訓練だ。赤色と黄色の兜や鎧をつけた兵士が統一された動きをする。やはり、色の効果は絶大である。数が多いとそれだけで威圧感が凄いのだから。結果として、火焔隊に所属することになったのは4,500人、残りの5,500人は黄焔隊である。火焔隊の兵数は予想より少し足りないが、その働きを期待せずにはいられない。
夕方、ミシェルから手紙が送られてきた。マクナイトがツイハーク王国の将軍になったこと、それに怒ったサミュエル連邦が20万の兵で攻め寄せてきたという内容である。
「ハンゾウ」
ハンゾウがどこからともなく現れる。すっかり忍者らしくなってきた。
「ツイハーク王国に向かったサミュエル軍がどうなったか偵察してきてくれ」
「承知いたしました」
ハンゾウがいなくなるのを見届けてミシェルへの返事を書く。シャルナーク王国は明日出撃するという内容だ。また、ツイハーク王国がどうにもならなくなったら、ここへ逃げてくる選択肢もあると付け加えている。
翌日、俺を総大将とした5万の兵がナミュール城を出立した。ナシュレイの言うように、街道が完成していた。これにより、行軍期間の短縮が可能となった。目指すはアンドラス城である。
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所変わってツイハーク王国のエストリル城。マクナイトの亡命後、しばらく時間をおいて元帥ソレル自ら20万の兵で攻め寄せてきた。
エストリル城に20万が向かっていると聞いて、王都ツイハークは騒然とする。
「20万とは・・・我が国の総兵力の2倍ではないか!」
セオドールは焦燥を隠せない。
「セオドール、焦っても仕方ありません」
宰相の動揺をアスタリア女王はたしなめる。
「そうよセオドール、姉さんの言うとおりだわ」
ミシェルもアスタリア女王と同じ意見である。
「しかし・・・」
「まあまあ、私に任せなさいって」
セオドールと対照的にミシェルはどこか楽観的だ。
「マクナイトー」
ミシェルがマクナイトを呼ぶと、待っていましたとばかりにマクナイトが入ってくる。
「ただいま参上しました」
マクナイトは挨拶をする。
「マクナイト将軍、よくぞおいでくださいました」
アスタリア女王の言葉に続けてミシェルが具体的な内容を煮詰めていく。
「兵はどれくらい欲しい?」
「2万で十分です」
マクナイトは端的に答える。マクナイトとミシェル以外の者は、一様に驚きの声をあげる。サミュエル軍は20万もの兵を率いていることから、2万はわずか10分の1である。
「さすがマクナイトね」
ミシェルの賛辞にマクナイトは当然だという態度で返す。
「ソレルに大軍をまとめる才能はない。それにサミュエル軍がどの程度の強さかは俺がよくわかっている」
サミュエル連邦に所属していたマクナイトはサミュエル軍の練度、命令体系を十分に把握している。ましてや今回の総大将は元帥ソレルである。お互いに勝手知ったる関係だ。
「だ、そうよ姉さん」
「わかりました。それではマクナイトさん、2万の兵を与えます」
アスタリア女王はマクナイトの提案を受け入れる。
「ありがとうございます」
「ミシェルには後詰めとして2万を与えます」
こうしてツイハーク王国の陣容は決定した。各地の守備兵を最小限残して、戦いに投入できるすべての兵力を投入している。事実上の危急存亡の事態である。
「わかったわ。エストリル城に入るわね」
「二人とも、どうかこの国をよろしくお願いいたします」
マクナイトは頭を深々と下げ、ミシェルはニコッと微笑む。
サミュエル軍20万対ツイハーク軍4万。実に5倍もの兵力差で開戦の時を迎えようとしていた。




