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柚子は弟の肩を抱き、ぐっと引き寄せた。
「武丸」
霧中から現れたのは、見るも無惨に腐り果てた武丸の死骸であった。
頭蓋骨からこぼれ出た眼球が柚子の胸元へと落ちた。
ぐずぐずになった顔で武丸は柚子に呼びかけた。
「姉様、助けて」
柚子は悲鳴を上げた。
柚子は自らの悲鳴で目覚めた。
大虫に襲われ、気を失った場所ではない。
屋根に大きな穴の開いたあばら家の中に、柚子は横たわっていた。
天井の穴から夜空に瞬く星々が見える。
柚子は傍らに気配を感じた。
大きな人影が柚子を見下ろしている。
座っているというのに影の爛々とした両眼は、かなり高い位置にあった。
目覚めの悪さと相まって柚子はびくりと震えた。
次第に暗闇に目が慣れる。
柚子は隣に座った人影が誰か分かった。
「骸っ!」
柚子の上半身が跳ね起きた。
骸は血走った眼で柚子を見つめている。
骸が安堵の表情を浮かべたように柚子には思えた。
「腕は? 大丈夫なの?」




