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「なかなか良い眺めだろ? 信虎の手下にはお似合いの末路さ。これで少しは気が晴れるだろうと思ってね」
冥が、にやりと笑った。
柚子の背筋は、ぞくりと震えた。
死体から眼をそらし、下を向いた。
柚子の様子など意に介さず、何事も無かったように冥は話を続ける。
「今度は信虎の息子を殺るよ。こいつらみたいに吊るしてやろうじゃないか。うふふ」
それを聞いた柚子は驚き、思わず冥の顔をまじまじと見つめた。
星明かりの下、着衣を脱ぎ捨てた柚子は穏やかな川の流れに身を沈めていった。
腰の辺りの深さまできたところで足を止め、近頃はろくに手入れもしていない黒髪を洗い始めた。
自身の惨めな境遇とは裏腹に柚子の女らしさは今、まさに花開き、その裸身はえもいわれぬ美しさを発散している。
柚子はあばら家のほうへと視線を走らせた。
冥は案内だけして戻っていったようだ。
川辺には誰も居ない。
枯れ大木に吊られた二つの死体が再び柚子の視界に入ってくる。
腰まで伸びた黒髪を洗う手が止まった。
(私は甘い)
あれほど覚悟を決めたつもりでも、まるで知らぬ男たちであろうと、やはりあのように無惨に晒されるのを見ると柚子の胸は痛む。
そして、もうひとつ。
冥の言葉。
「今度は信虎の息子を殺るよ」




