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「全ては義時様を油断させるためだった。俺の気持ちや柚子様のことなど、どうでもよいのだ。奴は俺から全てを奪うつもりだ」
「………」
「奴はこんな城を与えれば俺が納得すると思っている。奴にとっては、その程度でしかないのだ。奴には人の心の痛みが分からぬ」
信竜は唇を噛んだ。
唇より血が出ても、まるで気づかない。
怒りが痛みを上回っている。
「俺は奴を許さぬ」
「………」
噴出した炎のような怒りは収まる様子がなかった。
藤十郎は黙って待った。
二人が手合わせした頃にはほとんど全体が見えていた夕陽が今や、その姿を完全に隠していた。
「藤十郎」
信竜が口を開いた。
「はっ」
「義時様が討たれ、柚子様と武丸様も斬殺されたと聞いたとき」
信虎は行方知れずとなっている柚子も武丸と同じく死んだと公には通達していた。
信竜はそれを信じていた。
「よく俺を止めてくれた」
「いえ、当然のこと」
「お前が止めてくれなければ俺は…怒りのまま、奴に斬りかかっていただろう」
「………」
「そして、おそらくは奴の近習たちに殺されていた」
「………」
「お前が機会を待てと言ってくれたおかげだ」
信竜は笑顔を見せた。
「信竜様には才気をお持ちです。あたら、お命を無駄になされませぬように」
藤十郎が頭を下げた。




