川の甘菓子
大きいチロルチョコレートはゲームセンターにあるのをイメージしてください。笑
それがどんなに小さくても、歪な形をしていても、
愛を感じることは十分にできるから
ーーー川の甘菓子
「いらっしゃいませ〜。あ。」
ドアの前に上川が立っていた。
黒いコートと赤いマフラーをして。
薄いスーツを着ているというのに、寒がりな上川はいつもその服装でコンビニに来る。
バイト先の塾からこのコンビニはそう遠くないのに。
もう、そんな時間だっけ。
私は腕時計でそっと時間を確認した。
時刻は11時30分。
やっぱり今日は来るのがいつもより速いようだ。
上川はバレンタインデーの翌週から本当にコンビニに通うようになった。
私は期待していなかったから彼が買い物に来たとき、それはもう、本当に驚いた。
おかげでレジで小銭をばら撒いてしまい、大海に怒られるわ、上川に笑われるわ、最悪の結果となってしまったわけだが・・・。
その日から土日の12時ごろ、毎週上川はお昼を買いに来る。
ちょうど塾のバイトがその二日間だそうだ。
以前に彼が言っていた。
ちなみに上川は小学生に算数を教えている。
『最近、受け持つクラスが増えてめっちゃ忙しい』って言っていたっけ。
「店員さーん、お願いしますよ。急いでるんだから」
いつの間にかカゴを抱えた上川が、ニヤニヤしながら立っていた。
「お客様、失礼しました。商品をお預かり致します。」
私はぺろっと舌を出して、カゴを受け取った。
そして商品をバーコードに通していく。
「今日は早いね。」
「まぁ、ね。今日は人が多いから。」
「講習?」
先日、『春の講習で20クラスを受け持つことになった』と言っていたから。
くたくたな顔をくしゃくしゃにして、嬉しそうに笑っていた。
「そ。なかなか面白いよ」
軽くピースをした。
「へぇー。やっぱり教えるの好きなんだね。
そういえば前から思ってたんだけど、よく先生になれたね。
お客さんから倍率が高いうえに、テストがすごく難しいって聞いたよ」
「よく知ってるなぁ。
確かに倍率高いし、難しかったけど、俺のできた頭と巧みな表現力があれば簡単さ。」
そう言って、こんこんと頭を叩いた。
私は面白くてくすっ。っと笑ってしまった。
あまりにも彼に似合わぬ行動だったから。
「そっかぁ。確かに頭よかったもんね、今はどうかは知らないけど・・・」
「うわ、ひでぇ。
今だって変わらず頭のいい上川君のままですよー。
そりゃあ、月知には負けるけどさ。」
私はきょとんと彼を見つめて、大きな声で笑ってしまった。
「そんなことないよ。上川ならなんなく私を超えてくよ」
「いやいやいや……励ましの言葉、ありがとう。
今日は悲しく、プリンでも食べながら生徒に慰めてもらいますよ」
ちょっと悲しそうな顔をして、買い物袋を受け取る。
それから財布にさっとお釣りをしまった。
私はまだ笑いが止まらなくて、そっと下を向く。
さすがに笑い続けるのは悪いから。
私より、絶対頭がいいのになー。
なんでそんなこと言うんだろう?・・・変なひと。
「あ、そういえば」
ふいに上川が呟いた。
不思議に思って、くっと顔を上げるとなぜか上川から紙袋を渡された。
彼には不似合いな桃色の紙袋だった。
「え?」
「ホワイトデー。チロルのお返し。」
「えっ!」
私は驚いてごそごそと紙袋を開ける。
中には手のひらに乗る程度の、可愛らしい小箱が入っていた。
「うわぁ・・・ありがとう」
照れくさくて嬉しくて、抱きしめるように箱を抱えた。
温度を感じるはずがないのに、ほのかに暖かな温もりを感じた。
凍える寒さを和らげてくれそうな、体温程度の柔らかな暖かさ。
心までぽかぽかしてきた。
「いえいえ。」
「チロルにお礼をくれるなんて思ってなかったよ・・・なんか悪いなぁ・・・」
「ん?じゃあいらない?」
上川の顔がいじわるく歪む。
「そんなことないっ!」
「あ、そう。ならどうぞ、店員さん。俺はもう戻りますから」
風で垂れた赤いマフラーを丁寧に巻きなおし、手をさすりながらドアへ向かう。
上川の顔は少しだけ桃色に染まっていた。
小箱と同じ、艶やかなピンクに。
「ありがとうございましたー。またおこしくださいませ」
私は大きな声でそう言うと、片隅に置いた紙袋をそっと開いた。
それから小箱を取り出して赤い紐を優しく緩める。
箱の中を開けてみると、ホワイトデーのキャンペーンでつくられた、いつもより大きなチロルチョコレートと小さなプラカードがでてきた。
プラカードには「美味かった」と走り書きで書いてあった。
それがあまりにも上川らしくて、チロルをつまみながら小さな声で笑ってしまった。
チロルチョコレートは、甘い甘い恋の味がした・・・。
読んでくださってありがとうございました!
この二人の続編をまた書くつもりなので、ぜひまた読みに来てください(*^^*)