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「よく見たら、泥々じゃないか」
確かに柚子の顔や着物は必死で走った汗と、気を失ったときに付いた土とで汚れていた。
「すぐそこに川がある。案内してやるから、水浴びでもしておいで」
妙な優しさを見せる冥に柚子はかえって心が乱れた。
冥が柚子の手を取る。
柚子の手を引いてあばら家の外へと連れだす。
骸は部屋の隅で二人が出ていくのを、じっと見守っている。
冥の機嫌を損ないたくないのか、ぴくりとも動かない。
冥と柚子はあばら家のそばに立つ、枯れた大木の下へと出た。
「ああ、そうだ」
冥が言った。
「さっき邪魔をした奴らには身の程を教えてやったからね」
そう言って冥は頭上を指した。
柚子が見上げる。
「!!」
柚子は息を飲んだ。
骸の胴の三倍はあろうかという太さの幹を持つ枯れ大木の枝に、二人の男が吊るされていた。
大虫と自雷矢である。
二人の死体は逆さまに吊られ、両腕がだらりと下がっている。
大虫の胸元は忍び装束が大きく破れ、偽首ではない本物の顔が覗いていた。
余程、恐ろしい目にあったのか、大虫の死に顔は歪んでいる。
大虫の本物の顔を知る者は少ないが、もしもその者たちがこの顔を見たなら、あまりの変わりように驚いただろう。
恐怖そのものが死因ではないかと思わせる表情だった。




