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「よろしいかな?」
伝兵衛の口調にはひとつの緊張も感じられない。
武丸は八相に構えた。
腰が引けていて、まるでなっていない。
「では」
伝兵衛が言った、次の瞬間。
武丸の胸から鮮血がほとばしった。
伝兵衛の刀が武丸に動く隙を与えず斬りつけたのだ。
「あ」
一声発して、武丸が倒れた。
ピクリとも動かなくなる。
武丸を殺害した伝兵衛の動きは、そこで止まらなかった。
太った身体に似合わない疾風の速さで柚子に襲いかかった。
あっという間に柚子の脇差しを奪い、組み伏せた。
「武丸っ」
地面に押さえつけられながら、柚子は必死に弟の名を呼んだ。
武丸は答えない。
もう死んでいた。
柚子の美しい顔に脂ぎった伝兵衛の顔が近づいた。
生臭い息が柚子の顔にかかる。
「姫様。このまま死なせるにはあまりに不憫。せめて最後にわしが歓びを教えて進ぜよう」
伝兵衛が言った。
醜い笑いが顔に貼り付いている。
弟の死に打ちのめされた柚子の背筋に恐怖が走った。