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シャルナーク戦記~勇者は政治家になりました~  作者: 葵刹那
第一章 内務長官編
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第19話 新総統の策略

 ミシェルと夕食を共にした翌日、俺とナルディアは聖ミスリア教会に来ている。かつてサミュエル連邦の元帥を務めていたイリスの葬式に参列するためだ。葬式といっても葬儀そのものは昨夜営まれ、今日は安置された棺に国民がお別れを告げる日である。


「すごい数じゃな」


 昨日に引き続き、多くの人が参列していた。俺たちも列に並び、その順番を待つ。

列は順調に進み、教会内に入る。差し込む太陽が荘厳な雰囲気を醸し出し、その中央に鎮座するイリスの棺が神聖なものに見える。いよいよ俺たちの番になり、棺の前に花を供える。


(イリスさん、このような形でお目にかかることになるとは思いませんでした。もし、敵味方でなければ、いろいろご教授いただきたかったです。ですが、いまはそれも叶わぬこと。あなたを超えるような人物になれるよう励んで参ります。どうか安らかにお眠りください)


 俺とイリスの最初で最後の対面が終わった。この人は一体どれだけの物を背負ってきたのだろうか。顔も声もなにもわからないが、まっすぐ国に尽くしてきた人だということは俺にもわかる。だからこそ、敵である前に、人として俺は尊敬する。元帥や将軍をかっこいいと思っていた時期もあった。でも、いざ自分が指揮するようになってわかったことがある。俺たちは所詮、効率よく敵を殺すために存在しているのだと。見た目こそ華々しいが、殺してきた人の数だけ業を背負うのだ。自分が直接手を下さなくても、部下たちの殺した命は等しく自分の業となる。イリスはそんな日々を40年以上も続けてきたという。途方もない時間だ。そして、俺もこれからその道を歩もうとしている。きっと、イリスは俺の超えるべき壁として残り続けるのだろう。


ーーーーー


 イリスとの邂逅を果たした俺たちは、次期総統選挙の行方を見守ってから帰国することにした。総統選挙は、各地域の投票に基づいて選出された議員による投票で決定される。もっとも、この国は一党体制である。野党は存在しない。


 夜になると、新総統の情報が町まで降りてきた。ニクティスの後任はシリウスに決まったようだ。このシリウスは、議員を数期務めたベテランらしい。明日、所信表明演説がおこなわれるという。


 翌日午後、俺たちは議会前の広場に向かった。すっかり広場までの道順と光景を覚えてしまった。ここ数日毎日来ているからだろう。広場でしばらく待機していると、新総統と呼ばれる人物が外に出てきた。暗殺等を警戒した護衛たちが周りを固め、聴衆は少し離れたところから聞くことになっている。


 ワーと聴衆が声をあげ、新総統は笑顔で手を振る。そして、所信表明演説が始まった。


「私がサミュエル連邦の総統に就任したシリウスです。名誉ある総統職を務められることを嬉しく思います。さて、ニクティス前総統はおっしゃいました。『立つときはいまだ!』と。その力強い言葉に胸を打たれました。いまこそ立ち上がるべきなのです。私はありとあらゆる手段を用いて大陸統一を成し遂げます。統一の先にある平和と恩恵を皆さんで分かち合いましょう。そのためには、もしかしたら皆さんに何かしらのご負担をお願いするかもしれません。ですが、それはよりよい未来を勝ち取るためなのです。我が国は他国に先駆けて皆さんの意思を反映する政治制度、信頼性の高い通貨の発行をおこなってきました。いまだに旧態依然とした体制でいる他国に負けることがありましょうか?断じてそんなことはありえません。皆さんは国を信じてください。我々を信じてください。その期待に沿えるよう、手始めに私の本気をお見せいたします。今日、ただいまをもってベオルグ公国への通貨供給を停止します。まもなくベオルグ公国は我が国の領土になることでしょう。さあ皆さん、いまこそサミュエル連邦の底力を見せるときです。一緒に頑張りましょう!」


 聴衆はうわあああと熱狂的な声を上げシリアスコールが鳴り響く。俺は聴衆たちの熱狂と反対に強い衝撃を受けていた。通貨供給量マネーサプライの調整・・・。この意味を分かっている民衆はどれくらいいるのだろうか。新総統はどうやら相当な過激派かもしれない。


「のう、ベオルグ公国はどうなるのじゃ?」


「きっとすぐ不景気になる。いや、不景気なんてもんじゃない。聞いたこともないようなデフレに突入することだろう」


「デフレとはなんじゃ?」


 俺はナルディアにデフレの概念を説明する。デフレとはお金の価値が物価を上回っている状態を意味している。すなわち物価の下落が起こるのである。物価が下落することで、同じ1ドルでも買えるものが増えることだろう。しかし、物価の減少は商売を営む人の利益が減ることを意味する。利益が減るとどうなるか?賃金や設備投資の削減がおこなわれるのである。酷いところだと給料すら払えなくなるのである。その結果、周りに回って市民の所得が減り、失業者が増えることになる。いくら物価が安くなっても、それに見合うお金を稼げなければ意味がない。失業者が増えれば、治安は悪化し、暴動が起こる可能性もある。

 さらに今回の場合は、通貨発行国が供給を取りやめると言っている。ベオルグ公国はサミュエルドルを基軸通貨にしていることから、いま持っているサミュエルドルで運用しなければならない。もし、サミュエル連邦がベオルグ公国に発行しているサミュエルドルの金との交換を行わないと発表したら紙幣は単なる紙切れになる。というのも、金本位制は国が保有する金で紙幣の価値を保障しているからだ。もしサミュエルドルが紙切れになったら国としての財政機能は事実上停止し、ベオルグ公国の持つ金融資産は無に帰すのである。


「うーむ、難しいのう・・・要するにお金の力で弱体化させようということかの?」


「そんなところだ。弱体化どころか国を崩壊させかねないがな」


「そんな恐ろしいことができるのじゃな・・・」


「他国発行の通貨に依存する国は、経済を乗っ取られているようなものだからな。急いで国に戻ろう。これは俺たちにもなにか仕掛けてくるぞ」


「うむ、そうじゃな」


 こうして俺たちはすぐ帰国の途につくのであった。


ーーーーー


 シリウスの宣言を受けて、ベオルグ公国内は大混乱に陥っていた。同盟国として信じていたサミュエル連邦が事実上の手切れを宣告したからだ。お金の価値がなくなるということは、今まで維持してきた制度の多くが使い物にならなくなる。軍人へ支払う給料も滞り、公共事業の遂行も困難となる。そう、いままさに死を突きつけられようとしていた。


 元首クレールを頂点とする国の指導部は苛立ちを隠せない。サミュエル連邦のあまりにも急な方針転換だからだ。クレールは誼のあるニクティスへ手紙を送ったが、私は引退した身だと協力を取り付けることができなかった。一日経つごとに民衆の不満は増大していき、失業者も日に日に増大していった。ついに両替商が殺される事件も起き、食料品の強奪も横行する事態となった。先見の明がある両替商は、サミュエル連邦の方針を聞くとすぐに他国へ逃げれ、不幸にも残っていた両替商は金貨や銀貨を求める暴徒の標的となってしまったのである。暴徒が政府の持つ外貨を狙ってくるのは時間の問題かもしれない。そんな極限状態を迎えようとしていた。


 市中が混乱に陥る中、どこからともなく扇動する声が聞こえてきたという。


「この国をサミュエル連邦に売ったのはクレールたちだ!」


 小国が生き残るには、大国に頼るしかなかったのだ。指導部が市民に経緯を説明しても、誰も聞く耳を持たなかった。


 そしてついに、ベオルグ公国は終焉の時を迎えた。市民のクーデターが発生したのである。そこにはベオルグ公国軍の軍人も多数混じっていたという。一挙して攻め寄せた市民軍は、首都パトリシアを占領し、元首クレール以下、国の指導部は皆殺しとなった。さらに元首クレールの屍は首都の中心で晒され、市民のストレスのはけ口として死後も辱められることとなった。後にこの出来事は「パトリシアの悲劇」と呼ばれるようになり、サミュエル連邦新総統シリウスは悪名を残すことになる。


 すっかり無政府状態となったベオルグ公国は、ゲリラが各地で跋扈し、無秩序かつ物資を奪い合う内戦状態となってしまった。当然、そうなれば流民も多く発生する。サミュエル連邦はこれを予期していたのか先手を打ち、早々にベオルグ公国との国境を封鎖した。これにより流民の多くが隣国のツイハーク王国へ逃れるのであった。


 流民が押し寄せたツイハーク王国は人道的な立場から流民を受け入れるのか、自国のために彼らを見殺しにするのか、アスタリア女王は苦渋の決断に迫られていた。


 こうして、サミュエル連邦の仕掛けた経済戦争は、ベオルグ公国やツイハーク王国といった小国の弱体化に十分すぎる成果をあげたのである。

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