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ふと、大虫は思い出した。
骸と戦ったときのことを。
(あのとき…)
大虫は骸の首を確かに切断した。
だが。
(奴は死ななかった)
大虫の背筋を悪寒が走った。
今までも何度か、この感覚を味わったことがある。
己が命の危機に直面したとき、決まって感じるのだ。
大虫は冥の言葉も思い出した。
「変わった奴だね。面白いから見逃してやるよ」
骸に偽の首をもぎ取られたときだ。
冥は死んだふりをする大虫に確かにそう言った。
(馬鹿な)
大虫は偽の首を軽く振った。
偽の首を本当の首のように動かす仕草は自然と習慣になっている。
(完全に殺したはず)
大虫は胸の部分に見せかけている本当の頭から両眼を凝らして、柚子と冥の死体を窺った。
忍び装束の胸の部分の布地は薄くなっており、そこから外の様子が見えているのだ。
大虫は己の身体を前傾させ、首を胸の部分に落とし込んでいる。
本来の頭が胸の位置にくる形だ。
そして、造り物の首をその上に乗せている。




