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幻斎はそう言って信虎に平伏した。
それ以来、幻斎は影のように信虎に付き従った。
信虎も次第に幻斎を信用し、己の手足の如く使い始めた。
親子が小諸家に仕官出来たのも、幻斎が集めた情報がきっかけであった。
今、振り返ってみれば生来優しさの欠片も持ち合わせていない信虎が何故、幻斎を必死で助けたのか?
血の繋がった信竜でさえ首を傾げる出来事だが、それこそが信虎と幻斎の不思議な縁を現しているとも言えた。
二人の時は現在へと戻った。
「お前はわしのために生きると言った」
信虎の口調は相変わらず静かだ。
幻斎が再び黙って頷く。
「柚子とその仲間を殺せ。次は無いぞ」
「必ずや」
幻斎が深々と頭を下げた。
「下がれ」
「殿」
幻斎が顔を上げた。
「何だ。まだ何かあるのか?」
「実は信竜様が…」
幻斎の報告を聞くうちに、みるみる信虎の顔が怒りに満ちていった。
鬼道信竜はこのとき、二十歳を越えたところであった。




