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信虎が言った。
その言葉に安心したのか、それとも痛みが激しくなったのか、老人は再び眼を閉じた。
信虎は老人に手当てを施した。
しかし、多少の心得はあっても洞窟の中では充分な処置など出来ない。
信虎の視線が洞窟の外へと向けられた。
豪雨は少し弱まっていたが稲光は依然続いている。
信虎が老人を自らの背中に負った。
老人の身体は軽かった。
「父上?」
信竜が不安げに言った。
「麓の村まで戻るぞ」
そう言って信虎は洞窟の外に飛び出した。
慌てて信竜も後を追う。
親子は雷雨の真っ只中を麓の村を目指して走った。
ずぶ濡れになった二人が村に居る医者のところへ駆け込んだとき、老人はまだ生きていた。
驚異的な生命力と言えた。
常人ならば途中で死んでいただろう。
何にせよ、老人は一命をとりとめた。
親子は老人を医者に任せ、翌日の朝早く旅立った。
仕官先を求める旅である。
ひと月経ち、親子が老人のことを忘れかけていた頃。




