第12話 買い物にいこう
ほのぼの編のつもりが、シリアス多めになりました。
サミュエル軍、元帥イリスのもとには3つの吉報と3つの凶報がもたらされた。良い報告は、ハルバード城およびアンドラス城が陥落し、ストームバレーでコレルリ将軍を討ち取ったことである。悪い報告は、クヌーデル城とシアーズ城に攻め寄せた自軍が大打撃を被り、アインタール城を失ってしまったことである。さらに中将ビルダルクを失うという大痛手を被った。大局的には、国力の乏しいシャルナーク軍に打撃を与えたという点でサミュエル軍の戦略的勝利だったが、少なくない犠牲を払うことになった。
ベッドから起き上がり、もたらされた情報を整理したイリスは、目を閉じて次なる一手を考え始める。そこに突然の来客があった。
「聞いたよイリス。今回も我が軍は大勝利だね」
「ふ、ニクティスか・・・わざわざ皮肉を言いに来たのか?」
部屋に入ってきたのはサミュエル連邦総統のニクティスだ。二人はサミュエル連邦の双璧と呼ばれており、その名声は大陸中に響いている。
ゴホッゴホッ
部屋にはイリスの湿った咳が響く。ニクティスは心配そうにイリスを見つめる。
「そんなわけないだろう。私は君がこの部屋から指示を出していることを知っている。そんなことをできるのはこの大陸でも君しかいないものだよ」
イリスはベッドで上半身を起こして仕事をしていた。あまり出歩くことができず、日に日に衰弱しているのが目に見えていた。ニクティスは、40年も前から戦場を駆け巡ってきたイリスを知るだけに、向き合い難い現実を突きつけられているようだった。
「もし僕が前線に出ることができたら、きっとアインタール城もビルダルクも失うことはなかっただろう。それを想うと自分の不自由な身体を心底恨むよ」
ニクティスは親友にどのような言葉をかけていいか思案する。いや・・・何も言うことはできなかった。しばらくしても気持ち程度の慰めしか出てこなかった。
「局地的な敗北は気にしなくてもいい。私たちは大局で勝つことが使命なのだから」
イリスはふっと弱々しく笑みをもらす。
「僕もこの国のためにできる限りのことをするつもりだよ。でも、寄る年波には敵わないみたいだけどね」
ニクティスの目には少なからず涙が溜まっていた。イリスはこれだけは伝えなければと目を見開き、ニクティスを力強く見つめる。
「ニクティス、お願いがあるんだ」
今にも涙が零れそうになっているニクティスはイリスの手を握る。手を強く握ることで聞く意思を示した。
「クヌーデルとシアーズの戦いで僕たちを破った指揮官はジークというらしい。 なんでも内務長官とかいう役職を最初に任されたようだ。内政も明るいと見て間違いないだろう。文武を併せ持つ噂通りの器量なら、なんとしても味方に引き入れるんだ。あの暗愚ティアネスに使いこなせる男とは思えない」
「ああ、わかった。必ずや私の力で彼を味方につけよう。マクナイトはどうする」
マクナイトは優れた指揮で、戦いに出れば連戦連勝とイリスの後継者と目されている男だ。アンドラス城をわずか2日で落としたのもこのマクナイトである。
「彼はとても有能だ。だけどね。責任ある仕事を任せてはいけない。きっと取り返しのつかない失敗をしてしまうだろう」
ニクティスは食い入るように聞いている。イリスの語る言葉は一言一言に強い意志が込められていた。まさに遺言といわんばかりに。
伝えたいことを全て伝えたのか、イリスはまた横になる。天井を見るイリスは独り言のようにこういった。
「なあニクティス。サイオンジ先生は僕を褒めてくれるかな」
サイオンジ先生とはニクティスとイリスの師匠にあたる人である。シャルナーク王国の衰退をもたらすことになった諸国の反乱を支援し、サミュエル連邦の地盤固めと飛躍に力を尽くした大元帥である。
「ああ、ああ・・・きっとサイオンジ先生も褒めてくれる」
ニクティスは親友の手をさらに強く握りしめる。共に学び、共に国に尽くしてきた男たちは、いままさに数少ない言葉で万感の想いを共有するのであった。ニクティスの頬を熱いものが伝う。
――まだ逝くなよ、イリスっ!!
イリスが眠りに落ちるのを見届けたニクティスはイリス邸を後にするのであった。
ーーーーー
俺はティアネスの許可を得てしばらく旅に出ることにした。我が家に戻って一人旅に出ることを伝えると思いもよらぬ展開になった。
「ジーク様だけずるーい!私も連れてってよ」
キキョウがそう言い始めたのを皮切りに、ナルディアも負けじと同じことを言いだしたのである。
「おぬし、余を置いていくようなことは・・・あるまいのう?」
無邪気に我がままをいうキキョウに対して、ナルディアは笑顔で脅迫してくる。一人で自由気ままに旅行しようと思っていたが、どうもそうは問屋が卸さない。とりあえず二人の言うことはスルーして本題を進める。
「ハンゾウ、キキョウ、ムネノリの面倒はデルフィエに頼んでいる。 俺がいない間はこの家のことをよろしく頼む」
俺がそう言うと、ナルディアはキキョウに「ふっ」と言わんばかりに勝者の目線を送っている。いや・・・俺はナルディアを連れていくとは一言も言っていないんだが・・・。キキョウは悔しいと思ったのか、さらに駄々をこねるようになってしまった。
「ずるぅーい、わたしも連れてってよー」
俺の困惑した表情を察したのが、ハンゾウがキキョウの頭を軽く叩く。
「あだっ」
「キキョウ、俺たちは留守番だ。これ以上ジーク様を困らせるんじゃない」
兄に諭されたキキョウはプルプル震えてと涙目を浮かべている。
「だって、だって・・・」
「ああ、もうわかった。お土産買ってくるから。なっ?それで勘弁してくれ」
キキョウはお土産と聞いて、仕方ないなーという態度で頷いた。仕返しとばかりに地雷を落としていったが・・・。
「あ、買い物のはなし・・・覚えてるからね?」
シアーズ城での約束をどうやら覚えていたらしい。キキョウの一言にナルディアも頷いている。どうやら旅行前に二人を接待する必要がありそうだ。
ーーーーー
今日はキキョウと買い物に行く約束をしている。日課の講義を早めに切り上げて、へルブラント中心部へ足を延ばした。
隣を歩くキキョウはご満悦である。
「ジーク様、なんでも買っていいんでしょ?」
いつの間に服からなんでもに変わっていた。まあ、幸いにして日頃浪費をしないこともあり、予算は潤沢である。今日はキキョウの好きなものを買ってやるとしよう。
「ね、あれ見ようよ」
どうやらガラス細工が目についたようだ。キキョウは白鳥の置物をまじまじと見ている。
「わあ、きれい」
「ほしい?」
俺が聞くとキキョウは首を振ってそそくさと店を後にした。欲しいとは別物らしい。
次に目に入ったのは食べ物の屋台で、唐揚げのようなものを売っていた。キキョウはパタパタと尻尾を振る子犬のように俺を上目遣いで見つめる。欲しいっていえばいいのにと思う俺はずれているのだろうか。
「すみません、それ二つ」
「はいよっ。お嬢ちゃん、恋人とお出かけかい?」
「えへへ、そうなのー」
どうやら俺は恋人らしい。あはは・・・コメントに困るからスルーする。キキョウはハグハグと熱そうにしながらもおいしそうに食べている。
「んっ、んんっ」
急に言葉にならない叫びを発したかと思うと、胸をドンドンと叩き始める。どうやら食べ物をのどに詰まらせたらしい。
「っ、はあ・・・ねえ、あれ見ていい?」
ドレスを販売する店が目に入った。急に声をあげたのは、そこに入りたかったからだそうだ。キキョウは店に入ると、全体を物色して見て回った。
「これ、着てみてもいいですか?」
キキョウは店員に確認すると、試着室へ入っていく。ガサゴソと物音がして、音がしなくなるとカーテンが空いた。
「ねえ、これ・・・どう?」
少し顔を赤くしながらキキョウが聞いてくる。
「あ、ああ。とても似合っていると思うよ」
白いワンピースに麦わら帽子を被ったキキョウがそこにいた。ピンクの髪色を際立たせる白いワンピースはまさに凶悪。菜の花畑にたたずむキキョウを思わず想像してしまった。
「ほんと・・・?」
「ああ、もちろんだ」
「買ってもいい?」
俺は笑顔で頷く。
「すみません、これください!このまま着ていきます!」
新しい服を買うことのできたキキョウは上機嫌だった。すっかり年相応の女の子である。店を出ると、市場へ行こうと言い出した。どうやら買い出しに向かうらしい。
「わたしね、料理は得意じゃないからこうして買い物にいくんだ。ちょっとでも役に立たないと罰が当たるもん」
俺の見ていないところで、そんな家事分担がなされていたようだ。
「別に罰は当たらないと思うけど?」
「ううん、わたしがね、もっと強かったら・・・きっとお兄ちゃんもあんなに苦しまなかったと思うんだ。お姉ちゃんもいなくなったりしなかったと思うの。だから、精一杯頑張ることにしてるの。たぶんムネノリもそうだよ。泣いてるだけで何もできないなんてやだもん」
キキョウが遠い目をしてポツリポツリと漏らす。俺は思わずキキョウを抱きしめていた。
「え、えっ、どうしたのジーク様?」
「何もいうな・・・キキョウもハンゾウもムネノリも俺の家族だ」
俺の言葉に安心したようにキキョウはニコッと微笑んだ。キキョウの姉は領主が勝手に売り払ったのだ。断じてキキョウのせいではない。でも、幼いながらに自分を責めているのだろう。それを想うと不憫でならなかった。
「ね、ねえ、ジーク様、恥ずかしいよ」
道のど真ん中で抱きしめてしまった俺はすっかり注目の的となっていた。
――あそこまで赤くなるジーク様は初めて見た。
と、のちにキキョウが語っていたそうだ。
長く続く戦乱の世が終わり、キキョウのような境遇の人が少しでも減ったらいいのにと思わずにはいられなかった。
買い出しを終えた俺たちは我が家に戻り、キキョウはいつもより張り切って夕食の手伝いをするのであった。




