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突然、笑い声が響いた。
若い女の声だ。
静まりかえった侍たちにその声はやたら、はっきりと聞こえた。
全員の目が声の主を捜した。
居た。
大男の後ろに女が立っている。
笑い声は、その女の口から発されているのだ。
「父上を裏切った報いを受けよ!」
女が、けたたましく笑った。
(父上?)
慎之助は女の言葉にはっとなった。
父上とは誰のことか?
何より、この女の声に聞き覚えがある。
(この声は…)
女は粗末な身なりをしている。
だが、たいまつの明かりの中、ぼんやりと浮かぶ女の顔に慎之助は心当たりがあった。
(ま、まさか!?)
慎之助と柚子は言葉を交わしたことはない。
しかし、慎之助は小諸義時が我が子、武丸の見聞を広めるために開いた武芸試合の折に柚子を見ていた。
武芸とは無縁のひ弱な弟が試合を見て気持ち悪くなりはしないかと、柚子が心配したがゆえの付き添いであった。
その美しさは強く印象に残っている。
現れた女の顔は柚子のそれと重なった。




