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シャルナーク戦記~勇者は政治家になりました~  作者: 葵刹那
第二章 ナミュール城主編
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第2話 ミシェルとの再会

 俺たちがナミュール城についてからしばらく経った。毎日のように鬼教官ナルディアの訓練がおこなわれており、その一方でハンゾウたちも謀略部隊としての立ち回りをしっかりと部下に教え込んでいる。それぞれが果たすべきことを果たしており、順調な滑り出しといえよう。俺がムネノリと共に執務室で事務仕事を片付けていると、扉が勢いよく開けられた。ノックもしないで開ける無礼者は誰かと目を向けると、そこにはミシェルが立っていた。


「はーい、ジーク。久しぶりね。ねー聞いたわよ。あなた、ナルディアと結婚したんだって?」


 いきなり核心を衝いてきた。俺はもうこの時点でミシェルのペースに巻き込まれていた。


「や、やあミシェル。久しぶりだね」


「もう、ちょっとは私のことを待ってくれてもいいのじゃなくて?国王から結婚したと聞いて驚いちゃったわよ。あとでナルディアにきっちり聞くことにするわ。それで、ナルディアはどこにいるの?」


 ミシェルは妖艶な笑みを浮かべる。


「あ、ああ、いまは練兵場にいると思う」


「わかったわ。ありがと」


 そういうとミシェルはスタスタと出ていった。嵐が過ぎ去ったかのように執務室は静まり返った。


「あの、先生・・・いまのは?」


「あ、ああ、あれはミシェルと言ってツイハーク王国の女王アスタリアの妹だ。この前の旅行で仲良くなってな」


「そういうことでしたか・・・にしても嵐のような方でしたね」


「まったくだ・・・何事もなければいいがな」


 俺は大きくため息をつく。


ーーーーー


 練兵場ではナルディアとキキョウが兵士の訓練をおこなっていた。


 ナルディアは手に持つ旗をさっと右に振る。すると兵士たちは右へ走り始めた。

次に旗を左へ振る。兵士たちも左へと向きを変え、走り始める。


「そこっ、遅れておるではないかっ!」


 方向転換についていき損ねた兵士に檄が飛ぶ。そんな中、ナルディア目がけて円月輪が飛んでくる。クルクルと回転しつつ、凄まじい勢いで迫る。


カーンッ


ナルディアはとっさに旗を捨て、片手に持つ槍で刃を弾く。甲高い金属と金属がぶつかる音が鳴り響いた。


「何者じゃ!余をナルディアと知ってのことか!」


 ナルディアを注視している兵士やキキョウも突然の出来事に固唾を呑んで見守る。


「ええ、もちろん知ってのことよ」


 そういいながらゆっくり歩いて現れたのはミシェルである。


「おぬし・・・来ておったのか。にしても趣味の悪い挨拶じゃの」


「あら、私のできる最高の挨拶よ?気に入らなかったかしら?」


「ふ、ふふふ・・・ミシェル、余はここで戦っても良いのじゃぞ?」


 すっかりミシェルのペースに巻き込まれたナルディアは眉間に皺を寄せ、いますぐにでも怒りだしそうな状態である。


「ねえナルディア、あなた結婚したんですって?ここは素直におめでとうと言っておくわ」


 自分から火種の原因をつくったミシェルはというと、ナルディアの殺気を意にも介さぬ様子で笑顔で結婚を祝福する。突然の祝言にナルディアはすっかり毒気を抜かれた。


「う、うむ。感謝する。おぬし・・・わざわざそれを言いに来たのか?」


「もちろんそうよ?ナルディアなら避けられるとわかって円月輪を投げたのよ」


 ミシェルは手をフリフリとしながら当たり前でしょと笑う。


「そこまでわかっててやったのか・・・ふむ、まあよい」


 もし避けられなかったらどうするつもりだったのか・・・。ナルディアはボソッとつぶやく。そんなナルディアを気遣う様子もなくミシェルは再び火種を投下する。


「あ、私、ジークの愛人でもいいのよ?」


「まったく・・・おぬしというやつは・・・」


 ミシェルの軽口にナルディアはすっかり呆れていた。そして二人はすっかりいつも通りの調子に戻っていた。お互いにぷっと噴き出し、あはははと盛大に笑っていた。


「おぬしとゆっくり話していたいところじゃが、いまは見ての通り訓練中じゃ。終わったらゆっくり話そうではないか」


 ナルディアは地面に落とした旗を再び手に持つ。


「ええ、それで構わないわ。またあとでね」


「うむっ」


ーーーーー


 ミシェルは伝言通りにナミュール城へ来てみたものの、ジークとナルディアはまだ仕事中ですっかり暇を持て余していた。政治的な意味でも話すことは山積みなのだが、仕事を妨げるほどのものではない。しばらく城内を見て回ることにした。町の作り方も国によっていろいろあるようで、自国とも違えばサミュエル連邦で見てきた町並みとも違う。ミシェルは興味深く見て回り、時間を潰すのであった。


 陽が傾き始めた頃、城へと向かう。城館に戻ると訓練を終えたナルディアが廊下を歩いていた。こちらの姿を捉えたようである。


「おお、ここにおったか。探したのだぞ」


「あら、悪いわね。暇だったからナミュールの町並みを見ていたのよ」


「ジークは執務室におるが、どうする?」


「うーん、そうね、先に面倒な話を片付けちゃいましょうか」


 こうして二人はジークのいる執務室へ向かい、まもなく執務室に着いた。ナルディアがノックすることなく扉を開ける。


「お前らってほんとにお似合いだよな・・・」


 ノックをせずに入ってくるという共通点を見て、俺は思わず声に出してしまった。


「うむっ、余とミシェルは友じゃからのう」


「ねえナルディア、きっと褒めてないわよ・・・」


 ミシェルにだけは俺の呆れている感情が伝わったようだ。


「なんじゃ、そうであるかジークよ?」


「ああ、ミシェルは意味が分かったようだけどな」


 むうとナルディアが拗ねる。ほんとにこういう素直なところは可愛いのだ。


「ジークはもうお仕事終わりかしら?ちょっと3人で話さない?」


 俺と一緒に仕事をしているムネノリも察したのか進んで部屋を出ていく。どうやら大事な話があるようだ。仕事机から応接用の椅子に場所を移す。


「出ていった彼には少し申し訳ないことをしたわね」


「あまり他言したくない話があるんだろう?それなら仕方ないことだ」


 ミシェルなりに気を遣ってくれているようだ。


「ええ、国王にも申し上げたけど、サミュエル連邦が動いたわ」


 シリウスによる通貨供給量の調整によりベオルグ公国でなにが起こったのかを丁寧に説明してくれた。うちの情報網はサミュエル連邦のみを対象としていたので、この情報は初耳であった。とはいえ、ベオルグ公国の顛末に驚きはない。金の力がどれほど強大かということは俺もよく知っている。不正会計、粉飾決算といった世間を賑わす会計不祥事もいわば金のためにおこなわれているものである。


「そんなすぐに滅んだのか」


「ええ、おそらく間者か何かを紛れ込ませて扇動したとみて間違いないわね」


「それで流民が多く発生してツイハーク王国も困っているというわけか」


「そうよ。けど、セオドールっていううちの丞相が手を打ってくれたから特に問題はないわ」


 なるほど、流民が近寄らないよう武力による威圧をしたわけか。良心の痛む話だが、国を守るためだから仕方ない。綺麗事を言えるような状況ではないのだ。


「もしもの話じゃが、サミュエル連邦が流民による弱体化を狙っていたとして、それが効果ないと知ったら次は何をするかのう」


 懸念していたことをナルディアが口火を切る。


「そう、そこが問題なのよ」


 ミシェルも我が意を得たりとばかりに身を乗り出す。


「私の推測なら、封鎖していた国境を開放して、行き場のない流民を取り込むんじゃないかって思うわ。その次に、軍を進めてベオルグ公国の各城を落として回るではないかしら?」


 ミシェルの言うことはもっともだ。俺も同様の展開を思い描いていた。問題は、より巨大になったサミュエル連邦相手にツイハーク王国がどう立ち回るかという点にある。


「ツイハーク王国はどうするんだ?サミュエル連邦に対抗できる何かがあるのか?」


 俺の質問にミシェルは苦い表情をしている。


「それがね、うちの国は戦いに向かないのよ・・・」


「「・・・・・・」」


 俺とナルディアは言葉を失う。


「えっ、あ、まあ、得意不得意は仕方ないでしょ?」


 ツイハーク王国の滅亡も時間の問題かもしれない。それを俺は強く理解した。


「それにほら、もしうちに攻めてきたら、出来る限りの抵抗はするつもりよ」


「はあ・・・」


 俺は盛大にため息をつく。


「もう、ちょっと何よ。本当に弱いのだから仕方ないじゃない」


 俺はツイハーク王国に対して何かをする義理はない。だが、ツイハーク王国を助けることがサミュエル連邦の力を削ぐことになるなら話は別である。ミシェルが俺たち夫婦の友人だからというのも多少はあるが・・・。


「なあミシェル、俺に一つ考えがあるんだが、聞いてみるか?」


 ミシェルの目が今日一番の輝きを放つ。


「もちろんよ!ほんとっ頼りになるんだから。お願い、教えてちょうだい」


 俺が対サミュエル連邦用に取っておいた秘策の一つを教えることにした。どんな地形でも有効かつ高威力の秘策である。ミシェルに説明すると、納得したようであった。


「驚いたわ。これならうちでも反撃することができるわ。少なくとも時間稼ぎにはなるわね」


「ああ、ただし使えるのは一度きりだ。相手がよほどのバカでない限り2度は通用しないだろう」


「もちろんわかっているわよ。いやー今日はここまで来てよかったわ。ほんとっありがとう。ねえ、もしもの時は二人を頼ってもいい?」


「ミシェルは余の友だからな。余をいつでも頼るがよい」


 ナルディアが気持ちを代弁してくれたので、俺も頷いて賛意を示す。


「まあ嬉しい。そうならないといいけれど、いざという時は頼るわね。っくぅーなんか安心したらお腹が空いてきたわ」


 ミシェルは背伸びしながら満足そうな表情を浮かべている。


「よし、それじゃご飯にしようか。ミシェルをもてなすためにご馳走を用意してくれていると思うぞ」


「それは楽しみね。おいしい食事は心の潤いよ♪」


 こうして俺たちと食事を共にし、一泊したミシェルは翌日帰国の途に就くのであった。別れ際、ミシェルはとても物騒な一言を残していった。


「あ、そうそう、あなたたちの鍛えている部隊、よく訓練されているわね。私がナルディアに襲っても右往左往していないのだから大したものよ」


 ナルディアを襲った!?

 俺は初耳でびっくりしていたが、隣のナルディアは自慢げな態度である。一体何が起こったというのだろうか。まあ、聞いたところで物騒な話が飛んできそうだから、あえて触れないでおく。

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