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シャルナーク戦記~勇者は政治家になりました~  作者: 葵刹那
第一章 内務長官編
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第16話 湖水の都ミスリア

 イリスの国葬の手配を終えたニクティスは、総統室に籠っていた。


「やれやれ、君は最後まで僕を振り回すのだね・・・」


 寂しそうな、それでいて少し嬉しそうな表情を浮かべたニクティスは、勇退を決断するのであった。


ーーーーー


 バロン城を後にした俺とナルディアは、フランチェスカ城を経由し、現在はホーエンハイム城に着こうとしていた。例によって城門で検札を受け、城内に入る。城内に入ると、異様な雰囲気に包まれている群衆がいた。


「号外号外、ニクティス総統閣下の重大発表だよっ!」


 号外と叫んでいる者は、新聞を売っているらしい。もうメディアがあるのかと強い衝撃を受けた。ひとまず、号外の内容が気になるので、一部貰うことにした。一部あたり1サミュエルドルのようだ。


「なんじゃこれは?」


 新聞を見たことのないナルディアが素朴な疑問を浮かべる。


「これは新聞と言って、社会で起きたことを文字に起こして広く知らせる紙だ」


 ナルディアはわかったようなわからないような曖昧な表情を浮かべている。


「とりあえず、読んでみよう。・・・・・・どうやらイリスが死んだらしい」


「なんとっ・・・おぬし・・・それは誠か」


「ああ、これに書いてあると言うことは間違いないだろう」


 俺もナルディアもあまりの急展開に頭が追い付かなかった。これに追い打ちをかけるように、ニクティス総統閣下勇退という見出しも目に入る。


「ニクティスって確かイリスの盟友だよな」


「うむ、イリスとニクティスは双璧と呼ばれておるからの」


 軍と政を握る最高権力者がこの短期間に去るとは・・・まさに激動を予感させるには十分な出来事だ。


「おぬし、これを見よ。どうやら明々後日ミスリアでイリスの国葬がおこなわれるそうじゃ」


 俺がミスリアへ着く日を見計らったかのようなタイミングだな・・・。そう思いながら、新聞の裏面を見ると選挙の日程が記載されていた。国葬と同日、ニクティスは総統職を勇退するという。その翌日には、次期総統を決める選挙がおこなわれるようだ。


 ホーエンハイムで一泊した俺たちは、早速首都ミスリアへ向かった。ミスリアへ近づくにつれ、大きな湖と湖面の城が視界に入ってきた。湖水の都と言われるだけのことがあり、実に美しい景観を保っている。ミスリア城の特徴は、なんといっても城と町が分かれていることだろう。城壁によって町が囲われていないのである。そのため、検札をおこなう関所が各街道に設けられており、俺もミスリアへ向かう道中で検札を受けた。町に入り、ミスリアの地図を買うと、とても大きな街であると分かった。

 ミスリアは全部で6区画に整備されており、ミスリア城や議会のある政治区、商店を始めとした交易拠点の商業区、様々な学校の集まる学園区、人々が住む居住区、娯楽施設のある遊技区がある。俺たちは地図をもとに、宿のある商業区へ向かうことにした。町を観察しながら歩いていると、嫌でもシャルナーク王国との格差を感じずにはいられなかった。


「のうジーク、これは夢ではないのか・・・?」


「残念ながら現実だ」


 あまりの衝撃にナルディアは信じたくないようだ。人々は綺麗な服を着て笑顔で日々を謳歌し、所々に喫茶店が立ち並ぶ、さらには制服を身にまとった学生たちが大通りを行き交っていた。町は衛生的で遊技区にはカジノと競馬場が併設されている。見れば見るほど、浮世離れした都であった。さらにミスリア城は、湖水という天然の堀に囲まれ、美しいだけでなく機能的に設計されているようだ。これだけの開発ができるのは間違いなく転生者だ。俺はそう確信し、誰がこれだけの開発を主導したのかという点に興味が集約された。


 宿に着くとさらなる驚きが待っていた。湖の水を活かして作られたという下水道が整備されていたのである。衛生的な理由がよくわかった。


「ジークよ、余はもう何も驚かぬ」


「ああ、俺ももう何も感じなくなった」


 驚きが一周回って麻痺してしまったらしい。俺が今までに見てきたバロン、フランチェスカ、ホーエンハイムの町はシャルナーク王国の町と大差なかったが、この町だけは明らかに異色である。


 ゆっくりと町の雰囲気を堪能した俺たちは、少し早く宿で休むことにした。部屋に通されると、広大なミスリア湖の湖畔が目に入ってきた。絶景である。


「綺麗よの」


「そうだな、今が戦乱の世だと忘れてしまいそうになる」


「まったくじゃ。サミュエル連邦に勝てない理由がわかった気がするわ。しかしジーク、こんな高い宿に泊まって良いのか?」


 この宿は一泊一部屋700サミュエルドルである。俺らがいままでに泊まった宿は一泊一部屋200サミュエルドル以下だったことから、実に3倍の金額だ。


「お金はあるんだし、せっかくの旅行なんだ。少しくらい贅沢しても罰は当たらないだろ?あとここなら2部屋取らずに済むからな、実際はそこまで高くない」


 これまでは男女が同じ部屋になるのはよろしくないという理由で2部屋確保していた。幸いにしてこの宿は、寝床が2部屋に分かれており、一部屋で事足りるのである。宿の従業員に勧められるがままに選んだが、どうやら正解である。ナルディアはすっかりこの景色に釘付けのようだ。


「それもそうじゃな・・・あ、ご飯でも食べに行こうかの?」


 うっとりと景色を眺めているかと思いきや、食い気が勝ったようだ。


「わかったわかった。どこか良い店がないか聞いてくるよ」


 俺は宿の従業員に話しかけ、いい店がないかを質問する。そして、多少値は張るが珍味を堪能できる店を紹介してくれた。部屋に戻り、ナルディアを連れてその店へ向かうのであった。いざその店に来てみると、あまりにも懐かしい光景で目を疑った。明らかに場違いな日本家屋がそこにあったのだ。


「なんじゃこの変な建物は」


 ナルディアが素直に感想をいう。俺は苦笑いを浮かべる。


「これは日本家屋といって、俺がここに来る前に住んでいた国の建物だ」


 俺の故郷と聞いて、ナルディアが目を輝かせる。


「なんとっ、おぬしの故郷の建物と申すのか。うむうむっ、それはとても楽しみじゃ」


 ナルディアは早く入ろうと俺の腕を引っ張る。扉を開け、すみませんと声を出すと着物の女性がやってきた。


「なんとっ!なんじゃあの服は」


 やってきた女性の服を見て驚きの声をあげる。


「あれは着物といって俺の国の民族衣装のようなものだ」


 ナルディアはその女性を一周するように様々な角度から食い入るように見ている。


「どうもすみません・・・」


「いえいえ、慣れてますので・・・」


 初めて見る人はよくこういう反応を示すらしい。ナルディアが一通り見終わって満足するのを確認すると、仲居さんと思われる人が靴を脱いでおあがりくださいと案内してくれた。ナルディアはなぜ靴を脱ぐのかと不思議そうにしていたが、靴を脱ぐ習慣がないのだから無理からぬことである。


 靴を脱ぐと、仲居さんの案内で部屋に通される。


「なんじゃこの綺麗な扉は」


「なんじゃこの不思議な床は」


 ふすまと畳を初めてみるナルディアの興味は尽きないようだった。


「お品書きにございます」


 仲居さんが品書きを持ってくる。


「ここに書かれている言葉が全然わからぬ」


 ナルディアは品書きと格闘しているが、単語の意味がわからず白旗をあげた。そりゃ異世界の料理だしな。


「会席膳を2人分お願いします」


「かしこまりました」


 注文を済ませ、俺は久々の和室を満喫する。


「会席膳って・・・おぬし、今日の宿と値段が変わらぬではないか!」


 あまりにも高額な料理にナルディアが声があげる。一人当たり350サミュエルドルだから無理もない。


「でも、お前も俺の国の料理を食べてみたいだろ?」


「それはそうじゃが・・・」


 よほど金額が気に入らないらしい。姫様っていうと金銭感覚が狂っているイメージを持っていたが、思ったより堅実な感覚の持ち主だった。しばらくすると料理を持った仲居さんが入ってくる。


「食前酒と先付けにございます」


 初めて見る料理にさっきの不満はすっかりどこかへ消えて行ってしまったようだ。


「のう、この食前酒とやらはなんだ?」


 俺は食前酒の匂いを嗅いでみる。


「梅酒だな。梅を漬けて作るお酒だよ」


 ナルディアはグイッと梅酒を飲み干す。


「・・・美味じゃのぉ」


 ぽつりと漏らすと、もうないのかという顔をしている。


「もっと飲みたいか?」


「頼んでもよいのか!?」


「ああ」


 早速仲居さんを呼び、ナルディアは梅酒を、俺は清酒を頼むことにした。


「清酒?」


「俺の故郷にあるお酒で、米で作られた独特な味わいが特徴だな」


 まさか清酒まであるとは・・・サミュエル連邦おそるべし。思えば、ミスリアは大陸の南方に位置しており稲作が盛んである。技術さえあれば、清酒があっても不思議ではない。ちなみにシャルナークではワインとビールの一種であるエールが良く飲まれている。


 続いて椀物、お造りが運ばれてくる。色合いだけを見れば醬油とわさびもほぼ完ぺきに再現されていた。


「この店はどのくらい前からあるのですか」


 俺は仲居さんに声をかけて少し事情を聞いてみることにした。


「もうかれこれ50年になります」


 思ったよりも歴史があるようだ。


「いったい誰がこの店を」


「以前総統をされていたサイオンジ様によってお創りになられました」


 サイオンジ・・・?あの西園寺か・・・間違いない、日本人だ。


「もしかして、この町を作ったのもサイオンジという方ですか」


「ええ、サイオンジ様を中心に開発されたと聞いています」


 やはりこの街並みは転生者によるものだった。さらに前総統と言うことは、政治にも軍事にも多大な権力を持っていたのだろう。共和制や紙幣を導入したのもその人で間違いないだろう。


「その方はまだお元気ですか?」


 仲居さんはクスクスと笑う。


「お客様、本当にご存じないのですね。サイオンジ様は現総統であるニクティス様のお父様です。もうだいぶ前にお亡くなりになられてますよ」


 時代背景を整理してみると、サミュエル連邦が急速に力をつけた時期と符合することがわかった。これだけの知識がある人を相手にしていたのだ。シャルナーク王国が負けるのも不思議ではない。って、現総統の父親かよっ!


「そうそう、明日はイリス様の国葬ですが、イリス様はサイオンジ様の愛弟子と言われていたそうです」


 軍事、政治のみならず教育にまで力を入れていたとか・・・どこの超人だよ。サイオンジ・・・彼はこの世界でどういう一生を送ったのだろうか。俺には決して他人事のようには聞こえなかった。


「美味じゃっ!」


 俺が考え込んでいるのをよそにナルディアはお造りに舌鼓を打っていた。


「うむっ、うむうむっ、醤油とやらにツーンとくるわさび、実に絶妙じゃ」


 なんか、こいつを見てると悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなってくるな・・・。


「あらあら、お気に召していただいたようで何よりでございます」


 仲居さんが嬉しそうにナルディアを見つめている。そのとき、別の仲居さんが焼き物と天ぷら、お酒を運んできた。梅酒の到着をいまかいまかと待ち望んでいたナルディアはすぐに食らいつく。俺は日本酒をおちょこに注ぎ、くいっと一口で飲み干す。水のような口当たりでとても飲みやすい。


「おぬしのそれ、余にも飲ませてくれ」


 ナルディアは俺のおちょこを取り上げ、くいっと飲み干す。


「んんっ、なんとっ、これもおいしいではないかっ」


 そういいながら注ぐ注ぐ・・・俺の一合は一瞬で無くなってしまった。


「おいナルディア、清酒を水か何かだと思ってないか?」


 ナルディアは可愛らしく首を少し傾げる。ほんのりと火照った頬も相まって思わず目を逸らしてしまった。しまった・・・思わず見惚れそうになって咄嗟に反応してしまった。気を取り直して、ナルディアを注意する。


「言っとくけどな、それは梅酒よりも強い酒だからな。飲みすぎるなよ」


 案の定一気に飲んだせいもあり、ナルディアの顔はみるみる赤くなっていた。


「んん~なんじゃ、ふらふらするのお・・・くふふ、とても気分が良い」


 これ以上飲ませるのは危険と判断した俺は梅酒を取り上げ、俺が飲むことにした。


「ああっ、おぬし、それは余の梅酒じゃぞ。あ、わかったぞ・・・。ふふん、おぬしも飲みたいのだな。仕方ないのう・・・特別にジークに分けてやろうではないか。余はジークのことが好きじゃからな」


 どうやらまともに頭が回ってないようだ。


「この煮つけとやらも天ぷらとやらも美味ではないかっ。こんなものを毎日食べてたとは・・・おぬし、ずるいわっ」


 もう泣きたい。どうやらナルディアは絡み酒するタイプだったか。次に炊き込みご飯が味噌汁、漬物と共に運ばれてくる。


「んんんんっ」


 炊き込みご飯を一口食べたナルディアは言葉にならない叫びを発している。醤油ベースの山菜炊き込みご飯である。


ズズズッ、パリポリ


 味噌汁と漬物をすっかり気に入ったようだ。今度は我が家でも味噌を作ってみよう。きっとナルディアも喜ぶことだろう。


 最後に水菓子として抹茶羊羹と玄米茶が運ばれてきた。プルンとした独特な見た目にナルディアは興味津々である。


「んんっ、なんとっ、不思議な食感じゃが、美味じゃ」


 そして玄米茶を飲む。


「んっ、少し苦いではないかっ・・・じゃが、意外と悪くない」


 渋いお茶に甘い和菓子という鉄板の組合せにナルディアはノックアウト寸前である。一通りの食事を終えた俺たちは料亭?を後にするのであった。


 俺たちは宿に戻ってきた。ナルディアは部屋に入るや否やすぐに寝てしまった。俺は明日の国葬がどこでおこなわれるのかを地図を見ながら念入りに確認する。確認が終わると待ってましたかのように強い眠気が襲ってきた。いよいよ明日がイリスの国葬だ。

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