第3話 旧ベオルグ公国領討伐戦①
しばらくサミュエル連邦のマクナイトにスポットをあてた話になります。
私の名前はニクティス。サミュエル連邦の元総統である。さて、盟友イリスが亡くなってからどれほどの時間が流れただろうか。一日一日がゆっくりと過ぎていくように感じる。総統職を辞して、勇退を決め込んでからというもの、すっかり時間が遅く流れるようになってしまった。このニクティスの後任であるシリウスは、私の思いつかないような方法でベオルグ公国を追い詰めた。だが、私の目には戦争をするよりも残酷な方法で滅ぼしたと映っている。その証拠に、ニクティス元総統へと題された手紙が何通も私のもとに届いた。これらの手紙はベオルグ公国の元首クレールが差し出したものである。私はあえて中身を見ていない。いや、見る必要がなかったというべきだろうか。中身は仲裁を頼むものに他ならないと容易に想像できた。
その結果、元首クレールを始めとした指導部は反乱軍に殺された。そのあまりにも悲惨な末路に同情を禁じ得ない。さらにベオルグ公国の国民の多くが流民となったらしい。国は国民あってのものである。他国民だから何をしてもいいというわけではない。シリウスのやり方は、それを無視した危うさを孕んでいた。
結局、私はイリスの遺言をシリウスたちには伝えていない。新世代ともいえる彼らにとって、私やイリスの遺言など前時代の遺物でしかないと考えたからだ。なあイリスよ。後進を見守るとはこういうことなのだろうか。
「失礼いたします。ニクティス閣下、どうやら旧ベオルグ公国領への遠征が始まる模様です」
「そうか・・・総大将は誰だ」
「マクナイト大将閣下が10万の兵を率いるとのことです」
ツイハーク王国に流民が流れなかったことで、旧ベオルグ公国領の制圧を遅らせる理由がなくなったのだろう。
私は君の言ったように全てを後進に委ねた・・・。だが、見守るというのは存外しんどいものなのだな。
ーーーーー
旧ベオルグ公国領に最も近いアルメール城には総大将マクナイトを筆頭に10万の兵が続々集まっていた。ちなみに、マクナイトが大将に昇格した背景にはイリスの死がある。イリスの死により大将ソレルが元帥に昇格し、その後任に抜擢されたというわけだ。
マクナイトは兵士たちの参集を待つ間、城内で休憩していた。待機している部屋にノックをして側近と思われる将官が入ってくる。
「殿、準備が整いました」
「ご苦労!よし、それじゃ行くとしますか」
マクナイトは勢いよく立ち上がるとマントをたなびかせながら城壁へと向かう。城壁の眼下には10万の兵士たちで埋め尽くされていた。
「みんな、良く聞け!これからの戦いは俺たちの国にとって負けられない戦いだ!絶対生きて帰ってくるぞ!全軍、進軍開始っ!」
「「「おーーーーー!」」
10万もの兵士たちが大きな足音を響かせながら国境の先にあるブロワ城へと進軍を開始した。
ーーーーー
このことはブロワ城を占領していたゲリラにもその報告が入る。
「大変だ!サミュエルのやつらが攻めてきたぞ」
「おまえら慌てるな。敵はどれくらいだ」
「それがとにかく多いんだ!俺に数えることなんかできねえよ」
訓練を積んでいない兵には、敵の数を的確に判断する目は養われていない。そのため、敵が多いとしか表現できなかったのである。
「ちっ参ったな。どうするお前たち」
「俺たちにはもう国もなければ守るところもないんですぜ。とことん戦いましょう」
「おめえら・・・死ぬかもしれないぞ」
「もとより承知の上ですぜ。どうせ生きていたってあのシリウスとかいう悪魔に搾り取られるんだ。それなら死ぬ気で抵抗したほうがましってやつだ!」
「よくわかった!俺たちの意地を見せてやろうじゃないか!」
こうしてブロワ城を占領していた名もなきゲリラ部隊は徹底抗戦を決断する。わずか3千で10万の敵を迎え撃とうというのである。まさに死兵と化したゲリラ部隊にマクナイト率いる10万が襲い掛かろうとしていた。
ーーーーー
「大将閣下、もうまもなくブロワ城が見えて参ります」
「わかった」
マクナイトは周辺の地形を隈なく観察する。報告によるとブロワ城を占領しているゲリラ部隊はわずか3千程度だという。こっちがその気になれば一息に踏みつぶすことができる。だが、もし敵が徹底抗戦を考えているとしたら、そう単純な話ではなくなる。圧倒的に劣勢な時、とりうる選択肢は限られているからだ。
――奇襲攻撃である。
イリスに可愛がられていたこともあり、イリス亡きいま、その軍才はサミュエル連邦随一と言っても過言ではない。
「ニーズホッグ」
「はい」
「ジェレミーとダフネに警戒しろと伝えてくれ。斥候を出しながらゆっくり進んでもらいたい」
「承知!」
ニーズホッグは馬を飛ばして前方の部隊へと向かった。このニーズホッグ、ジェレミー、ダフネはマクナイトの側近たちである。ニーズホッグはこの3人の中で一番階級が低い少佐である。そのため、マクナイトの身の回りの警護を主な仕事にしている。それに対してジェレミーとダフネは共に大佐で、前線指揮を担っている。
「おーいダフネ、殿からの伝言だ」
「聞きましょう」
中軍を率いて進むのは、ダフネである。ダフネは、眼鏡をかけた女性であり、丁寧で礼儀正しいという性格から一見すると事務方かのように見られがちである。しかしながら、実際はマクナイトの側近であり、これまでの功績から大佐に抜擢されるなど優秀な指揮官である
「警戒を強めろとのお達しだ」
「わかりました」
ニーズホッグはダフネに伝言を伝え終えると、さらに馬を飛ばし前軍を率いるジェレミーのもとに向かう。
「ジェレミー!殿からの伝言だ」
「・・・」
ジェレミーは黙ってニーズホッグを見据える。一切口を開く気配がないのはいつも通りだ。
「えっと、警戒を強めろ、斥候を出しながらゆっくり進めだとさ」
「委細承知」
マクナイト3人目の側近であるジェレミーは、寡黙ながら与えられた仕事は確実に遂行するといういぶし銀のような人物である。いつも端的に物事を話すことから、とっつきにくい人と思われている。
「殿!しっかりと伝えてきました」
「ご苦労!さて、敵はいつ頃仕掛けてくるか楽しみだな」
伝令を終えたニーズホッグに労いの言葉をかける。
「敵は奇襲を仕掛けてくるんですか?」
「ああ、俺の読み通りならブロワ城が見えてくるこの辺りで攻めてくる気がするんだ」
「だから斥候を出しながら進むってことですね」
「そういうことだ。来るとわかっている奇襲なんざ怖くもない。もし奇襲してこないなら、向こうには逃げるか城を枕に討ち死するかの2択しかないからな」
「今日も殿の軍略は冴え渡ってますね」
「当たり前だ。鈍るとお前たちの命が危ないからな。何が何でも頭を使って考えるしかねえ。お前もちょっとは頭を使えよ?」
「いやー知っての通り、戦う方が俺の性に合ってるんですよ。頭を使うのは殿やジェレミー、ダフネにお任せします」
「ったく、お前ってやつは・・・」
「殿、一つ思ったんですけど、奇襲してくるならここに来るんじゃないですかね?」
マクナイトはニヤッと笑みを浮かべる。そして大仰に答える。
「おお、ニーズホッグにしてはいい質問だな。だが、答えは外れだ。ジェレミーが潜伏してる敵を見逃すと思うか?」
「そういえばそうですね。ジェレミーの慎重さなら潜伏している敵を見逃すわけないですもんね」
「その証拠に、ほら、進軍速度がさっきの比じゃないくらい遅くなっただろ?」
「ということは本気で敵を探しながら進んでるってことですね」
後軍でマクナイトとニーズホッグがそんな遣り取りをしている頃、先頭を進むジェレミーは異変を察知していた。斥候に出していた兵士の一人が帰ってこなかったのである。帰ってこないと言うことは、その方面に敵が潜んでいることに他ならない。
「1番隊、あの方向に向かって進め。敵と遭遇したら容赦なく殲滅せよ」
ジェレミーの端的な指示で前軍の一部隊が慌ただしく動き出す。そして、指示された方向へ進んでいくのであった。
その一方、不運なのはゲリラ部隊である。斥候を見つけ、これ幸いとばかりに殺してしまったのが仇になった。
「おい、敵がこっち向かってくるぞ!」
「ちっ、俺たちの存在がバレちまったか」
「誰だよ殺そうって言ったやつ」
「俺じゃねえよ」
「ええい、そんな言い争ってても仕方ねえだろ。バレたなら仕方ない。退くぞ!」
ゲリラ部隊のリーダーの一言で伏せていた千の兵たちはぞろぞろと戦場を離脱しようとする。敵が逃げ始めた様子を捉えた一番隊の兵は、これをジェレミーに報告する。
「わかった。進軍速度を通常に戻す」
(引くか・・・。侮りがたし)
ジェレミーはゲリラの素早い退却判断に感心するとともに警戒心を強めた。とはいえ、その警戒は敵将に対してであって、敵が逃げていったのであれば当面は強く周囲を警戒する必要はない。その判断から進軍速度を元に戻すのであった。
進軍速度が元に戻ったことで、敵がいたことをダフネとマクナイトは察知した。もっとも、速度が戻ったと言うことは対処済みという意味である。二人もジェレミーに合わせて進軍速度をあげる。こうしてゲリラ部隊の奇襲は失敗に終わり、ブロワ城に立て籠ることとなった。幸いにして撤退の判断が早く、敵と接触することなく城へ戻ることが出来た。
ーーーーー
ブロワ城の手前まで来たマクナイト率いるサミュエル軍は、ブロワ城を包囲する形で展開していた。敵の逃亡は許さないといわんばかりに、アリが逃げ出す隙間もないほど、多くの兵に取り囲まれていた。本陣では、ジェレミーとダフネも合流して軍議が開かれている。
「さて、どう攻めようか。なにかいい意見あるか?」
「マクナイト様、ここは兵糧攻めも手かと思います」
ダフネが率先して意見を提示する。
「反対だ」
「ジェレミー、そういう貴方にはなにか代案がおありで?」
「力攻めあるのみ」
力攻めとは言うまでもなく真正面から攻めることである。ダフネとジェレミーが真っ向から異なる意見を出したことを見届けたマクナイトが口を開く。
「二人ともいい案だと思うぜ。けどな、10万人分の食糧はバカにならない。それに、あと7個も城を落とさなきゃいけないからな。だから、俺は今日中に落とそうと思う」
「殿、策は」
ジェレミーがマクナイトに質問する。
「もちろんある。ニーズホッグ」
「はっ」
「お前は深夜のうちに50を率いて城内に忍び込め、それで城門を開けろ。城門が開いたら火矢を放ってくれ。それを合図にダフネの部隊に攻めさせる」
「アンドラス城攻めと同じ手を使うってことですね。さすが殿、俺も気張っていきます」
「お見事です」
「感服」
マクナイトは虎の子ともいえる得意戦法を用いることにした。3人の側近は思い思いの賞賛を送る。こうして軍の攻城方針は決まった。
夜になると、ニーズホッグが腕の立つ兵50人を連れてひっそりと陣を出る。この大陸では、城の守りに堀を使うことは少なく、その代わりに高い城壁が作られている。城壁の前に来ると、ニーズホッグは鉤縄を取り出し、勢いよく回転させて城壁の最上部分に投げ込む。縄をひっぱり、鉤がしっかり引っかかっていることを確認する。従う兵たちも同様に鉤縄を数本打ち込む。こうしてあっという間に城へ潜入する手段が得られた。
ニーズホッグを先頭に兵士たちが壁を縄でよじ登る。敵が城壁の上に立つニーズホッグを確信したころにはもう手遅れであった。
「お前たちは城門を開けろ。俺は敵を蹴散らしてくる」
「「「ははっ」」」
そう部下に命じると、不寝番をしていた敵を持っていた剣で斬り倒す。不寝番は味方に敵襲を告げることなくあえなく絶命した。
ガガガという扉の開かれる音が静かな城内に響く。ニーズホッグは弓に持ち替え、火矢を遥か空中に向けて放つ。
「どうやら上手くいったようですね。進みなさい!」
ダフネの号令により3千の兵が城門に向けて進撃する。城門の開く音で飛び起きたゲリラ部隊は、為す術がないままダフネ率いる部隊に殺されることとなったのである。
「ちきしょう。敵が忍びこんでやがったか」
「くそっ、こうなったら一人でも多く道ずれにしてやる」
と息巻いて立ち向かっていく者もいれば、「助けてくれ」、「降伏する」とダフネを前に助命を願う者もいた。
「残念ですが、貴方たちを助けるわけにはいきません。皆殺しにせよとのご命令です。せめて、苦しまずに逝かせてあげましょう」
ダフネは自慢のレイピアを目にもとまらぬ速さで繰り出す。敵兵の心臓を的確に突くその一撃により、多くの者が一瞬で息絶えた。こうして夜が明ける前に、ブロワ城に籠る3千の兵たちは全滅した。一夜にしてブロワ城のゲリラ部隊が全滅したという情報は、旧ベオルグ公国領の城を占領するゲリラたちの肝を冷えさせるには十分な効果があった。




