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柚子を狙う、と大虫は考えた。
目の前の怪物と違い、柚子は殺せるはず。
すでに大虫は一度は主命を失敗している。
この場を逃げて生き延びたとて、幻斎の元に帰れば死が待っているだろう。
戦っても死、逃げても死。
それならば、せめて柚子の生命だけでも奪わねば無駄死にである。
一瞬のうちに大虫の思考は駆け巡り、決断した。
狙いは柚子だ。
(死ねっ!)
いきなり、大虫の右手首が掴まれた。
それも尋常の力ではない。
大虫の右手首の骨が乾いた音と共に砕かれた。
「ぎゃあーーーっ!!」
大虫の口から絶叫がほとばしった。
背後に迫る気配をまるで感じなかったのだから無理もない。
完璧な奇襲であった。
大虫は自らの右手を見た。
「!?」
大虫の手首を握り潰したのは子供の手だった。
敵を確かめるため、大虫は身をよじった。
そして見た。
首のない冥の身体が大虫の手首を掴んでいるのだ。
冥の身体は先ほどまで、倒れた柚子の下にあったはず。




