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信虎の背後から様子を窺っていた信竜が思わず声をあげた。
忍び装束の人物は死んでいた。
ただ死んでいただけならば信竜も驚きはしない。
忍び装束の頭巾から覗く、その顔が尋常ではなかったのだ。
顔がからからに干からび、まるで干物のようになっていた。
洞窟の壁にもたれかかる、もう一人の老人どころではない。
何百年も前の死体に見えた。
「父上、これは?」
信竜の声が、うわずった。
奇怪であった。
忍び装束はどう見ても最近のものだ。
しかも手にした小刀には老人の血が付いている。
老人が死体に小刀を握らせ、自分を刺したのか?
信虎は干からびた死体から手を離した。
死体はほとんど重さがなく、かさりと軽い音をたてた。
信虎は死体を跨ぎ老人に近づいた。
とりあえず怪異について考えるのはやめた。
まずは老人を助けねばならない。
信虎が近づくと老人の隻眼が開いた。
黄ばんだ眼球が動き信虎を見た。
「心配するな。助けてやる」




