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シャルナーク戦記~勇者は政治家になりました~  作者: 葵刹那
第二章 ナミュール城主編
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第4話 旧ベオルグ公国領討伐戦②

 これは、マクナイトが全軍の集結地であるアルメール城に向かう前の話である。サミュエル連邦総統のシリウスは自身の策が不首尾に終わったことを悟っていた。総統室にはこの部屋の主であるシリウスのほかに副総統カインツが訪ねて来ている。


「総統閣下、この度のツイハーク王国の対応、誠に残念でございました」


「私の読みが足りなかったようです。仕方ありません」


「決してそのようなことは・・・。現にベオルグ公国は国として成り立たなくなりました。これも全ては総統閣下のお考えになったことの成果です」


「確かにベオルグ公国の崩壊までは私の計算通りでした。ですが、ツイハーク王国が流民を殺してまで自国を守るとは思いませんでした」


「おっしゃる通りです。女王の人柄を考えれば、総統閣下のお読みになった通りになるはずです」


「ツイハーク王国の上層部には優秀な人材がいるようですね。こうなった以上、次善策を用いることにします」


「どなたを差し向けましょうか?」


「マクナイトさんあたりはどうでしょう?」


「妥当な人選だと思われます。それではマクナイト大将閣下をお呼びします」


 カインツが一旦総統室を出てしばらくするとマクナイトを伴って戻ってきた。


「総統閣下、お呼びでしょうか」


「マクナイトさん、待っていましたよ。あなたにはベオルグ公国を攻めていただきます。いまでは旧ベオルグ公国領と言った方が正しいですね。10万で足りますか?」


「問題ありません。承知しました」


「そうそう、もし道中で流民を見かけたらここに来るように伝えてください。彼らは行く当てもないはずですので・・・もちろん、衣食住は私が保証します」


「降伏を望まない者はどういたしましょうか」


「マクナイトさんにお任せします。ですが、そのような愚か者は殺してしまっても結構です」


「はっ、それでは早速出立したいと思います」


「《《道中》》どうぞお気をつけて。吉報を待っています」


 こうして旧ベオルグ公国領討伐の総大将にマクナイトが任命された。しかし、総大将を任されたマクナイトの心中は穏やかではなかった。前総統と繋がりの深い自分を総大将に抜擢するなど、派閥争いのあるこのご時世になかなか不可解な人選だからだ。というのも、新総統にシリウスが就任して以降、ニクティスのもとで上層部を担っていた政治家は全て閑職に追いやられた。軍に関する人事だけは目立った変化がなかったものの、ニクティスの盟友として有名なイリスの後継者とも目されるマクナイトがシリウス政権下で重宝されるとは思いにくい。そんな中、大将への昇格に関しては妥当とはいえ不可思議な人選であった。

 政権交代前のサミュエル連邦では、マクナイトの他の中将にガルヴィン、ビルダルクがいたものの、ガルヴィンはクヌーデル城攻めで大敗を喫し、ビルダルクはシアーズ城攻めの最中に討ち死にしてしまった。その一方でマクナイトはアンドラス城を攻略している。それを考えれば、大将に昇格した理由はまだ理解できる。だが、今回に限ってはシリウスに近い将官を総大将にする方がよほど自然だ。敵は軍でもない単なるゲリラ部隊なのだから、近しい者に武功を立てさせる良い機会なのである。それを考えたマクナイトはこの侵攻に裏があるのではと気が気ではなかった。


ーーーーー


 ブロワ城の無事に陥落させたマクナイト率いる一軍は、次なる攻略予定地であるモンリュソン城を目指していた。


「次に向かうモンリュソン城はベルクートが守っているらしい」


「ベルクート?俺は聞いたことないです」


「それは意外だな。ニーズホッグなら知ってるものだと思ってたよ」


「殿、そうもったいぶらずに教えてくださいよ」


「ベルクートはベオルグ公国でも有数の武人で、なんでも大鉞おおまさかりで戦うんだとさ」


「となると、俺の出番ですか?」


「そうなる可能性が高いな。まあ、もしお前と互角にやり合うんならぜひ俺の部下にしたいものだな」


 マクナイトとニーズホッグはいつもの調子で会話しつつ馬を進めている。すると、遠くにモンリュソン城が薄っすらと見えてきた。


 モンリュソン城は、今回の討伐戦において最も厄介なベルクートと呼ばれる武人が守っている城である。ベルクートは元々モンリュソン城の城主を任されていた。

クーデターにより元首クレール率いる政府中枢が壊滅すると、部下や領民に乞われ、そのままモンリュソン城の城主として独立した。

 義侠の士として名の通っているベルクートは、すばやく食料・物資を配給制にし、無用な衝突が起こらないように配慮するなど治政にも力を発揮している。その甲斐あってか、このモンリュソン城だけは流民があまり発生しなかった。そのため、ゲリラ部隊が多く占領している旧ベオルグ公国領において、守備兵がそのまま守っている唯一の城である。


 モンリュソン城が見えてきてからしばらくすると、先頭を進むジェレミーから使いがやってきた。


「大将閣下、ジェレミー大佐より伝言です。モンリュソン城の前に敵軍ありとのことです」


「城の前に敵だと?へぇ、面白いじゃねえか。そのまま進むように伝えてくれ」


「承知いたしました」


 ジェレミーからの使いはそのまま来た道を引き返していく。


「敵は堂々と一戦交えるつもりでしょうか?」


「さあな、でももし向かってきたらそれこそ犬死だ。ベルクートが猛将だとしてもそこまでバカじゃないだろ。とりあえず様子見だな」


 さらに進み、マクナイト率いる後軍もモンリュソン城の手前まで到達した。


「ジェレミー、敵の様子はどうだ」


「動きはなく、先頭にベルクートらしき者がいます」


「俺たちが着くのを待っていたとなると、話し合いをしたいのかな?」


「あるいは正々堂々とマクナイト様と戦いのかもしれません」


 ダフネがもう一つの可能性を提示する。


「ああ、その可能性もあるな。どれ、ちょっくら挨拶しに行きますか」


 そういうとマクナイトは敵陣に向かおうとする。


「お待ちください!それは、あまりにも危険ではありませんか」


 ダフネがすかさず諫言する。


「いや、大丈夫だ。噂通りのやつなら騙し討ちなんかしないよ。ニーズホッグ、お前もついて来てくれ」


「わかりました」


 マクナイトとニーズホッグの二人は、両軍の睨み合う中央付近まで馬を進める。ベルクートも間を置くことなく中央へ馬を進めた。こうして両軍の総大将が中央で相まみえることとなった。


「そこにいるはマクナイト殿とお見受けいたす」


 ベルクートが口火を切る。


「ああ、俺がマクナイトだ」


「それがしはベルクート、わざわざおいでいただき感謝する」


「なあに、礼はいらん。ちなみに隣にいるのはニーズホッグだ」


 ニーズホッグはマクナイトの紹介を受けて会釈する。


「紹介痛み入る。早速だが、それがしと手合わせ願いたい」


「俺にお前をわざわざ相手する理由などないが?」


「それがしが勝てば、軍を退いて頂きたい。もしそれがしが負けるようであれば、降伏いたす。それがしの命と引き換えに、城兵や領民の命をお助け下され」


「負けたら城兵たちの命を助けろってのは虫がいいとは思わないのか?」


 ベルクートは馬上で深く頭を下げる。


「それは重々承知、されど我らは孤立無援。どうか罪なき者のお命だけはご容赦願いたい」


 マクナイトは笑顔で隣のニーズホッグに耳打ちする。


「な?義侠の士って言われるだけのことはあるだろ?」


「それはわかりましたが、勝負はどうします」


「もちろんお前に頑張ってもらうさ」


 ニーズホッグは苦笑いを少し浮かべると、すぐ真剣な顔になる。


「俺の出番ってことですね」


 マクナイトは頷くとベルクートに声をかける。


「城兵と領民の助命は承知した。その代わり、もし俺が勝ったらお前を殺さず俺の配下にする」


 予期せぬ返答にベルクートは驚きの声をあげた。


「それがしに生き恥を晒せと申されるか!」


「まあまあ、そういいなさんな。後ろの兵たちの顔を見てみろ。誰もお前が死ぬのを望んでないんだよ。サミュエル連邦に尽くせとは言わない。だから俺に尽くせばいい。俺が仕えるに値しなければ、いつでも去っていい。これでどうだ?」


「よほど、勝負に自信があると見た。承知した。その条件を受け入れましょう」


「あ、そうそう、戦うのはこのニーズホッグだけど構わないか?」


「貴公の代理と言うことであれば異存はない」


「よし、それじゃ決まりだな。今から30分後、ここで戦うということにしよう」


「承知!」


 話し合いの済んだ両者は互いに自軍の方へ戻っていった。まもなく敵兵は城内に戻り、城壁の上から中央の様子を伺っている。

 サミュエル軍側は中央まで兵を進め、マクナイト、ジェレミー、ダフネの3人が床机しょうぎに腰かけている。床机とは、持ち運びに容易な折りたたみ椅子のことである。


 中央では、ベルクートが大鉞を構え、ニーズホッグが槍を構えて勝負の開始を待つ。


「貴公、準備はよいか?」


「ああ、いつでもいいぜ」


「いざ参る」


 ベルクートは馬を蹴り、ニーズホッグまでの距離を一気に詰める。


「はあっ」


 大鉞がニーズホッグを襲い掛かる。ニーズホッグは槍を両手で持ちそれを受け止める。


「ほお、さすがベルクートだ」


「ベルクートの力に、ニーズホッグの手が少し痺れたのでしょう」


「問題ない」


 観戦しているマクナイトたちは実況しながら見守る。その後も打ち合いが続き、早くも20合に達しようとしていた。


「貴公、お見事である」


「そういうベルクートもな。ここまでやり合うのは久々だ」


「ふっ、それはそれがしも同じ・・・てやっ」


 さらに打ち合うこと20合、合計すると40合に達しようとしていた。と、そこで勝負が動く。ベルクートが大鉞を振り下ろすように見せかけてニーズホッグの馬を蹴ったのである。驚いた馬は立ち上がるようにいななき、その勢いでニーズホッグは落馬してしまう。すかさずベルクートが追撃すると、ニーズホッグは転がってかわす。


「いいぞ!もっとやれ!」


「ベルクート様頑張れー!」


「ニーズホッグ少佐、立ち上がれー!」


「負けるなー!」


 両軍の兵士が白熱する一騎打ちに熱狂する。その様子は戦場と言うより闘技場の雰囲気であった。


「まずいわね」


「信じろ」


 ダフネとジェレミーが話す中、マクナイトは黙って二人を見守っている。

 不利な状況の中、ニーズホッグは奇策に出た。馬を駆って近づいてくるベルクートに蹴りをぶつけたのである。槍を地面に突き刺し、その勢いを利用して馬上のベルクート目がけて蹴りを入れたわけだ。棒高跳びの要領である。

 ベルクートはとっさに大鉞でガードするも、その勢いには抗うことができず落馬する。ニーズホッグは形勢逆転とばかりに槍を繰り出すもベルクートは避ける。

 こうしてまた五分の戦いに戻ったのである。さらに打ち合うこと10合、お互いに疲労の色が見えてきた。


「そろそろ頃合いか」


「マクナイト様?」


「お前たちはここで見ていてくれ。俺が勝負を止めてくる」


「わかりました」


「承知」


 そう言い残すと、マクナイトは中央へ徒歩で向かった。その先にはベルクートとニーズホッグが未だに激しく戦っている。


「両者、そこまでだ」


「殿、まだ勝負はついていません!」


「同じく、この勝負に引き分けなどあり得ぬ」


 マクナイトの仲裁に両者は聞く耳を持たない。このまま打ち合えばどちらかが死んでしまう。それはマクナイトにとって不都合極まりない未来である。

 仕方なくマクナイトは剣を抜く。そして大鉞と槍が交差する瞬間を目掛けて一気に間合いを詰め、剣を振り下ろす。

 両者の獲物はマクナイトの剣に抑えつけられ、動けなくなった。ベルクートは大鉞の自由を取り戻そうと必死に足掻くも、岩に圧し潰されているかのように全く動かない。


「そこまでだって言ったろ?」


 マクナイトからは尋常ならざる殺意が湧き出る。その様子にそれまでぎゃーぎゃーやかましく応援していた両軍の兵士がピタッと静かになった。

 ニーズホッグはやっべーという顔をしており、ベルクートは桁外れの力に圧倒されていた。


「ベルクート、ものは相談なんだが・・・大人しく降伏してくれねえか。お前たちにもし本国が手を出すようなことがあったら俺が守る。それで手打ちにしてくれ」


「されど・・・」


「俺が主じゃ不足か?」


 マクナイトは剣に力を込める。このままだとニーズホッグとベルクートの獲物が根元から折れてしまいそうな勢いだ。


「これだけの力を見せられたのです。滅相もない。・・・承知いたした。降伏いたす」


 それを聞いたマクナイトは剣に込めた力を緩める。ベルクートとニーズホッグはお互いの獲物を手元に戻す。


「よし、それでいい。んじゃ、これからよろしくな」


「はっ」


 こうしてマクナイトはベルクートを部下に加え、モンリュソン城を手中におさめるのであった。ジェレミー、ダフネ、ニーズホッグ、ベルクートは後にマクナイト四天王と称され、その働きは後世に語り継がれることとなる。

 なお、マクナイト率いる一軍最強の武人は、ジェレミー、ダフネ、ニーズホッグではなくマクナイトその人だった。モンリュソン城の後始末を追えたマクナイトたちは、次なる攻略目標のヴィッテル城へと向かった。

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