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(くそっ!!)
薄れ始めた意識の中で自雷矢は左手で骸の腕を押さえ、引き剥がそうとした。
しかし、びくともしない。
自雷矢の右手が腰の小刀を抜いた。
首を絞める骸の腕へと突き立てる。
何度も刺した。
骸の腕は動きを変えない。
小刀は何の効果も無かった。
最後の力を振り絞り自雷矢が立ち上がった。
足元はふらつき、くるくると身体が回りだす。
もはや無駄ということすら分からなくなった攻撃を自雷矢は続けた。
ただただ、小刀を骸の腕に刺す動作を繰り返す。
ふらつき回る自雷矢の周りで、生き残った侍たちが茫然とその様子を見ている。
この怪異に直面しては自雷矢を助けようという気概は、侍たちの誰一人として湧いてこなかった。
踊り子の舞を見つめる観客のように無言で成り行きを窺うのみだ。
静まりかえった客の前で自雷矢は、あと少しで終わるであろう死の踊りを舞い続けるのだった。
「姉様ーっ」
呼んでいる。
武丸の声だ。
ひどく小さくて聴き取りにくいが、間違いなく武丸の声だ。
柚子は辺りを必死で見回すが異常に濃密な真っ白い霧が邪魔をして、すぐそばさえ見えない。
「武丸ーーーっ!」
柚子も声を限りに呼んだ。
「姉様ーっ」
再び武丸の声。
さっきよりも近い。
「武丸ーっ!」
「姉様ーっ」
姉と弟は互いに呼び合い次第にその距離を縮めていった。
永遠かと思えるほどの時、声を出し続けた柚子は武丸の声が目前まで来ていると感じた。
手を伸ばせば武丸の身体に触れるはず。
柚子は両手を前に出し、霧中を探った。
触れた。
子供の身体だ。
華奢な身体。
柚子には分かる。
武丸の身体だ。




