第7話 亡命
「総統閣下、まもなく遠征軍が帰還する模様です」
「わかりました。しかし・・・非常に残念です。マクナイトさんが善良なる市民を殺害するような危険人物であったとは・・・」
シリウスは大袈裟に残念そうな態度を表に出す。
「総統閣下、それはワシも同様です」
シリウスとソレルは総統室でマクナイトの到着を待つ。この段階では、ソレルの心にマクナイトを信じる心が残っていた。
「総統閣下、大変です!マクナイトの姿がありません」
副総統カインツがドタバタと部屋に入ってくる。
「なんですと!?・・・お聞きになりましたかソレルさん、マクナイトさんは逃げたそうですよ」
ソレルは膝をついて座り込む。
「おのれマクナイト・・・軍を裏切ったというのか・・・」
「カインツさん、急ぎ指名手配をしなさい。絶対に他国へ逃がしてはなりません」
「はっ!」
副総統のカインツはシリウスの命を受けて指名手配の準備に取り掛かる。その一方で、元帥ソレルは失意のあまり膝をついたままであった。
「ソレルさん、あなたはそこに座り込むことが、いまするべきことですか?」
見るに見かねたシリウスはソレルに声をかける。
「いえ、追っ手を差し向け、マクナイトの家を捜索します」
シリウスの言葉に気を取り直したソレルは立ち上がる。
「そうですね。それがよろしいでしょう」
「失礼いたします」
「ええ」
ソレルが総統室を出ると、シリウスは一人笑うのであった。単純な男だと。この国の軍人にとって、罪のない民間人に手を出すのはあってはならぬこと。ましてや故意に虐殺したなど、軍の恥でしかない。この話をソレルに話したら、にわかに信じられないという反応だったが、マクナイトが逃げた以上信じるほかない。軍の大将が他国民を虐殺したうえに逃げたというのは、大変な不祥事である。これで軍はシリウスに頭が上がらなくなった。パトリシア城で民衆を扇動し、クーデターを促し、パトリシア城内の全ての井戸に毒を混ぜたのは他ならぬシリウスの部下だったのだが・・・。
しばらくすると、ソレルが申し訳なさそうに総統室へ戻ってきた。
「総統閣下、申し訳ございません。マクナイトの家は誰もおりませんでした」
「そうですか。これでマクナイトさんが計画的に逃げたということがわかりましたね。軍は国民にどう説明するのでしょうか」
シリウスは軍が無能であるというようなニュアンスを含ませる。
「面目次第もございません・・・」
ソレルは平身低頭、申し訳なさそうな雰囲気を出している。しかし、そこに屈辱的な怒りを含んでいることをシリウスは見逃さない。シリウスは自身が完全にソレルの上位に位置していることを認識した。そのあまりにも滑稽な様子にシリウスはあふれ出る優越感が一瞬表情に出る。ソレルの反対側、すなわち窓側を見ていたため、その様子は誰にも気づかれなかった。
「まあいいでしょう。何が何でもマクナイトさんを捕まえてください。それからのことは後で考えることにしましょう」
ソレルは頭を下げて、部屋を出ていった。元帥としての顔を潰されたソレルは憤怒にまみれていたという。軍に戻ったソレルは実質№2のガルヴィンを呼ぶ。
「ガルヴィン中将、聞いたか」
「あのマクナイトが逃げるとは・・・」
ガルヴィンにとってもマクナイトの逃亡は寝耳に水だったのだろう。
「よかったな、これでお前が大将だ」
ソレルの一言に、はっとした表情になったガルヴィンはいやらしい笑みを浮かべた。
「はっ、ありがとうございます」
ソレルはシリウスに頭を下げるのは気に入らないが、この事態は歓迎していた。それどころか上機嫌であった。
シリウスの前でマクナイトを信頼しているように見せていたのは演技である。内心は、7城を落としたマクナイトを脅威に感じていたのである。自身を上回る武功を立てた部下など好ましくない。そう思っていた時に、この顛末である。笑いが止まらないというのは、まさにこのことである。これで自身の元帥としての地位は安泰である。
「さて、さっそく全方向に追っ手を出してくれ。逃げたマクナイトを捕まえるのだ。生死は問わん」
生死を問わないと聞いて、ソレルとガルヴィンの二人はほくそ笑む。死んでしまえばあることないことを擦り付けることが可能になるからだ。
「はっ!」
「ガルヴィン《《大将》》、頼んだぞ」
まもなくマクナイトに代わってガルヴィンが大将となることが正式に発表された。
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マクナイトと4人の部下は、ツイハークを目指して北上中である。ちょくちょく馬を休ませるために休憩する以外は不眠不休で駆け抜けている。
「ダフネ、あとどれくらいだ」
「明日にはツイハーク領内に入れるかと」
「よし、少しだけ仮眠を取ったらまた進むとしよう」
ここ数日走り詰めで人馬共に疲弊している。幸いなのは、ここにいる部下が歴戦の武人であるという点だ。多少の無理なら問題ない。
2時間程度睡眠をとり、また馬で駆け出す。
「追っ手は来ますかね」
「わからん・・・が、油断する理由はない」
「でも俺たちに挑んでくるバカはいないですよー」
「ふっ、意外といるかもしれんぞ?」
そういうとマクナイトは後ろを振り返る。
「なっ、あの土煙は・・・」
「ああ、追っ手だろうな。よく俺たちを見つけたもんだ。数は・・・50くらいか?」
「ここはお任せを」
「殺さない程度にひねってこい」
ジェレミーはあえて追いつかれるように馬の速度を落とす。
「誰だあいつ!」
「俺たちの邪魔するようだ。仕方ない、攻撃しろ」
追撃兵が口々にそういうと、剣を抜いてジェレミーに襲い掛かる。
「・・・甘い」
ジェレミーの剣に触れた兵は、全員もれなく武器を飛ばされる。
「なっ」
「こいつ、どんな技を使っているんだ」
兵士たちは軒並み驚いているが、単にジェレミーの剣圧に負けたというだけである。
「次は斬る」
ジェレミーの一言の効果は絶大だった。もとより兵士が束になったところで敵わない相手である。
「撤収だ」
「しかしっ!」
「悔しいが我々では敵わないのだ・・・わかったか?」
「はっ、撤収するぞ!」
隊長と副官が撤収を決断する。その様子を見届けたジェレミーは剣を収め、先行するマクナイトたちを追いかける。
大した追撃を受けることなく、マクナイト一行はツイハーク王国領内に到達した。現在地から最も近いエストリル城を目指してひたすら駆ける。まもなくエストリル城に入城するのであった。
城主ホルスタットに事情を説明すると、女王に確認するからという理由で数日間客人として滞在することが許された。
それから数日もしないうちに、王都ツイハークへ案内せよという命令が来た。マクナイトたちはホルスタットに伴われ、王都ツイハークへ向かうのであった。
「女王陛下、ホルスタットです」
「ホルスタット、遠方からわざわざごめんなさい。そこにいるのがマクナイトさんですね」
ホルスタットは深々と頭を下げ、指名を受けたマクナイトが挨拶する。
「いかにも、私の名はマクナイト。かつてサミュエル連邦の大将を務めておりました」
女王の隣に立つセオドールが口を開く。
「あなたがパトリシア城で住民を虐殺したと聞いていますが、実際のところはどうでしょうか?」
マクナイトはパトリシア城で目にしたことを話す。ダフネとニーズホッグも同様の主張をする。
「なるほど・・・」
「セオドール、偽りを申しているわけではなさそうですね」
「はい。率直に言えば判断に困っております」
「そうでしょうとも」
ツイハーク王国は確かに人材不足である。だが、もしマクナイトの亡命を認めてしまえば、それはサミュエル連邦との決定的な対立を意味する。いまサミュエル連邦と事を構えるだけの力はツイハーク王国にはないのである。
「姉さん、ちょっといいかしら」
場を静かに見守っていたミシェルが表に出てくる。
「ええ、いいわよ」
「マクナイトって言ったわね。あなたに聞きたいことがあるわ」
「なんでもどうぞ」
ミシェルはニコッと微笑みを浮かべて質問する。
「もしあなたをうちが引き取ったとして・・・サミュエル連邦はいつ頃攻めてくるかしら?」
「一ヵ月もあれば攻めてくることでしょう」
マクナイトは質問に淡々と答える。
「あなたにうちを守ることはできるかしら?」
あなたはツイハーク王国のために忠誠を尽くせるのか。どのような貢献ができるのか。ミシェルの聞きたいことはそれに尽きる。
「故郷を失った身です。力の限り尽くしましょう」
「そうじゃないのよ。亡命と見せかけて裏切るようシリウスに命令されてるんじゃないの?」
ミシェルの質問はごもっともである。しかし、その質問は淡々と受け答えしていたマクナイトの雰囲気を一変させるのに十分であった。まさに静から動へと変化した。
「俺がシリウスの手先・・・?あははははは、面白い冗談だ。恨みはあっても恩は何一つない」
「ふーん、そう・・・」
ミシェルは訝しげな目線を送る。
「ミシェル殿、マクナイト殿の言うことに偽りはござらん」
重い空気が流れる中、ベルクートは顔を上げ、空気の打開を試みる。
「あら、ベルクート、どうしてあなたがここに?」
ミシェルは、マクナイトの後ろでかしこまっていたベルクートを初めて認識した。ベルクートの勇名は隣国であるツイハーク王国にも轟いている。ミシェルは、戦場で相対した時にベルクートを認識していたのである。
「それは後ほど説明いたす。ゆえあって現在はマクナイト殿にお仕えしております」
「へえ、それは意外ね」
ベルクートは堅物として有名だ。彼が保証するというからには信頼することができる。ミシェルはアスタリアに向き合う。
「いいんじゃない姉さん。ベルクートもそう言ってるんだし」
「しかし妹君」
セオドールはマクナイトを信用できずに食い下がる。
「まあまあセオドール、うちが将不足なのは本当でしょう?」
「それはまあ・・・そうですが」
現状のツイハーク王国では、サミュエル連邦と対等に渡り合える将がいないのは周知の事実である。
「それにね、あと数ヵ月待てばシャルナーク王国が動くわ」
ミシェルのもたらした情報はセオドールを揺り動かす。
「その情報は確かですか?」
セオドールが確認する。
「ええ、間違いないわ。もし攻めてきたら、それまで耐えきればいいだけでしょ?マクナイトも協力してくれるわよね?」
マクナイトは頷く。
「いまのサミュエル連邦の軍には俺を超える奴はいない」
「あら、あなた凄い自信ね」
「当たり前だ。シリウスの犬になど負けはしない」
「だ、そうよ姉さん?」
ミシェルはマクナイトの宣言に満足し、姉であるアスタリア女王に目を向ける。
「わかりました。マクナイトさん、あなたをツイハーク王国にお迎えします。
セオドール、いいですか?」
「女王陛下の御心のままに」
「女王陛下、感謝いたします」
マクナイトと4人の部下は深々と頭を下げる。たったいまツイハーク王国は長年の悩みを解消することができた。大軍を率いることのできる将が誕生した瞬間である。
生前、サミュエル連邦の元元帥イリスは元総統ニクティスに話していた。マクナイトに大事を任せてはならぬと。それは、あまりにも恵まれた才能による奢りがいつか大失敗を招くのではないかと懸念する親心ゆえの言葉だった。
結果として、イリスの言葉は形を変えて現実となった。もっとも、マクナイト本人の失敗ではなく、権力争いの末の出来事であったが。
サミュエル連邦に対する強い恨みを秘めた猛虎がいま、ツイハーク王国で目覚めようとしていた。




