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傷の男の死んだ魚のような、どんよりとした眼が慎之助をにらんだ。
「どけ」
野太い声だ。
慎之助は傷の男が自分に向かって言っているとは思わず、そのまま立ちつくしていた。
「ちっ」
傷の男が舌打ちした。
直後に傷の男は大鉄砲の引き金を引いた。
轟音が響いた。
空気がびりびりと震え、先ほどの大男の声と同じく、侍たちの耳をついた。
大鉄砲から発射された弾丸は慎之助の頭を軽く吹き飛ばし、並んでいる侍たちの横をすり抜け、大男へと進んだ。
薄汚い布に全身を包んでいた大男は、突如、飛来したこの弾丸に反応すら出来なかった。
弾は大男の左腕を肩口から貫き根本から切断した。
肩から切り離された左腕が地に落ちる。
一瞬の出来事だった。
「がああああっ!!」
大男が雄叫びをあげた。
痛みからではない。
怒りの絶叫だった。
「骸!!」
けたたましく笑っていた柚子から笑顔が消えた。
大男、すなわち骸に走り寄る仕草を見せた柚子の手を掴み引き止めた者が居た。
紫の着物の童女、冥である。
いつから、そこに居るのか分からなかったほど冥は気配を消し去っていた。
「冥! 骸が!」
取り乱す柚子に冥が首を横に振った。
「あいつは大丈夫。それより、こっちへ来な。ここは危ない」
「でも…」
柚子は絶叫する骸と冷静な冥の顔を交互に見て迷った。
一方、大鉄砲を撃った傷の男はというと「ちっ」と再び、舌打ちした。
「外したか」
呟いた。
そのとき、傷の男の乗る荷車以外の荷車からも布をはねのけ、次々と忍び装束の者たちが姿を現していた。
総勢十人の忍び。
忍びの一人が傷の男に近づいた。
「自雷矢」




