第14話 野盗襲来
シャルナーク王国王都へルブラントを発った俺たちは、馬に揺られながらサミュエル連邦の王都ミスリアを目指している。
「まずはどこに向かうのじゃ?」
「最初はシアーズ城へ向かおうと思う。そこからサミュエル領に入ってひたすらミスリアを目指すって感じかな」
「うむ、おぬしに任せる」
「どうする、ディーンに会っていくか?」
ディーンはシアーズ城の守将であり、前のシアーズ城を巡る攻防戦で知己になった。
「その必要はあるまい。ディーンの負担が増えるだけじゃ」
愚問だったようだ。
旅に出て思うのは、馬で移動する人の少なさである。俺たちは、何の疑いもなく馬で移動していたが、お金があることを宣伝しているようにも見えてしまう。
「行き交う人で馬に乗ってる人って少ないんだな」
「う、うむ、余も同じことを思っておった。余の美貌も相まって目立って仕方ない」
困った・・・どう反応しよう。
「あ、ああ、そうだな。お前ほどの美少女、誰もほっとかないよな」
「うむっうむっ、そうであろう」
どうやら地雷を回避することが出来たようだ。馬に乗るのは、伝令兵か、行商人、身分ある人と限られている。そもそも立場ある人が国境を超えて移動しようという状況が稀である。これから国境を超えて敵国に向かおうとしている俺たちはよほどの物好きに映っていることだろう。
そんなこんなでシアーズ城を通過した。いよいよサミュエル連邦の領内に入る。
国境沿いというのは何かと面倒ごとが転がっている。無事に抜けられますようにと願っていた俺の気持ちは脆くも崩れ去るのであった。
「ジーク、あれを見よ」
ナルディアの指差す方を見ると、俺たちに迫ってくる一団があった。
「おい、なんだあれ・・・50人くらいか?」
「野盗じゃろうな」
野盗!?平和な日本では久しく聞かないが、江戸時代までは日本にも存在していたらしい。明治以降は知らないけどって、そんなどうでもいい。
「なっ、どうする?」
「どうするもなにもないではないか。余を狙ったことを後悔させるまでよ」
うん、知ってた。これから起こる惨状にあらかじめ手を合わせておこうと思う。南無。ナルディアは槍を保護するために着けている槍袋をとる。野盗たちが一触即発の距離まで近づいてきた。
「お前たち、命が惜しければその荷物を置いていきな」
テンプレートなお言葉ありがとうございました。ナルディアの笑顔が怖い。
「おぬしら、余を狙うとはいい度胸である。覚悟は出来てるのであろうな?」
山賊たちが顔を見合わせる。
「おいお前、誰にものを言ってるのかわかってるのか?ああ?」
俺はもう何も知らない。相手の実力がわからないというのも哀れなものである。
「ふん、野盗風情が大きな顔をするでないわ。今日は機嫌がよい、大人しく帰るのなら見逃してやろうではないか」
「ちっ、やろう、ふざけやがって、やっちまえ!」
「「「おうっ」」」
「面白い、相手になろうではないか」
野盗たちがナルディア目がけて襲い掛かる。
「ふんっ、はあっ、てやっ」
ナルディアが槍を振るう声が聞こえる。
「うわっ、ぐはっ、のわっ」
それから3分後、50人はいたであろう野盗は誰一人として立っていなかった。幸いなことに、死人は0だった。ナルディアが槍の石突き(槍の刃の反対部分)を使って攻撃したからだ。そして、いまなにが起こっているかと言うと、ナルディアによる弱い者いじめがおこなわれようとしていた。
「おいっ、きさま」
石突きで頭目と思われる男の顔をツンツンと突く。
「ん、んあ」
どうやら意識を取り戻したようだ。
「ひ、ひいいいいい。お命だけはお助けを」
こいつらにプライドってものはないのだろうか・・・。
「おぬし、このまま無事に帰れるとは思っておるまいな?」
「へ、へいっ」
「うむっ、おぬしは賢いの。さて、では次になにをするべきかの」
もはやどっちが襲われているのかわからない状況である。
「も、もう足を洗います。ど、どうかお許しを」
ナルディアが困ったように俺の顔を見てくる。どうやら思っていた方向と違う方向へ話が進んでいるらしい。
「いいじゃないか、許してやれよ」
野盗たちに助け舟を出す。
「むう、おぬしがそう言うのなら仕方がない。心を入れ替え、真っ当に生きるのじゃ。よいなっ!」
「「「へいっ」」」
いつの間にか多くの子分たちが目を覚ましていたようだ。
「ん?まだなにか余に用があるのか?」
頭目らしき男がナルディアに何か言いたげである。
「あ、あのっ、厚かましいのは承知でお願いします。あっしたちを連れていってください!おい!お前たちもお願いしろ」
「「「お願いします」」」
ナルディアがまた俺の顔を見てきた。なんで困ると俺の顔を見るんだよ。
「うーん、まあ、根は悪くなさそうだから、配下にしてやったらどうだ?」
無論、てきとーなアドバイスである。
「なっ、おぬし、本気で言っておるのか」
ナルディアは強い抗議の口調で俺に食って掛かる。と言われてもなあ・・・なんて思っていると、良い策を思いついた。ちょうど俺は自由に動かせる諜報部隊を欲しいと思っていたのだ。
「あ、ならハンゾウの下に就かせるのはどうだ?テリーヌもいるからまとめて面倒見てくれるかもよ」
「おお、それは名案じゃ」
手をポンと叩いて納得するナルディアさん。
「おい、そこのお前」
「へい、あっしでしょうか?」
「そうそうお前だよ。へルブラントへ行って、これをハンゾウという者に渡すといい。場所は地図に書いてあるから」
俺はこの場でハンゾウとテリーヌに宛てた手紙を書き、地図と併せて頭目に渡してやった。
「い、いいんですかい」
「ああ、俺のところも人手不足でね。お前の名前は?」
「へい、あっしはジャンといいます」
「ジャンね。了解。そこに着いたらなんとかなるから。んじゃ俺たちは先行くね」
「「「ありがとうございました」」」
こうしてこの旅、最初のハプニング、野盗との遭遇は幕を閉じた。
「おぬし、野盗を仲間にしてよかったのか?」
野盗たちと別れると、ナルディアは素朴な疑問をぶつけてくる。
「おまえ、さっきは名案だって言ってただろ」
「それは・・・場の勢いというやつじゃ」
俺も人のことを言えないが、こいつもだいぶてきとーだ。
「ハンゾウの下ってことはどんなことをやらされるかわかるだろ?」
「情報を集めるだけではないのか?」
「基本は情報収集だが、それ以外にも扇動や破壊活動とかがあるだろ?使うかどうかは別にしても手段として持っておくべきだと思うわけ」
俺の言いたいことを理解したのかナルディアは軽く引いているようだった。
「おぬし、やはり考えることが常人ではないの」
「それ、ぜったい褒めてないだろ」
見破られたナルディアはてへっと手を頭の後ろにして誤魔化すのであった。
俺たちと別れたジャンたちは、これから自分たちを待ち受ける過酷な運命を知る由もなかった。
――あの時姐さんを襲わなければよかった。
そんなことを本当かウソかは定かではないが、ふと漏らしていたそうだ。
ーーーーー
俺たちは道中ゆっくりと進み、もうすぐバロン城が見えてくる。馬の速度は常歩(約110m/分)と稀に速歩(220m/分)で移動している。人間の歩く速度を分速80mと考えた場合、いかに早いかがわかることだろう。
ちなみに速足の次は駈足(約340m/分)、その次は襲歩(最速で約1㎞/分)である。襲歩まで行くと、競馬場で走る馬と大差ないため、この旅でそこまで走らせることは滅多にない。
バロン城についた俺たちは、城門で門番の検札を受ける。通行手形を渡し、場合によっては荷物のチェックを受けるのだ。俺たちの名前は、念には念を入れて偽名を使っている。
「よし、通れ」
門番の許可をもらってバロン城内、すなわちバロンの町に着いた。この大陸の城は城郭都市とも呼ばれ、都市を囲う形で城を形成している。通常は城の外に農地があるものだが、大都市になると城壁内に農地があるという話も聞いたことがある。
町に入った俺たちは、さっそく今日の宿を探す。馬を繋ぐことのできる厩舎を備えた宿を聞いて回り、ようやく見つけたのであった。宿の者に馬を任せ、チェックインを済ませると俺は両替に向かった。ナルディアは荷物を部屋に運んでもらい待機するよう言ってある。
宿屋を出てしばらく歩くと、両替商を見つけることができた。
「シャルナーク金貨をサミュエルドルに変えたいのだが」
「今日のレートだと、シャルナーク金貨1枚で2千サミュエルドルになります」
宿屋が1部屋150サミュエルドルだから、当座の資金は金貨2枚で十分そうだ。
「ちなみに手数料は?」
「額面金額から10%いただきます」
10%はいくらなんでも高すぎるのではないか。吹っ掛けるつもりかもしれない。
「わかった。またあとで寄らせてもらう」
「わかりました。またのお越しをお待ちしております」
他の両替商を見て回ろうかとも思ったが、ぼったくりかどうかが気になる。物陰に隠れて他の客とのやり取りを観察することにした。
1人目の客は・・・見るからに旅行客だ。やはり10%の手数料をとっている。
2人目の客は・・・馬車に荷物をたくさん積んでいた。どうやら行商人のようだ。両替商から3%という声が聞こえてくる。
決まりだな。俺は両替商のもとにいく。張り込みがすぐに終わってなによりだ。
「両替を頼む」
「おや、さっきのお客さんですね」
「ああ、手数料だが・・・3%で頼む」
両替商が露骨に嫌な顔をする。
「いえ、うちでは10%という決まりでして」
「さっきの行商人には、3%だったろ?」
「見られていましたか・・・いくらご希望で」
両替商はこれ以上の抵抗を無駄と悟ったようだ。
「シャルナーク金貨2枚を頼む」
俺はシャルナーク金貨2枚を手渡す。両替商は金貨を観察し、音を確認して本物かどうかを確認する。本物と判断したのか、手数料を差し引き3,880サミュエルドルを出してくれた。サミュエルドルを受け取り、宿へ戻ることにした。
宿に戻ると、厩舎にナルディアがいた。
「ふんふふん♪スクルドはいつも美しいのう、余がもっと綺麗にしてやろう」
鼻歌を歌いながらブラッシングをしているようである。一人でいる時間も必要だろう。俺は声をかけないで部屋に戻ることにした。なぜスクルドという名前になったかは謎である。
俺は部屋に戻って荷物を整理する。そこであることに気づいた。ナルディアが厩舎へ行っている間、この荷物は無防備だということを。後できつく注意してやる。
愛馬のブラッシングを終え、上機嫌で帰ってきたナルディアがまもなく涙目になってのは、そう遠くない話であった。
「おお、戻っておったか」
「ナルディア、そこに座れ」
「ん?どうしたのじゃ?」
「お前、荷物をおいて馬の世話をしていただろ」
「うむっ、ちゃんとお世話しておいたぞ」
「そうかそうか、スクルドも嬉しいだろうな」
ナルディアが笑顔で頷く。
ペシッ
「あだっ、何をするのだジーク」
「何をするのだジーク・・・じゃないだろっ!荷物を置いていくなよっ!いいか、泥棒はどこにでもいるからな?俺たちの家とは違うんだよ!今回は何も取られてないけど、お前も大事な槍を盗まれたらいやだろ?これからはちゃんと留守番するように!」
ナルディアは瞳をうるうるさせながら何度も頷いている。これだけ言っておけば大丈夫だろう。外のレストランで夕食をとり、それぞれの部屋に戻った俺たちは明日に備え英気を養うことにした。
翌朝、宿代を支払い終えた俺たちは、次なる目標地点フランチェスカ城へ向かうのであった。




