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鬼道城から最も近く、第二の規模をもつ支城、大山城を信虎から預けられていた。
信竜は城内に造られた美しい庭に出て夕日を浴びている。
鬼道城を襲っていた雷雨はこちらではすでに去り、嘘のように穏やかな空に変わっていた。
立派に鍛えあげた信竜の身体が夕日で輝く。
信竜は着物をはだけ、上半身を露にしている。
右手には木刀が握られていた。
「藤十郎」
夕日を見つめたまま、信竜が背後に呼びかけた。
「はっ」
片ひざをつき、信竜の後ろに控える若侍が答えた。
筋肉質な信竜とは対照的に痩せた男である。
痩せているとは言っても貧弱ではない。
細身ながらも、しなやかな強さを秘めた身体である。
容姿はこれもまた、男性的な信竜とは正反対に端整で女性的であった。
この男、名を竜牙藤十郎という。
元々は池田藤十郎という名であったが、信竜が二年前に己が一字を与え改名させた。
藤十郎は十三年前の鬼道親子と同じく、仕官先を求め諸国を旅する浪人であった。
歳は信竜より五つ上の二十五。
五年前から鬼道家に仕官し、信竜付きとなっている。
藤十郎は若くして兵法に通じ、年齢が近いこともあってかすぐに信竜と意気投合し、右腕としての地位を確立した。
信竜は全てにおいて藤十郎の意見を訊き、まるで一心同体であった。




