第17話 ニクティスの弔辞
翌日。
俺とナルディアは朝食を摂ったあと、政治区へ向かった。政治区のミスリア議事堂の前にある広大な広場には、多くの住民が詰めかけていた。
「思ったよりも人が多いな」
「そうじゃろうな」
「お、ざわつき始めたな」
「いよいよじゃな」
俺たちはギリギリに来てしまったので、遠目に見ている。どうやら、議事堂から国旗に覆われた棺が運び出されているようだ。
「おお、あれはガルヴィンじゃ」
ナルディアは棺を担ぐ人の中にガルヴィンがいると指摘する。
「お前、顔を知ってたのか」
「アインタールで見たからの」
「なるほど」
俺たちは棺が運ばれていく様子を観察する。棺は広場の中央を通って、聖ミスリア教会へと運ばれるようだ。この先の流れがわからなかったため、近くにいる住民に聞いてみた。住民によると、聖ミスリア教会で招待者のみが参列できる葬儀が執り行われ、明日まで遺体が安置されるという。国民はその間に最後のお別れを済ませ、埋葬という流れらしい。また、今回の国葬で最も注目されているのはニクティスによる弔辞だと言っていた。総統職の最後の日に何を語るのか全国民が注視しているこのことだ。
俺らは棺が教会へ入っていくのを見届けると、宿へ戻ることにした。今日は服喪の日ということで、議会や学校を始めとした多くの機関・施設が休みとなっている。半強制的だが、久々にまったり過ごす日になりそうだ。
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聖ミスリア教会には、続々と参列者が詰めかけていた。総統のニクティスをはじめ、ベオルグ公国の元首クレール、新元帥ソレルとそうそうたる顔ぶれであった。
棺が議会から運ばれてくる。参列者は起立して聖歌を歌いながらイリスの棺を迎える。祭壇に棺が置かれると、葬式が始まった。讃美歌斉唱、聖書朗読といった“言葉の典礼”、祭壇にパンとぶどう酒をささげる“感謝の典礼”が執り行われ、いよいよ弔辞である。司会者に呼ばれ、ニクティスが前に出てくると、参列者は一層緊張感を高めるのであった。
「それでは、総統閣下、よろしくお願いいたします」
ニクティスは参列者を見回し、息を大きく吸い込み声高に読み始めた。
「我々は偉大なる英雄を失った。私はかけがえのない友を失ってしまった。だが、悲しんではいられない。我々は悲しむよりも前に、この国のために働かなければならないのである。イリスという男は、命尽きる最後の1秒まで国のために頭を動かし続けていた。身体の自由を失ってもなお、気持ちは前線にいたのだ。我が父、ミチヤス・サイオンジの志を受け継いだのは間違いなくイリスである。私とは比べ物にならないほどの才能と努力をもってこの国に尽力してくれた。
かつて、我々の先祖は大国に蹂躙されるがままの小国であった。それがいつしか連邦として各国が手を携え、現在の繁栄を手にすることができた。弱者でいることを甘んじてはならない。努力する機会は等しく存在している。努力を積み重ねた先に、ほんの少しの運を手に入れることが出来れば新たな世界へ踏み出すことできるのである。イリスは天才であったか?否、彼は努力の人であった。今日、私は総統職を辞す。それはイリスの後押しによるものである。
若者よ、努力せよ!現状に甘んじることなかれ。努力する者を国は全力で助けよう。君たちはこの国の将来であり、宝である。国民よ、立つときはいまだ!我々の先祖は不屈の魂をもって、我が祖国を再興せしめたのだ!今日、ここに、サミュエル連邦の繁栄は約束された。私とイリスを超えんと想う者が現れるからだ。我らが祖国に栄光あれ!我が盟友よ、また会おう!」
弔辞が読み終わると教会は大きな拍手で包まれた。ニクティスが参列者席に戻り、他の弔辞が読まれる。最後に喪主の挨拶が述べられ、閉会するのであった。
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宿に戻った俺たちは、どこか営業している施設はないかと宿屋の主人に聞いてみた。
「今日はどこも観光に行けないのか?」
「今日は服喪の日ですからどこも休みですよ。・・・あ、もしかしたら、カジノなら営業しているかもしれません」
カジノと聞いて俄然興味が湧いてくる。それはナルディアも同じようだ。早速俺たちは遊技区にあるカジノへ向かうことにした。
カジノの扉には営業中という文字が書かれていた。本当に営業しているらしい。服喪の日に営業していいのかよ!って思わずツッコんでしまったが、国が許可しているのだから問題ない。
俺たちの姿を見つけた黒服が案内してくれる。
「お客様、当館のご利用は初めてでしょうか」
俺とナルディアが頷く。
「では最初に、チップの交換をおこないます。いくら交換されますか?」
「ひとまず700サミュエルドルで」
黒服が俺からお金を受け取る。
「かしこまりました。こちらがチップとなります」
黒服からプラスチックでできたチップを手渡される。
「ゲームのご説明はどういたしましょうか」
俺はナルディアに目線をやるとコクリと頷いていた。
「ではお願いします」
「かしこまりました。当館ではブラックジャック、ポーカー、バカラ、ルーレットの4種類のゲームをお楽しみいただけます。各ゲームのルールは、ディーラーにお聞きください。それでは楽しいひと時をお過ごしください」
どれも面白いゲームである。なかなかに悩ましい。
「ナルディア、なにかしてみたいゲームはあるか?」
「そうじゃのう・・・ルーレットはどうかの」
「わかった。俺もルーレットで遊ぶとしよう」
手持ちのチップを全てルーレット用チップに交換する。
「それじゃ、このチップは半々ずつ」
「うむっ、腕が鳴るの」
俺とナルディアは分かれてルーレットをすることにした。いくつか台を見て回って、一番俺と相性の良さそうなディーラーの台を選んだ。席について、しばらくディーラーと円盤の癖を観察することにした。
よし、そろそろいいだろう。ぼちぼち賭けを始めることにする。俺はレッドにチップを置くことにした。隣に座った女性はブラックにチップを置いている。やたら隣の人が俺を見てくる気がするが、きっと気のせいだろう。
「No more Bed」
ベッドが締め切られ、ディーラーが球を投げ込む。グルグルと回転していた球が12番で止まった。レッドの12番で俺の勝ちだ。
(よしっ)
内心ガッツポーズしていた。女性のチップが回収され、俺のチップが2倍になる。
出だしは順調だ。次はダズンにしてみようか・・・。
俺はダズンの3rd(25番から36番までのいずかに入れば勝ち)にチップを置く。お隣さんは1st(1番から12番)にチップを置いていた。どうやら張り合うつもりらしい。
「No more Bed」
ディーラーが球を投げ込む。グルグルと回っていた球は35番に入った。
(よっしゃ)
ダズンの配当は3倍である。順調な出だしに思わず顔が綻ぶ。
「あら、あなた、可愛い顔してやるわね」
「いえいえ、偶然ですよ」
お隣さんが話しかけてきた。妖艶な雰囲気をまとったお姉さんだった。さて、次はどうしようか・・・。少しずつ倍率をあげてスリルを楽しむことにした。というわけで、次はダブルストリートに挑戦だ。
13から18番までのブロックにチップを置いた。
「あら、もうダブルストリート?お兄さんなかなかの賭け師ね」
そういいながらお隣さんもダブルストリートの28から33番までのブロックにチップを置く。
「No more Bed」
ディーラーが球を投げ込み、16番に球が止まった。
(いよっしゃ)
3連続勝利だ。お隣さんも若干動揺しているようだ。さて、次はコーナーで賭けてみよう。
8から12番までの真ん中にチップを置く。これが当たれば9倍だ。
お隣さんも8から12番までのコーナーを賭ける。
「俺と同じものにするんですか?」
「ええ、今日はあなたに勝利の女神が微笑んでるみたいだから」
「No more Bed」
ディーラーが球を投げ込む。そして、回転する球は8番に入った。俺は手を強く握りしめ、小さくガッツポーズをする。
それからの流れは非常に単純だった。ストリート、トリプル、スプリット、ストレートアップと難易度を上げていったのに、なぜか全部当たったのだ。俺はチップは面白いように増え、お隣さんのチップも凄い量になっていた。ディーラーが変わっても勝ち続け、すっかりカジノ中の注目を浴びてしまった。俺と隣のお姉さんは賭け続け、勝ち続けた。そしてついに、カジノの支配人に出入り禁止を申し渡されてしまった。噂に聞く勝ちすぎによる出入り禁止が実現したのである。
出入り禁止といっても今日の勝ち分はしっかりと清算してくれる。700サミュエルドルが21万サミュエルドルに変わった。ウハウハなんてレベルじゃない。それはお隣さんも同じだったようで、たくさんの紙幣に目を輝かせていた。
「お兄さん、良かったらこのあと食事でもどう?あなたのおかげで勝ったのだからごちそうするわ」
奢ってくれるというのいうのだから、拒む理由はない。連れもいいかと聞くと了承してくれた。
俺はナルディアを迎えに別の卓にやってきた。ナルディアは少し負けている程度で堅実に楽しんでいるようだ。大負けしていなくてなによりである。まあ、今の俺にはナルディアの負け分なんて大した額ではないが。
「ナルディア、これからご飯行くけど、お前もいくだろ?」
「う、うむ。じゃが、いま良いところなのだ!もう一回やらせてくれぬか」
「仕方ないな。終わったら換金して玄関に来てくれ」
「うむっ、礼を言う」
俺はやれやれとため息をつきながら玄関へと戻る。
「あら、お連れさんはどうしたのかしら?」
「すみません、もう少しお待ちください」
「あはは、もちろんいいわよ」
気前よく許してくれた。しかし、なぜこの人は俺に声をかけてきたのだろうか。もしかして、身分がバレてるとか?まさかな・・・。
「すまぬ、待たせたな・・・ん?誰じゃこの人は」
ルーレットを終えたナルディアがやってくる。そして、俺の隣にいる女性を見て警戒心を露わにしていた
「はじめまして、私はミシェル。そこのお兄さんのおかげでたんまり儲けさせていただいたわ」
この人はミシェルって言うのか・・・っと、ナルディアが俺を睨んでくる。
「おぬし、いったいどういうことじゃ?」
「あ、あはは・・・話せば深いわけが・・・(というほど深くもないけど)」
「彼は悪くないわ。私が今日の御礼にごちそうするからって引き留めただけだもの。あなたもどう?」
「うむっ、そういうことなら余もご相伴にあずかろうではないか。ジークひとりでは何をするかわからぬからの」
余とジークというフレーズにミシェルの目が一瞬反応する。どうやら何かありそうだ。あとでちょいと探りを入れてみるか。・・・とまあ、それはそれとして、余と言い放つのみならず俺の本名をばらしたこのバカの折檻も宿に戻ったらたっぷりとするとしよう。
こうして偶然出会ったミシェルと共にレストランへ向かうのであった。




